Inter BEE 2021

キャプション
Special 2024.01.11 UP

【Inter BEE CURATION】欧州の放送局が 加速させる気候変動対策

稲木せつ子 GALAC

IMG

※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2024年2月号からの転載です。

ドイツ流行語大賞は「危機モード」

2023年の1年間を象徴する言葉として昨年末に選ばれたドイツ流行語大賞は「危機モード」だ。これは、同国ハーベック副首相の発言、「われわれは危機に取り囲まれている」が発露になったとされるが、選考したドイツ語協会は、長期化するウクライナ戦争に加え、エネルギー危機やハマスのイスラエル攻撃などで人々の暮らしが常に非常事態=危機モードにあり、この言葉が不安、怒り、無力感が漂う世相を反映している、とする。

 大賞の発表が国連の気候変動対策会議「COP28」の真っ最中であったこともあり、ドイツ人ならば取り巻く「危機」に「気候変動」も入れるだろうと思った。というのも、ホスト国となった産油国アラブ首長国連邦のジャーベル議長(国営石油会社CEO)が、事前協議で訪れた途上国と天然ガスの取引交渉をしたり、会期中にOPEC(石油輸出国機構)が「化石燃料からの脱却」を合意文書から外すよう画策したりしたことが同国のメディアで報じられていたからだ。ドイツ人は環境問題に敏感で、こうしたスキャンダルは細かく報道された。
 放送時期は少し遡るが、気候変動の「危機モード」を見事にドラマ化したのは、昨年の話題作「ザ・スウォーム」だった(*1)。原作はドイツのSF小説で、太古より生息する生き物が環境異変や疫病を引き起こし、人間に復讐をする。

 ドイツ国民の7割が「生活スタイルを制限しなければ気候変動は食い止められない」との危機感を持っており、おどろおどろしい気候変動ドラマがヒットする土壌がある。加えて、人々の意識は、同国メディアが提供するコンテンツによっても高まっている。ドイツの公共放送は、近年ドキュメンタリーや科学番組で意識的に気候変動を多く扱うようになっているのだ。

 大手民放のRTLも2008年から番組制作によるCO²排出の計算結果を公表しており、2030年までにCO²排出の実質ゼロ(ネットゼロ)達成を宣言している。19年からは年に1週間、親会社のベアテルスマングループとともに気候変動に関連するサステナブルキャンペーン「実行しよう」をテレビやラジオ、紙媒体、ウェブで展開している。ドイツメディアの取り組みを紹介したが、実は、欧州放送局の多くが国連グローバルコンパクトに署名し、30年までに「ネットゼロ」を目指している。

ユニークな「ネットゼロ」への取り組み

ウクライナ戦争などによるエネルギー危機や高インフレが欧州勢の足を引っ張りそうだが、取り組みはむしろ勢いづいている。これは放送局や大手技術会社が取引先に消費電力削減やサステナビリティのKPI(重要業績評価指標)を求めるようになっており、CO²排出削減策がビジネスの要件となってきているからだ。

 昨秋アムステルダムで開催された国際放送見本市(IBC)を取材した印象は、業界大手のイニシアチブが浸透し、サプライチェーン全体が転機を迎えていることだ。
 放送局がデジタル変革(DX)戦略として導入したIPリモートやバーチャル制作、放送・配信インフラのクラウド化も省エネに繋がっている。技術会議でも持続可能性に焦点が当てられ、好事例の紹介や省エネ技術の論文発表が続き、「ネットゼロ」はもはや、皆が唱える「お経」ではないと痛感した。

 展示会場で触発されたのは、ベルギーの公共放送RTBFのリヤカー付き電動自転車で、小型カメラ、ケーブル、音声、映像スイッチャーにモバイル電源が装備されたモバイルサブコンになっていた。サステイナブルな制作技術として開発された試作品だが、ブックフェアの会場から支障なく中継をこなし、「中継車は不要になった」と説明してくれた。

 また、オランダの首都で電動自転車からニュースの生中継をこなすBBCのホーリガン記者との出会いも印象に残った。彼女は、幼稚園児を抱えるシングルマザーで、毎朝、自転車前方に取り付けた3輪カートで子どもを幼稚園に送り届けて仕事に入る。カートにはモバイル中継キット(マイク、小型照明、スマホ固定器具、ソーラーパネル)とパソコンが積み込まれており、議会前やデモ集会会場などからの中継をバイク支局(自転車)から行っている。

 コロナ禍でのロックダウンを機に、自転車に乗って最新ニュースを伝えるVlog(ブイログ)を始めたのが契機だが、育児と仕事のバランスや省エネを考え、自転車をモバイルオフィスにすることにした。BBC本社も彼女のイニシアチブを支援し、より頑丈なモデル(写真)を提供。他の支局でも導入が可能か検討中だというが、自転車からのエコ中継は、災害報道でも使えそうだ。
 今も続くX(旧ツイッター)上のVlogには50万近いフォロワーがいる。伝え手として、個人レベルでも「気候変動に対して何ができるか」を考えることの大切さを再認識した。

*1 ドイツ第2放送(ZDF)が日欧と共同制作。木村拓哉も出演。昨年のドイツテレビアワードで最優秀ミニドラマ賞を受賞した。

【ジャーナリストプロフィール】
いなき・せつこ 元日本テレビ、在ウィーンのジャーナリスト。退職後もニュース報道に携わりながら、欧州のテレビやメディア事情などについて発信している。

IMG
モバイル中継システム「Bike Bureau(支局)」から生中継するホーリガン記者
IMG

【表紙/旬の顔】吉高由里子
【THE PERSON】廣瀬智之

【特集】2024ドラマ、ニュートレンド
〈対談〉ドラマ未来予想図2024/藤田真文 × 桧山珠美
配信ドラマ変革期の波に乗れ/長谷川朋子
「ブラッシュアップライフ」のチャレンジ/岩根彰子
バーチャルプロダクションの可能性/鈴木健司
最新版!注目のテレビドラマ人名録/西川博泰

【放送批評懇談会セミナー2023】ChatGPTを使いこなせ!!/西脇資哲

【追悼】鶴橋康夫/鈴木嘉一

【連載】
〈新連載〉国際報道CLOSE-UP!/伊藤友治
今月のダラクシー賞/桧山珠美
イチオシ!配信コンテンツ/戸部田誠
BOOK REVIEW『街場の成熟論』『昭和人の棲家 報道局長回想録』
テレビ・ラジオ お助け法律相談所/梅田康宏
報道番組に喝! NEWS WATCHING/高瀬 毅
海外メディア最新事情[ウィーン]/稲木せつ子
GALAC NEWS/砂川浩慶
TV/RADIO/CM BEST&WORST

【ギャラクシー賞】
テレビ部門
ラジオ部門
CM部門
報道活動部門
マイベストTV賞

  1. 記事一覧へ