Inter BEE 2021

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Special 2022.05.13 UP

【Inter BEE CURATION】ウクライナ戦争の「第2戦線」 激化する情報戦争の実態

稲木 せつ子 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2022年6月号からの転載で、現在のウクライナ戦争での情報戦争に関しての記事となります。ぜひお読みください。

前代未聞の戦争報道とメディア規制

 欧州だけでなく、世界で、これほどまで身近に戦争が伝えられたことがあっただろうか?
 テレビニュースだけでなく、ウクライナから絶え間なく発信されるSNSの映像に、日本でも多くの人が一度は釘づけにされただろう。
 激しい銃撃戦や爆撃の瞬間、無残な遺体や、破壊し尽くされた廃墟のドライブショット――。
 こうしたスマホでの投稿には意図的な偽情報が組み込まれ、熾烈な「情報戦争」が繰り広げられている。
 400人以上の市民が虐殺されたブチャで戦争犯罪を検証する調査が行われているが、ロシア側は「民間人を一人も殺害していない。捏造だ」と反論している。
 欧州や日本で伝えられている殺戮の「事実」はロシアではフェイクニュースとなる。ロシアの国営放送「ロシア1」は、SNSにアップロードされた動画を使って、ブチャで撮影された遺体の腕が動いた、車のバックミラーに「遺体」が立ち上がる姿が映っていたとし、映像は捏造だと解説した。よく欧米メディアが、偽情報の真偽を紙面などで反証するが、ロシアは手法を真似て「事実」をフェイク化する。

 ウクライナ戦争のいわば「第2戦線」での情報合戦――を振り返ってみよう。
 ロシア軍の侵攻開始から2日後(2月26日)、同国の通信規制当局は、ウクライナを解放するための「特別軍事作戦」を「侵略」や「戦争」と表現することは誤情報になるとして、国内外のメディアに言葉の使用を禁じた。
 3月2日、EUは、ロシア政府のプロパガンダを多国語で流布するRT(旧ロシア・トゥデイ)とスプートニクに対して、公正な放送をしていないとし域内での放送とストリーミングの停止を決定。ロシアはすかさず4日に前述のメディア規制を強化し、誤情報を流す者は最大15年の禁錮処分にすると締め付けを強化。BBCやドイツのARDなど、危険を感じた欧米メディアは、支局からの報道を一時見合わせた(*1)。
 15日、イギリス規制当局は、RTの放送免許を剥奪。ロシアのメディア規制強化で、RTが公平な放送をするのは不可能と判断された。
 ブチャの虐殺報道に神経を尖らせるロシアは4月5日、政府に「不敬」な報道をした国内外メディアの免許を、検察の判断で剥奪できる法案をロシア議会に提出した。これには、ロシアメディアを差別する国への報復措置も含まれており、該当する報道機関のロシアでの活動を即時停止できるとしている。
 EUの放送停止措置は国際放送に限られており、オーストリアでは今も国営放送ロシア1のプロパガンダ放送が認められている。しかし、ロシアで不敬メディア排除法が可決されたら、次の欧州の報復で姿を消すかもしれない。

*1 BBCとドイチェ・ヴェレは、国際放送の拠点をリトアニアに移し、ロシア語放送を続けている。ただし、サイトがブロックされており、利用者は激減した。BBCは、戦争を機に短波放送を再開させている。

スマホが第2の戦場に

 封じ込めにあった情報はネットに流れる。
 ここでの主役は、ロシア製の対話アプリ「テレグラム」だ。ウクライナのゼレンスキー大統領をはじめ、同国の要人や公的機関はこのアプリを使って世界と、そしてロシアの有志とも繋がっている。110万人の登録者がある政府公認チャンネル「ウクライナNOW」は、ロシア語版でも登録者が100万人を超えている。
 ゼレンスキー陣営は、デジタルリテラシーが高く、多くの国民が利用していたコロナ感染の情報チャンネルを、侵攻後「ウクライナNOW」と改名し、戦争情報ポータルに作り変えた。アプリの特徴にも精通しており、ウクライナのサイバー戦を担うハッカーはテレグラム経由で集めたとのことだ。また、機密性の高いチャットを利用して、市民にアプリでロシア軍の動きを共有してもらい、防衛に役立てたという。
 テレグラムは情報統制が進むロシアでも人気が高く、4年前にロシア当局がこのアプリをブロックしたところ、猛烈な反対デモが起こったというエピソードもあるほどだ。ロシア軍や政府寄りメディアもアカウントを持ち、ロシア側の情報操作ツールとしても活用されている。
 ロシアが米大手SNSをブロックするなか、テレグラムだけは放置されていることから、ここが戦争の「バーチャル前線」となっている。
 テレグラム上での両陣営の勢力拡大ぶりを見ると、ロシア政府寄りの通信社、RIAノボースチは、侵攻前と比べて登録者が約5倍、188万人に増えた。一方、独立系のジャーナリストが運営する「バーラモフ・ニュース」は、6倍の129万人に。最も躍進したのはゼレンスキー大統領のチャンネルで、22倍の142万人となっている(*2)。
 同氏のバーチャルな世界での勢力拡大はリアルな世界にも影響を与えており、ウクライナ国民が抵抗を続け、多くの国がウクライナ支援を強化する動機づけとなっている。
 一方、旧ソ連の諜報機関KGB出身のプーチン氏も情報操作に長けており、ネットではより攻撃的なプロパガンダを仕掛けている。お抱えの「戦争ブロガー」は、「WarGonzo(ワー・ゴンゾ)」チャンネルで、ロシア軍が砲弾を発射する様子をバックにリポートしたり、制圧した都市の市長室を荒らしたりと、ロシア優勢を示すような情報発信をし、ロシア民族主義者に受けている。
 ウクライナ側にも状況の誇張がある。例えばチョルノービリ原発などに関する当局の情報は第一報の多くが誇張されており、国際原子力機関(IAEA)が数時間後に修正している。
 和平交渉が難航するなか、情報戦争はさらにエスカレートしている。戦争に勝者はいない。あまりにリアルな映像が人々の心に残す傷は、長く癒えないのではと不安だ。

*2 登録者の数は、テレグラムの利用データサービス会社、テレメトリオ調べ(4月7日)によるもの。

■ライター紹介
いなき・せつこ 元日本テレビ、在ウィーンのジャーナリスト。退職後もニュース報道に携わりながら、欧州のテレビやメディア事情等について発信している。

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