Inter BEE 2022 幕張メッセ:11月16日(水)~18日(金) オンライン:12月23日(金)まで

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Special 2023.04.17 UP

【Inter BEE CURATION】「出る杭が打たれない社会を」がテーマの映画『Winny』は、その制作も「出る杭」だった

メディアコンサルタント / 境 治 MediaBorder

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KDDIの金山氏(左)とand picturesの伊藤主税氏

※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、InterBEEボードメンバーでもあるメディアコンサルタント・境治氏が運営するMediaBorderからの転載。映画「Winny」制作者にインタビューした記事です。

一体どんな人たちが作ったのか

映画『Winny』は、公開後4週経ったが見た人の熱い評価が反響を呼び、まだまだ公開が続いている。筆者も公開翌日に見た。日本の「事実を基にした映画」は、時に事実から離れすぎたり泣かせと正義感に走りすぎて白けてしまうものが多いと感じていた。『Winny』は事実を丁寧に調べた跡が感じられ、抑えた演出がかえって心を揺さぶる素晴らしい作品だった。

一体どんな人たちが作ったのか。クレジットには知らなかった制作会社の名が並び、さらに驚いたのが配給にKDDIの名も入っていたことだ。どうやら新しい座組みでできた作品のようだ。Winnyを生んだ金子勇氏は、著作権を侵害するソフトの開発者として世間で悪者扱いをされた。だからこそ、映画の制作も一筋縄ではいかなかったのではないか。その辺りを聞いてみたいと、制作と配給に携わった方たちに取材した。and picturesの代表取締役であり映画のプロデューサー、伊藤主税氏。そしてKDDIのマーケティング統括本部auスマートパス推進部エキスパートの金山(Kim San)氏。お二人の話は、「出る杭が打たれない社会を」をテーマにした『Winny』の映画制作が、まさに「出る杭」として打たれかねなかったプロセスだった。

難航した企画作業

映画『Winny』の企画は、2018年に行われた「ホリエモン万博」内でクラウドファンディングサービスのCAMPFIREが主催した映画企画コンテストでグランプリを獲得した。企画した古橋智史氏は「出る杭が打たれない国にしたい、挑戦できる環境作りを」というプレゼンをしたという。審査する側だった伊藤氏が企画に惚れ込み、古橋氏に映画化を申し出た。

伊藤氏たちはWinnyと金子氏の当時のことを取材し始めたが、賛否両論あった事だけに情報収集がまず大変だった。

伊藤主税氏(以下、伊藤)「最初はどちらの立場にもならずにフラットな目線を持とうと、金子さんの反対サイド、金子さんに異を唱える人たちに最初に取材をしました。ところが、反対サイドに聞いても映画として成立する様な情報は出てこない。あっちの立場になったり、こっちの立場になったり双方の取材をしていくうちに、金子さんサイドのストーリーに舵を切ることで企画が見えてきました。」

そんな右往左往で1年半ほど経った頃に、いくつかの作品で注目されていた松本優作監督と出会った。

伊藤「彼の物作りは映画として真実を追求ながらエンターテイメントにしているところ、社会において光があたりづらい事象にスポットライトを当てるクリエイティブが魅力ですが、そのために膨大な取材をしていたと聞いてすごいなと思いまして。今回の映画は取材力が勝負だと感じていたので監督をお願いさせていただきました。」

松本監督中心にさらに脚本開発を重ね、最終的には改稿が50稿にまで至ったという。事実を徹底取材し、物語の構成にもこだわり抜いたたことで、この映画のしっかりした骨格ができた。

ところが、配給会社探しと資金集めで壁にぶち当たる。

伊藤「非常に苦戦しました。頑張って頑張ってもお受け頂けず、5連敗ぐらいしまして。色々な情報も出回り、なんでこの方々は身内しか知らないこの情報を知ってるんだろう?とか『公開は難しいのではないか?』という意見も多々頂きました。」

著作権侵害で世間を騒がせたソフトの開発者で、逮捕もされた男を主人公にした映画。「著作権侵害」はいわゆる“業界”にとって極めてセンシティブな題材だ。あくまで筆者の想像だが、映画としての成否より関わることへ懸念、誰から何を言われるかわからないことへの不安で各社とも腰が引けてしまったのではないか。

制作が動き始めたのは、通信会社のビジネスマンとの出会いだった

頓挫しかけた制作が、KDDI金氏との出会いで具体的に動き始める。映画への出資はこれまで手がけてきたが、映画興行の配給はこれが初めてだったという。

金山氏(以下、金)「映画はビジネスとして非常に難しい。当たればすごいし、外れればしんどい。ボラティリティが非常に大きい産業です。一方で映画を作ってる人たちは、伊藤さんもそうですけど、 一般の企業にはなかなかいない熱量がある人たち。僕は一般企業の人間なので、あの熱量はどこから生まれるんだと、だんだん興味を持つようになりました。」

