【NEWS】KDDI 最大100人の同時VR視聴システムを開発 演劇やスポーツ観戦、音楽ライブなどでサービス事業化へ実績を重ねる
KDDIは、最大100人が同時にVR体験を可能とする「VR同時視聴システム」を開発した。一番の特徴は、1台のタブレットでHMD(ヘッドマウントディスプレイ)などのVRデバイスを複数台、同時に集中管理できる点にある。
HMDを複数台使用する例はこれまでにもあったが、利用者は自分でコントローラーを使ってスイッチを入れたり、動画を選んで視聴するというしくみのため、ストレスや集中力を欠くことなく、同じタイミングで視聴するのが難しかった。運営側もコントローラーの使用方法の説明など、イベントの進行にも影響することがあった。今回のシステムにより、利用者はHMDを装着するだけで動画を視聴できる。これによりイベントの進行を妨げず、利用者の集中力をそがずに展開できる。
操作パネルには、すべてのHMDの着脱状況や電池残量、音量調整などが表示されている。映像を一斉に再生するだけでなく、1台ずつ異なる種類の映像を再生するといったコントロールも可能だ。あらかじめ、再生タイミングや再生する映像をプリセットしてリスト再生もできる。
この「VR同時視聴システム」を開発した経営戦略本部 ビジネスインキュベーション推進部 次世代ビジネス推進グループの唐戸佑輔氏は、開発の経緯とねらいについて次のように説明する。
「ビジネスインキュベーション推進部では、KDDIの中で新しい技術でサービスを立ち上げていく部署。中でも次世代ビジネス推進グループは、VR、ARなど、XRの技術を使ったサービスの創出に取り組んでいます」
「VRは市販品でも簡易的に体験できるものから、ハイレンジなものまでありますが、一般の方がご体験頂く際に、セッティングや操作方法の習熟など、いくつかの課題があると思います。イベントなどで、多くの方々に同時に体験してもらう場合、運用要員の方が説明や機材の設定など多くの事前準備が必要になります。これまで、映画や舞台など、エンターテインメント系でいろいろなお仕事をさせていただく中で、この運用の効率を改善しないと、なかなか多くの方にご体験頂くのは難しいところがある、という議論がありました」
同グループで開発を担当した吉村隆史氏は開発のポイントは「わかりやすさ」だったという。
「とにかく、管理タブレットのGUIが分かりやすく、誰でも操作できるという点を心がけました。あらかじめ設定した画像をタッチパネルで操作するだけで同時再生できます。利用者はHMDを装着するだけで、提供側の意図に沿ったタイミングで映像を視聴してもらえる。現状では、HMDにダウンロードした映像の再生をWiFiでコントロールする形だが、5Gが本格化すれば、映像のストリーミング配信も可能になります。VRは、180度VR、360度VRの両方に対応できます」(吉村氏)
解像度はデバイスに依存する。今回は、最大3K、30フレームだがデバイスを変えればさらに解像度を上げることも可能という。技術的には、高精細な8K映像を用いて、見ている視点の周辺だけ高解像度にするといった技術もあり、市場の拡大にあわせて導入も検討するという。現状ではまず、普及をめざすことを優先して考えており、採算性にみあったシステム構成にしているという。
「一般的な端末を用いて、より多くの人に体験してもらい、提供する側にも体験してもらうことで、『こんなことはできないか』といったことを吸い上げていきたい。まずは、体験機会を拡げる意味で、触ってもらえる場、視聴機会の拡大に振り切っています。費用対効果の良い構成で満足してもらえるものを提供し、よりハイエンドな構成は普及が進んでから提案していきます」(吉村氏)
同システムを使用した舞台演劇「Visual Record ~記憶法廷~」が、 6月27日(木)~7月1日(月)上演される(全12公演予定)。"VR演劇"と冠したこの劇は、VR映像がストーリーと密接に関わる。
舞台を近未来の法廷に見立て、ある事件の裁判が開かれる。証拠物件として提出されたものにはすべて映像記憶の機能があるという設定で、裁判の証拠物件が提示されるたびに、その証拠が持つ「記憶」をVR映像として再生する。証拠物件は360度の周囲を「記憶」している。観客は法廷の陪審員として、裁判の進行にあわせて証拠物件のVR映像を検証することになる。物語りでは、証拠物件の故障が原因で「記憶」が断片的であるという設定があり、そこが裁判の進行に影響を与えることになるという。
今回のケースでは、KDDIがシステムを担当し、KDDIのグループ会社である
Supershipがコンテンツ制作を担当している。
Supershipには、VRコンテンツ、映画製作などの経験を持つ人材がVR用のコンテンツ制作とともに、演出等のアドバイザーとして参加する。
「今後、広く一般での普及を目指したとき、コンテンツ作りのサポートも重要だと思います。VRコンテンツ、映画製作の両分野の経験がある人は少ないので、Supershipが参加することで、その経験を生かしたアドバイスができます。VR映像は"VR酔い"をしないような撮影をする必要があり、また、立体視の場合、撮影時に視聴デバイスなどを想定したキャリブレーションも必要になります。こうした知識や経験を制作観点でご提言できることで、適切なコンテンツ制作ができる点も大きな強みと考えます。5Gの本格化へ向けて普及を後押ししたいと思っています」(唐戸氏)
「タブレット操作は理論上遠隔地からでもできるので、運用を圧倒的に極小化できます。常設イベントのランニングコストも低くすむので、映画館などの新しいコンテンツとしてご提案できます。VRの映像の中に広告を入れることで、収益増も期待できます。5Gが本格化すれば、ライブビューイングといったプログラムも追加できるので、ぜひ検討していただきたい」(吉村氏)
6月9日に宮城県のひとめぼれスタジアム宮城で開催した「キリンチャレンジカップ2019」(主催JFA)では、同システムを使用し、サッカー日本代表VRドキュメンタリー映像「The Blue-勝利に向けた日本代表戦の舞台裏-」を楽しめるVR体験イベントを実施している。
「今回の演劇もそうですが、スポーツ、音楽ライブなど新しい楽しみ方を付加できると思います。今後のVR映像演出としてスローモーションなどの代替や、ライブの幕間で視聴してもらうなど、実際の本編をより深く味わってもらうための演出の一つと位置づけられます。通常のカメラでは撮れない映像や景色も楽しめるので、演出的に新しい感動や躍動感を提供できます」と、意欲を示す。
発表以来多くの問合せや要望が来ているという。「お問合せにはなるべく全部対応していこうとしています。研修系など、B2Bでの問合せも来ています。いろいろなパターンや、さまざまなマーケットでの可能性を試みていきフィージビリティスタディを経て、ビジネスを本格化させていきたい。
唐戸氏は「これまで、エンタメの領域では、VRを100人以上で同時視聴することがむずかしかった。今回のシステムによって、演劇やスポーツ観戦、音楽のライブも含め演出として使えるようになりました。5Gの本格化へ向け、エンターテインメント全般に対して、コンテンツ制作、システム、プラットフォーム利用という総合的なサービス提供ができると考えています」(唐戸氏)