Inter BEE 2021

キャプション
Special 2024.08.13 UP

【Inter BEE CURATION】高齢者による交通事故が多発 韓国内の差別意識が露呈か

安 暎姫 GALAC

IMG

※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2024年9月号からの転載です。

高齢ドライバーへの怒り噴出

 7月1日の夜、韓国ソウルの都心で起きた凄惨な交通事故は、韓国社会を震撼させた。この事故は、都心の某ホテルの駐車場から出てきた車が逆走し、2台の自動車に衝突した挙げ句、歩道に乗り上げ、信号待ちだった人たちを襲ったもので、死傷者は16人。この悲しい事件について、一部ネットでは、高齢者ばかりか死亡被害者をも侮辱するような差別的なメッセージが書き込まれるなど、ありえない行動が問題化している。

 事件の後、加害者側は車が「急発進」したと主張しているが、防犯カメラの映像によれば急発進ではない可能性も残っており、韓国科学捜査部の鑑定待ち状態だ。警察の初動捜査では、ドライブレコーダーには急発進について驚く声などが録音されておらず、ドライバーがブレーキとアクセルを間違えて踏んだのではないかと疑っている。具体的なことはまだ捜査中なのではっきりしていない。

 加害者はバスドライバーで、退職してからも嘱託でバスドライバーを続けるいわば運転のプロだ。だがここで加害者の年齢が「68歳」であることが問題となった。被害者のうち、死亡者の9人は30~50代の男性で、エリート銀行員、病院の事務員、公務員(市役所の近くだったため、市役所の職員)。「老いぼれのドライバーが働き盛りの家長たちの命を奪った」構図になっている。さらに直近でも、都心で70~80代による交通事故がいくつも発生しており、高齢ドライバーへの怒りが噴出することとなった。

 韓国では、高齢者の免許所持者が年々増えている。少子高齢化により、65歳以上の人口が昨年で950万人(18・4%)を超え、高齢者の運転免許所持者の割合も年々増えている。ソウル市のデータによると、ソウル市内の運転免許所持者は2016年以降700万人台を維持しているなかで、60代以上は16年約131万人、17年142万人、18年154万人、19年164万人、20年176万人、21年186万人、22年195万人と急増している。19年から昨年までコロナ禍で外部活動が減った一方で、高齢者の交通事故件数は増えている。ソウル都心の交通事故数は3~4万件と横ばいなのに対し、60代以上の運転者が起こした事故は、16年の7818件から23年は1万193件と急増した。

 韓国では、65歳以上の高齢者を対象に免許の自主返納制度を推進しているが、今回の事故以降、強制的に没収すべきだと訴える極端な意見の人も出てきた。そして、高齢者の運転に関する批判だけでなく、高齢者嫌悪・差別にまで及んでいる。巷では、「老人たちはハンドルを握るな!」「タクシードライバーがみんな老人だから乗るのが怖い」「老人たちの免許をはく奪してください」「人生の末期に入った老人が将来性のある家長9人を殺した。命で補償するには10回生まれ変わっても足りない」など、過激な書き込みが多発している。

 ソウルの呉世勲市長は、年齢別免許返納について「70歳だとしても身体能力が40~50代の人もいれば、60代でも身体能力が80~90代の人もいるので、年齢別に一律に制度を改正するのは、議論の余地がある」として、一括の年齢別免許返納についてはやや懐疑的である。だが、専門家のなかでも高齢運転者の適性検査の強化、70歳以上の運転免許返納の義務化、衝突被害軽減ブレーキシステム(AEBS)の搭載など、技術的補完に対する議論などが飛び交っている。

犠牲者への冒瀆メッセージも話題

 今回のもう一つの問題は、死者への冒瀆である。事故現場に多くの花束やメッセージカードが置かれたが、なかには「トマトジュースになってしまった(犠牲者の)皆さん(のご冥福)を祈ります」というとんでもないメッセージカードが紛れていた。トマトジュースとは事故で被害者たちが流した血を意味する。またネットの書き込みには、韓国は男性のほうが多く、死者も男性ばかりだったことから、「韓国男性だけが死ぬ自然な現象」「7月1日、ボウリング節、覚えやすい」「ストライク」「よく死んだ」「心配して損した」「Good Die」など、死者を冒瀆する表現があった。車にぶつかり相次いで倒れた人たちをボウリングになぞらえるというのはおぞましい。

 警察は犠牲者に対する冒瀆・侮辱などのメッセージを書いた人々を立件するとした。すでに20代の男性1人が死者名誉棄損の容疑で立件され捜査中である。「トマトジュース」と書いたと出頭してきたという。またオンライン上でも、サイバー捜査隊が捜査に当たり、侮辱発言を5件立件している。

 奇しくも今回の事件は、現在の韓国における差別問題を浮き彫りにしている。高齢者に対する差別、そして韓国男性に対する差別だ。少子高齢化によりますます若者の負担が増えていくことに対する怒りが、高齢者への差別に繋がっている。そして韓国男性への差別は、一部の女性集団に表れている。古くから男尊女卑で虐げられてきたと思う女性たちが、韓国男性を特に憎んでいるのだ。

 まだ原因は不明だが、もし「急発進」が問題であれば、自動車メーカーの問題もこれから浮上することだろう。

【ジャーナリストプロフィール】
アン・ヨンヒ 韓国ソウル在住。日韓の会議通訳を務めながら、英語をはじめ8カ国語の国際会議通訳・翻訳会社を経営。『朝日新聞』でのコラム連載を経てウェブ・マガジンの『JBPress』と『フォーブス・ジャパン』で連載中。

IMG

「GALAC」2024年9月号

【表紙/旬の顔】江口のりこ
【THE PERSON】オードリー

【特集】放送のコンプライアンス考
各局アンケートから見えること/編集部

 ドラマ「不適切にもほどがある!」磯山晶さんに聞く
 昭和と令和を描くうえで不可避だった/岩根彰子
 バラエティ「有吉弘行の脱法TV」原田和実さんに聞く
 コンプライアンスの曖昧さに一石を投じる/太田省一

最新放送用語にみるNHKの取り組み/昼間敬仁

元BPO委員として考えること/藤田真文

「セクシー田中さん」報告書にみる“ご都合主義”/水島宏明

【第61回ギャラクシー賞 大賞受賞者の声】
テレビ 高江洲義貴 沖縄だけの問題ではなく、日本の問題として
ラジオ 野路毅彦 日本語アクセントの探求は、これからも続く
CM ズナイデン房子 Z世代と響き合う、新たな関係構築を目指す
報道活動 井上二郎 言葉の力を信じ、「その日」に備える

【連載】
番組制作基礎講座/渡邊 悟
テレビ・ラジオ お助け法律相談所/梅田康宏
報道番組に喝! NEWS WATCHING/高瀬 毅
国際報道CLOSE-UP!/伊藤友治
海外メディア最新事情[ソウル]/安 暎姫
GALAC NEWS/長井展光
イチオシ!配信コンテンツ/山本夏生
BOOK REVIEW『正力ドームvs.NHKタワー~幻の巨大建築抗争史~』『大災害とラジオ~共感放送の可能性~』
TV/RADIO/CM BEST&WORST

【ギャラクシー賞】
テレビ部門
ラジオ部門
CM部門
報道活動部門
マイベストTV賞

  1. 記事一覧へ