Inter BEE 2021

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Special 2024.02.19 UP

【Inter BEE CURATION】リネカーのお騒がせ発言 痛し痒しのBBC、どうする?

こばやし・ぎんこ GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2024年3月号からの転載です。

在英ジャーナリスト
小林恭子

 元英サッカー選手ゲイリー・リネカーをご存じだろうか。筆者はスポーツに疎いため、Jリーグ開幕時の1990年代、名古屋グランパスで活躍していたことをうっすらと覚えている程度だ。リネカーは86年にイングランド代表としてFIFAワールドカップ・メキシコ大会に出場し、94年に現役を引退するまで多くの得点を挙げた大物選手である。英国に来てみると、ポテトチップスのコマーシャルなどで著名なタレントであるばかりか、BBCでサッカーの解説番組「マッチ・オブ・ザ・デー」の司会者を務める超人気者であることを知った。
 引退から30年近く経った今、リネカーは人気サッカー解説者そして左派・リベラル系の信条を持つビッグなインフルエンサーである。X(旧ツイッター)のフォロワーは約900万人にも上る。そんなリネカーのソーシャルメディア使いがBBCに困難な問題を突きつけている。

政府の難民対策を批判

「マッチ・オブ・ザ・デー」とは、1964年から放送されている老舗のテレビ番組で、毎週土曜日の夜、司会者やゲスト数人がその日に行われたサッカーの試合のハイライト場面を見ながら意見を交わす。リネカーは99年からメインの司会者を務め、番組の「顔」と言える。毎年BBCが発表する、スターの高額収入リストのトップを占めるのもリネカーだ。
 BBCではニュース報道において不偏不党を義務化されており、報道番組を担当するBBC職員はソーシャルメディアを使う場合もこの方針を遵守するよう求められる。しかし、リネカーはBBCの職員ではなく、担当する番組は報道番組ではない。Xのアカウント「@GaryLineker」は個人で設置したものである。リネカーにも不偏不党遵守義務を求めるべきなのか、そもそもBBCにその権利はあるだろうか? そんな疑問が十分に解決されないうちに、昨年から特にリネカーのXでの発言が問題視されるようになった。
 焦点となったのは、小型ボートに乗って英仏海峡を渡り英国にやってくる不法入国者の取り扱いだ。リシ・スナク保守党政権はボートの到来停止を政策課題の一つとして挙げている。昨年3月、当時の内相がボートで不法入国する人の難民申請を禁止する法案を議会で発表した。リネカーは内相の答弁の動画をXで紹介し、「何と酷いことだ」とコメントを付けた。「大きな(難民の)流入があるわけではない。ほかの欧州の国と比較しても英国の難民受け入れ数ははるかに低い」「最も脆弱な人々に対する計り知れないほどの残酷な政策で、1930年代にドイツで使われた表現に似ていないとは言えない」などとつぶやいた。「1930年代」、「ドイツ」、そして移民や難民申請者に対する迫害といえば、ナチスを思い起こさせる。つまりリネカーは、内相の発言が「ナチスを思わせる」と批判したのも同然だった。これが、保守党右派勢力や保守系メディアから大きな反発を招いた。
 発言後、BBCはリネカーを一時的に「マッチ・オブ・ザ・デー」から降板させた。彼の一連のつぶやきはBBCの編集規則を「逸脱した」という。「政治的に論争を呼ぶ議題ではどちらの側にもつかないようにするべきだった」からである。その後、事態は思いがけない展開を見せる。リネカーの出演停止に連帯して、他の出演者が続々と番組には出ないと表明し、「マッチ・オブ・ザ・デー」は試合の動画を流すだけになってしまったのだ。2日後、BBCはリネカーが翌週から番組に復帰すると発表するとともに、編集規則の見直し作業を開始した。

規則は改訂されたが……

9月末、新たな規則が発表された。BBC職員及びフリーランス契約者は「公的言論空間の中で高いレベルの礼儀正しさ」に敬意を払い、BBCの評判の失墜を招かないようにする。「主力番組」の司会をする人は注目度が高いため、特に不偏不党性に敬意を払う。この主力番組の中にはリネカーの「マッチ・オブ・ザ・デー」も入った。規則を逸脱したフリーランサーに対し、BBCは契約を更新しない場合もある。
 しかし、これで「一件落着」とはいかなかった。年末になって、不法入国者を東アフリカ・ルワンダに移送する政府の計画を停止するよう求める書簡にリネカーが署名していたことが発覚したのである。これ自体はBBCの評判を傷つけることにも、編集規則の逸脱にも当たらない。しかし、国防相はBBCの人気司会者が「政治的見解を持つ」ことを問題視した。
 このとき、ある保守党議員が「リネカーはBBCの不偏不党規則に違反した」とつぶやいた。するとリネカーは「議員は規則を読んでいないのではないか。あるいは読んでもらっていないのか」と返し、新たな火種を作ってしまった。
 BBCがリネカーをXでの発言によって解雇してしまえば、ファンや一般市民から反発を食らうのは必至だ。人気司会者の解雇は避けたいが、その一方でいつ問題発言が出るかとひやひやだ。今年もひやひやが続きそうである。

【ジャーナリストプロフィール】
こばやし・ぎんこ メディアとネットの未来について原稿を執筆中。ブログ「英国メディアウオッチ」、著書に『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)、『英国メディア史』(中公選書)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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