そう考えて始めた出資だが、それだけでは済まなくなってきた。

金「熱量があるからこそ、めんどくさい人もいっぱいいます(笑。それは当然だと思うんですね。熱量がなくてトラブルもなく、うまくいくものは正直大したものではないと僕は思っていて。熱量から何が生まれるかわからない方が、ワクワクがあったりするので、どんどん絡んでいきたい。出資して製作委員会に参加するだけでなく、もっともっと中身を知りたいと思っていたのです。」

その意欲が『Winny』への参加に繋がった。トラブルを気にしない金氏とは言え、この問題作への出資に反対の声は出なかったのか。

金「僕は全然際どい題材と思ってなくて、それ言い出したら映画作っちゃダメだよねってことじゃないですか。僕も当時のWinny事件も知っているし、これはもうやるべきでしょう、とにかく広げるべきだと思いました。 映画をヒットさせることは大きな目標ですが、当時そういう事件があった事実を知ってもらうのが、より重要。 それは最終的に映画の動員にも繋がるかなとも思っています。そもそも、 なんで日本だけこんなに難しいんだろう、何事も。配給も引き受けましたが、他の配給会社が躊躇するのも、誰かに確認したからかというと、おそらくそうではなく、なんとなく躊躇したのだろうと思います。それを忖度と表現をするのかはわからないですけど、だったらうちが矢面に立てばいい。実際には利害関係が業界とうちはそれほどないので矢面になることもないですけど。」

初めての配給業務がこの映画で大変だったのではと思うが、金氏はひたすら上映館を開拓した。

金「配給業務については、auマンデー割引の告知などでいろんなシネコンさんとご一緒していて、どういう段取りを組めばいいかは把握していました。でも話をしに行くと、うーむと悩む方もいれば、『もし何かあったら、公開できないかもという前提でいい?』とか、反応は様々でした。ナーバスに考える方々もいらっしゃれば、もし何かあればネタにするのでと冗談めかして受けてくれるところもありました。とにかく公開日を決めて上映してもらうのが重要なので、あちこちで話をしました。」

多くの人が懸念したり心配したりで進まない物事は多いが、実際には何も起こらないものだ。

金「起こるかもしれない可能性に対して、すごく皆さんディフェンスする傾向が強いですね。」

伊藤「僕もそうですし、監督たちもそうですけど、金さんが『この映画は届けなきゃいけないんです』って言ってくださって、どれだけ勇気付けられたか。」

金子氏の役を東出昌大氏が演じたことも、観客にとっては大きいし、それがまた心を動かす。東出氏のキャスティングはどう進んだのか。

伊藤「当時はメディアがプライベートな問題で騒いではいましたが、東出さんだったら、演じ切れる!という事で打診させていただきました。最初彼は細かな詳細まではWinnyや金子さんの事を知らなかったと思います。金子さんはWinnyについて、匿名性の必要性を映画の中でも言ってましたけど、 匿名性にはプラスな面とマイナスな面があって、責任を追わずに人に対して優位に立つ言動ができることは、金子さんがやりたかったことではない。ネットいじめがわかりやすい事例だと思います。東出さんには金子さんのこと、Winnyのこと、今の時代ですとか、人の倫理感みたいなところをちゃんと説明したところ、じっくり考えさせてくださいと。彼も自分なりに調べてくださって、その上でやらせてくださいと快諾してもらいました。」

映画の魅力の一つになった東出氏の演技

生前の金子氏の雰囲気が不思議なくらい似ている東出氏の名演は、映画の大きな魅力になっている。

コロナ禍で落ち込んだ日本の映画興行だが、2022年は再びコロナ前の2000億円台まで戻った。だが100億円を超えるメガヒット3作はいずれもアニメ映画。続くランキングも主流はアニメで、実写映画は実はひと頃の勢いがないのだ。

金「私は韓国から20年ぐらい前に来ましたが、 昔は日本ってカッコよかった。映画はサブカルでもあり、そこに人が集まっていた。通り一遍の映画だけじゃなくバリエーションがあった。今は狭いシネフィル向けか、ザ・エンタメのでかい作品かに分かれて中間が空洞化していてもったいない。」

そんな空洞を質の高い作品で満たしたいという金氏の語り方も、十分な熱量だった。
2000年代に日本映画が活性化したのは、テレビ局が本格的に映画製作に乗り出したことが大きい。そのテレビ局が本業の放送で元気を失い、映画界への影響力も薄れている。実写の日本映画はもうしぼむのかと筆者は危惧していたが、再び輝かせるのは『Winny』の金氏・伊藤氏のような新たなパートナーシップなのかもしれない。新しい映画制作者と、今まで関わってなかった企業の結びつきが、見たこともない日本映画を生み出すのだろう。お二人の今後の作品と、また違うプレイヤーたちによる新作に期待したい。

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