【Inter BEE CURATION】テレビ局のダイバーシティは番組の多様性にもつながるはずだ〜民放労連の女性役員数調査の背景
メディアコンサルタント / 境 治 テレビとネットの横断業界誌MediaBorder
※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、InterBEEボードメンバーでもあるメディアコンサルタント・境治氏が運営するMediaBorderからの転載。民放労連の女性役員調査について取材し、女性登用と番組の多様性について論じています。
民放テレビ局の女性役員、91社でゼロの衝撃リリース
5月24日に民放労連からこんなリリースが出た。未見の方はこの機に読んでもらえればと思う。
日本全国の民放テレビ局の女性役員数を調査したら、127社中91社でゼロだったという衝撃的な内容だ。そんなに少ないのか、というのも驚きだが、民放界で女性役員の数が話題に上ったことにも驚いた。そういうことを放送業界でも取り沙汰する時代がようやくきたのだと受け止めた。
この調査は昨年4月から今年3月まで行った調査の結果とリリースにある。だからこの6月の株主総会に向けての新人事は入っていない。ちなみに現時点で女性の社長は新潟テレビ21のみだ。今回の新人事ではあるローカル局で新たに女性社長が誕生したとの情報も耳にしているが、少ないことに変わりはない。
筆者が女性登用に関心を持つのは、もちろん女性の社会的地位向上に賛同するからだが、それによって番組の多様性が広がればいいとの思いもある。おじさんの筆者が言うのもなんだが、おじさん目線の番組作りと編成には限界が訪れている。若い世代の視聴者を取り込むためにも、人事的なダイバーシティは必要だと考えている。
民放労連女性協議会副議長・岸田花子氏にインタビュー
それにしても民放労連のリリースは大変な作業だっただろう。また男社会のテレビ局の中で発言するには勇気も必要だったのではないか。そこでこのリリースの中心人物に取材した。民放労連・女性協議会副議長の岸田花子氏だ。フジテレビの社員でもある岸田氏に、リリース発表までの苦労や思いをお聞きした。
民放労連で女性役員の数を調査するのは、どれくらい大変だったのかをまず聞いてみた。
「国内の民放の労働組合の団体すべてに組合があるわけではないですし、組合があっても加入していないところもあります。もちろんそれも含めて全局について調べたので、けっこう大変でした。」
今回のリリースはかなりインパクトがあったが、長期的な戦略があったのだろうか。
「実はここ数年動いていました。在京キー局だけですが女性登用の調査は2018年5月が最初で一年に一回のペースで発表してきました。昨年末には新聞労連、出版労連とも横連携し、各業界団体に申し入れをしました」
その時もリリースを出している。
業界団体へ出した要請事項は以下の3点だった。
① 業界団体の女性役員比率について、数値目標や加盟各社からの女性管理職による特別枠を設け、すみやかに3割以上にすること。その際、国連や国際NGOの指標、日本政府の目標などを考慮し、最も高いレベルで実現を図ること
② ジェンダー・男女共同参画に関する常設委員会を設置し、業界でのジェンダー平等を重要課題の一つにすること
③ 2021年4月までに業界団体と全加盟社が、役員の3割を女性にする目標・計画・実績を国の女性活躍推進企業データベース(https://positive-ryouritsu.mhlw.go.jp/positivedb/ )で公開し、その後も定期的に更新すること
テレビ局や新聞社の前に、業界団体の女性役員比率を高めるべきだというのはなるほどと納得するものがある。各業界団体を行脚して回り、締めくくりに厚労省と外国特派員協会で会見を行っている。
たまたまタイミングが合った森元首相の「問題発言」
※特派員協会での会見映像
会見を行った2月初旬は、森元首相の五輪委員会での発言が問題になった直後で、注目された。
「森さんを批判するのが目的ではなかったのですが、たまたまタイミングが合ってしまい、注目を浴びたのはよかったですね。ナイス森さん!でした(笑 」
こうした流れを経たうえで、6月人事に向けての5月24日のリリースは絶妙のタイミングを狙ったものに見える。
「私が3月は忙しかったので遅れていて・・・結果的に各局の役員の内示のタイミングと重なっただけです。新役員人事にいいことあったら書き加えようと思ったらありませんでしたね。」
今回のリリースは筆者はインパクトを持って受け止めたが、反応はどうだったのだろうか。
「報道をお願いしますとリリースに書きましたけど、テレビでは報道されていないですね。この活動は、はじめたばかりなので仕方ないかなとは思います。いまはとにかくノーリアクション。他社も含めて女性は反応してくれていますけど。」
活動を始めるにあたり、勇気が必要だったという。
「バックラッシュも怖いし、”クソリプ”も多い。自分としても怖かったのですが、恐る恐る会見などにも出るようになりました。全部事実で間違ったことは言ってないと思うので。社内でも言っていこうと思っています。」
SDGsブームは追い風に・・・ならない?
