Inter BEE 2022 幕張メッセ:11月16日(水)~18日(金) オンライン:12月23日(金)まで

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Special 2022.10.25 UP

【Inter BEE CURATION】国境を超えるサイバー戦のリアル 「The Undeclared War」

小林恭子 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2022年10月号からの転載で、映画の背景からネット社会におけるセキュリティの重要性がよくわかる記事です。

「宣戦布告なき戦争」に震撼

 「ゼロデイ」「エクスプロイト」「セキュリティホール」。いったい、何のことなのか。今年初め、米ニューヨーク・タイムズの記者が書いたサイバー戦についての本を手にした筆者は、頭が疑問符でいっぱいになった。それでも何とか読み進んでいくと、サイバー兵器の開発では世界で最先端・最強のはずの米国の技術が米国が敵視する複数の国に模倣され、今度は米国が攻撃対象になっているという恐ろしい事実がわかってきた。ニコール・パーロース記者によるノンフィクションは8月、邦訳版が『サイバー戦争 終末のシナリオ(上)(下)』(江口泰子訳、早川書房)として出版された。ちなみに「セキュリティホール」とはコンピュータシステムに生じた保安上の弱点や欠陥、脆弱性を指す。「ゼロデイ」とは未発見の脆弱性で、「エクスプロイト」とは脆弱性を攻撃するコードやプログラムを指す。ソフトウェアやコンピュータ会社が脆弱性を修正するパッチを出すまでの間、エクスプロイトをサイバー兵器として使えば、コンピュータに不正侵入することも可能になる。
 偶然にもサイバー戦争の本をめくっていた筆者は、英国の主要放送局チャンネル4が7月に放送を開始したドラマ「The Undeclared War(宣戦布告なき戦争)」がまさにこのテーマを扱っていると知り、飛びついた。全6話構成で、チャンネル4の無料オンデンマンド・サービス「All 4」で、9月現在も配信中だ。
 ドラマの時代設定は2024年。世界の通信を傍受する英政府通信本部(GCHQ)の分析官たちが、総選挙を前にして英国に仕掛けられた敵国からのサイバー攻撃をいかに回避するかを描く。16年の米大統領選でロシアがサイバー上で妨害工作をしたことはよく知られている。ドラマの敵国もロシアで、「外国勢力による選挙妨害」はけっして絵空事ではない。ゼロデイやエクスプロイトの活用も含め、ドラマを見ていると現実とフィクションがダブる。そのリアル感が怖くもあり、楽しくもある。
 第1話の冒頭は、ある遊園地の場面だ。若い女性が何かを探しているようだ。周囲を見回し、工具を使ってマンホールの蓋を開け、中に入っていく。まだ探し物は見つからない。女性は金づちを出して壁をトントン叩く。筆者は一瞬、ドラマの選択ボタンを間違えたかなと思った。実はそうではなかった。サイバー攻撃に対し、GCHQの分析官たちがコンピュータ上で対抗していくとき、画面上の数字や記号だけを映していてはつまらないし、第一、専門家でもなければ、何が何だか理解できない。そこで、ドラマでは人が工具を使って空間のなかで作業をする姿で表現したのである。
 冒頭の場面はロンドンの大学に通う主人公サーラがGCHQでの見習い職を獲得するために学友と競うコンピュータ上の戦いを「遊園地で探し物をするサーラ」として描いたものだった。当初は唐突に思えたこの仕掛けは、いったんその意味がわかると、サイバー戦の攻防がわかりやすく頭に入ってきた。
 GCHQで働きだしたサーラは誰も感知できなかったバグを見つけ、「学生に何がわかる?」と彼女を低く見ていた先輩たちの度肝を抜く。しかし、それは実は見つかることを予期して、ロシアのある人物が故意に入れたバグだった。なぜそんなバグが入れられたのか。そして、GCHQはサイバー攻撃を撃退できるのか。サーラの恋の行方も含め、息を抜けない展開となる。

独特な雰囲気を醸すロシア側の話

 サーラ役は2年前に大学を卒業したばかりのハンナ・カリク=ブラウンで、生真面目で数学好きの女性をストレートに体現する。脇を固めるのが映画『ミッション・インポッシブル』シリーズの常連サイモン・ペッグで、上司役で味を出す。ロシアの軍事機密の専門家でGCHQの大ベテランを演じる名優マイケル・ライアンスが忘れられない印象を残す。同僚からは「過去の人」とされる彼が、サーラには心を開く。二人の交流が次の重要な展開に繋がってゆく。
 ドラマはバグを仕掛けたロシアの青年の物語とサーラが住むロンドンの物語とを並行させて描く。ロシア版では貧しい市民の生活、それとは反対の富裕層の暮らし、これに情報機関の内情が描かれ、独特の雰囲気を醸している。こちらの物語だけでも一本の映画になりそうだ。
 ドラマの原案を生み出し、脚本、監督、制作を担当したのは数々のテレビ・映画賞の受賞でも知られるピーター・コスミンスキー。他国にサイバー攻撃されるという「脅威は残念だが、非常にリアルだ」(チャンネル4のプレスリリースより)。「作りごとの幻想」ではなく、「英国の諜報関係者は可能性があるシナリオとして想定している」と述べている。
 この原稿を送ろうとした矢先の9月8日、エリザベス女王の訃報が入ってきた。享年96。
死の2日前にはリズ・トラス新首相を任命したばかりだった。最後の最後まで公務に身を捧げた女王の国葬はロンドン・ウェストミンスターホールで行われる予定だ。日本では9月末に安倍元首相の国葬があると聞いているが、英国では政治家の国葬は稀有で、決定には議会の承認が必要となる。最後に政治家の国葬が執り行われたのは1965年、第2次大戦中の名宰相・チャーチル元首相のものだった。女王の死去で、チャールズ3世時代の幕開けとなった。


【プロフィール】
こばやし・ぎんこ メディアとネットの未来について原稿を執筆中。ブログ「英国メディアウオッチ」、著書に『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)、『英国メディア史』(中公選書)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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「The Undeclared War」(チャンネル4プレス用サイトより)

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【巻頭ザ・パーソン】西井敏恭

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