いまはSDGsに各局が取り組んでいる。それは追い風にならないだろうか。
「業界団体に行った時もCO2削減には取り組んでいると言うんですが、SDGsにはジェンダー平等も入ってますよとお伝えしています。」
SDGsとは環境への取り組みだけだと偏った解釈をする人は多い。各局でSDGsに取り組む動きが活発だが、だったら女性登用にも積極的にならねばおかしいのではないか。17の目標の5番目に「ジェンダー平等」が掲げられているのだから。
今後のプランは何か決まっているのだろうか。
「ラジオ局の女性役員の調査をやることになっています。ただその先は考え中です。まだこわごわ声を上げた段階で、実効性がないのが課題。実効性を持つにはどうしたらいいか、悩んでいるところです。新聞社は今年の世界女性デーで横繋がりで紙面ジャックをしていました。来年の女性デーに向けて動こうかと考えています。」
新聞社が横連携で女性デーでアピール活動をしたのなら、テレビ局がやってもいいはずだ。
女性管理職が少ないことの象徴が女性役員数
ところで、働いていて女性の地位が低い実感はどんなところにあるのだろうか。
「制度では平等と感じます。”女性は”と何かのルールに書いたらいまはアウトです。そういう差別的な制度はもうないですね。ただ昇進について感じるところはあります。このポジションに何年いて評価がこうついたら次のステップ、など評価方法は数値で決まっていますが、あるレベルからはそういう数値がなくノールール。そこに差が出るように思えます。男性でも悩むと思いますし、男だから女だからがその理由になっていると証明はできません。そういう測れないものを排除するためにも役員の数を出したかったのです。統計的に差別が証明できる。女性役員の数を調査したのはそのためです。」
任用抜擢に男女で差があるのではないか。それを明示するために、全体の女性割合と役員の女性割合の差を調べた、という論理だ。なるほど、役員に女性が少ないなら、より下の層の評価にも男女差があるのではないかと言えるだろう。
ただ役員はともかく、管理職では女性が増えているように思える。
「テレビ局は役職を乱発しがちで、ほんとのラインじゃない役職が多く見えにくくなっています。管理職での女性の割合には"なんちゃって管理職"がカウントされているんです。でも本当のラインの人に絞るとちがってくると思います。それに局長でもランクがあり、報道局長や編成局長はランクが高く男性が占めています。そこで今回も、コンテンツを作る部門の最高責任者を調査しています。」
リリースの後半には在京在阪局の報道・制作・情報制作部門の責任者の女性割合の調査があり、見事にすべて0%が並んでいる。
良いコンテンツを「ほめる」空気づくりを
こうした女性登用不足の影響は、女性の意欲を削ぐだけではない。
「大きく考えるとテレビ離れが起きる要因でもあると思います。偏った番組作り、視聴者はこうだと決めつけてしまう番組作りに陥っているのではないでしょうか。それにいまは、働いている人もどんどん辞めています。組織が硬直化していると若い社員に受け止められている。そこも見直すきっかけにしてほしいです。」
おじさん社員が若者だった頃も、おじさん社員には辟易していたはずだ。自分がおじさんになるとその感覚を忘れてしまう。ましてや、いまのテレビ局はバブル世代を中心にいびつな年齢構成になっている。それによる硬直化を突破する意味でも、女性登用は重要ではないか。
問題の解決には、女性登用とは別に、「ほめてもらう」ことも必要ではないかと岸田氏は言う。
「いま、テレビ番組がジェンダー的な問題を起こすと大炎上します。悪いことばかり目につくのは仕方ないでしょう。でも、ほめてもらうことのほうが改善にはいい気がします。ジェンダー的にバランスがとれたコンテンツを作るのはバランスが取れているチームだったりすると思います。例えばジェンダー平等視点で、良いコンテンツだと思ったら視聴者からリアクションをしてもらえると、番組作りやチーム構成が良い方向に向かうのではないでしょうか。いま、すごく反応を気にして番組を作ってますから。」
言われてみると、テレビ番組は叩かれやすいし、ほめられることが少ない。それも悪い意味での男性的な姿勢が権威的に見えていたせいかもしれない。ほめてもらえる土壌づくりも必要だし、そのためにも女性が番組に関わり、意思決定に関与するべきなのではないか。
個人的にも、最近在宅勤務で昼や夕方の番組を見る機会が増え、見るたびにげんなりしている。「主婦はこういうのが好きなんだろう」という、男性目線の決めつけがあるのではないか。決めつけではなく、心から伝えたいことを番組にすることで、いまとは違う視聴者層を取り込める可能性はあると思う。いまのテレビは、これまでのテレビを見ていた人にしか向けていないように見える。
人材登用の多様化は、番組の多様化にもつながることだ。女性の問題を、女性だけの問題にしないためにも、大きな視野で見つめていきたいものだと思う。
※本記事はの掲載元、有料マガジン「MediaBorder」ではテレビとネットの融合をテーマにした記事を多数掲載しています。興味ある方は下記関連URLからどうぞ。