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Special 2021.03.31 UP

米シネフェックス誌が41年間の歴史に幕

鍋 潤太郎 / Inter BEE ニュースセンター

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筆者所蔵のシネフェックス誌の一部 (C) Cinefex

米シネフェックス誌(Cinefex 以降シネフェックス)が、今年2月に41年間の歴史に幕を降ろした。その最終号は2021年2月の発売で、172号であった。当レポートでは、筆者独自の視点から、シネフェックスの偉業や歴史、過去の広告に見るVFX業界の移り変わりなどを織り交ぜつつ、シネフェックスへのトリビュート記事として、お届けしたいと思う。

シネフェックスは映画の視覚効果&特殊効果に特化した稀有な雑誌で、1980年にドン・シェイ(Don Shay)によって随筆&創刊された。ドン・シェイは60〜70年代、視覚効果に関する記事をアメリカ及びイギリスの複数の映像雑誌に寄稿していた事で知られていた。シネフェックスの記念すべき第1号は1980年3月に発売され、当時ヒットしていた映画「スタートレック」と「エイリアン」の視覚効果の特集であった。
80年代、視覚効果はSFX(スペシャル・エフェクツ)と呼ばれていた。SFXは、ミニチュア撮影やオプチカル・プリンターによる光学合成などを駆使する事によって「普通の撮影では表現不可能な映像」を表現する技法の総称(注:現在は、爆炎やパペット操演、アニマトロニクスなど、撮影時に一緒に収録する特殊効果を差す場合が多い)であった。発刊当初のシネフェックスは、日本で言うところの「特撮好き」の読者層と映像業界のプロを対象に、SFXのメイキングを深く掘り下げ、制作したアーティストやスーパーバイザへのインタビューも踏まえて、非常に詳しく紹介していくというマニアックな雑誌であった。
書籍のサイズが、これまた独特だった。アメリカの書店で販売されている一般的な雑誌のサイズではなく、23cmX20cmという、どちらかと言えば正方形に近い特殊な形状をしていた。これは、大手ブックストアの棚に並んだ沢山の雑誌の中でも、キャッチーで目につき易く、しかもその表紙は旬のSF映画の宇宙船やキャラクターで飾られていた。この独特の書籍フォーマットは、ドン・シェイが「35mm映画フィルムのフレームのアスペクト比に近い」という理由で選んだという、心ニクいエピソードも残されている。

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シネフェックスの雑誌サイズは横23cmX縦20cm。フィルムのアスペクト比から来ているのだそう。 (C)Cinefex

シネフェックスは1980年から2016年までは、年4回の季刊での発行だった。2014年にドン・シェイは引退を表明、息子のグレッグ・シェイ(Gregg Shay)が所有権を引き継いだ。2016年以降は出版不況にも関わらず隔月発売に拡大され、より頻繁に書店の店頭で目にするようになった。また、2010年からはiPad版がリリースされた。iPad版では、創刊号の第1号までが網羅されたバックナンバーのデジタル・コピーを購入する事が可能となった。ちなみに、ハリウッドのVES(米視覚効果協会)は、2005年の第5回VESアワード授賞式にて、シネフェックスの長年の功績に対して、特別賞Board of Directors Awardをドン・シェイへ授与している。

日本にも根強いファン層があり、これまでに日本語に翻訳された日本版が3度刊行された。これまでにバンダイ(1983年〜1985年全12号)、トイズプレス(1993〜2003年 全39号)、ボーンデジタル(2006年〜2017年 全47号)の各社から、日本語版が発売されていた。3社分を通算すると全98号にも及ぶ。これだけの数の日本語版を発刊された、各出版社の皆様には頭が下がる思いである。専門用語が多いマニアックな内容だけに、日本語への翻訳はさぞご苦労された事であろう。

さて、筆者がバックナンバーを含むシネフェックスの各号を手に取った時の楽しみの1つに、「広告を見る」というのがあった。例えば、デジタル全盛になる以前の号では特殊メイク、クリーチャーに入れるアーマチュア、工具、スタジオ機材、ミニチュア工房、モーション・コントロール・カメラ等の広告が多かった。

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「ごめんな子供達。これが仕事でね。」というコピーが笑える、マイク・スミスソンの特殊メイク工房の広告。下にはスタジオ撮影用のレンタル空調機の広告も。(C)Cinefex

そして90年代に入りデジタル革命が起こると、SGIのレンタル、バレットタイムを撮影出来るカメラリグの広告など、デジタル関連の広告が増えていった。

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アマゾン・ペイントと、SGIのレンタルの広告。(Indigo、懐かしいなぁ)(C)Cinefex
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「マトリックス」でバレットタイムが流行った頃、よく見かけた広告。(C)Cinefex
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フィルム全盛時代のVFXスタジオの必需品、ソリテア・フィルムレコーダーの広告。 (C)Cinefex
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あったあった!ドミノ。一時期は、映画関係者を意識してか、ハリウッドの101フリーウェイ周辺にも野外看板が出ていた。 (C)Cinefex

以降の広告はデジタル一辺倒となり、近年では著名なVFXスタジオの広告で埋め尽くされた感があった。このように、シネフェックスの広告からは、ハリウッドの視覚効果業界の「それぞれの時代の移り変わり」を感じる事が出来る。

筆者が所蔵している号を見返してみると、今はもう存在しないVFXスタジオやアメーションスタジオの広告や、当時脚光を浴びていたVFXスタジオの広告などが目に入り、何とも言えない懐かしさと寂しさが入り混じる。先だって筆者がCGWORLD.jpに寄稿させて頂いた記事もしかりである

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アカデミー賞で特別業績賞(Special Achievement Award)の受賞歴も持つ、今は無きメトロライト・スタジオの広告 (C)Cinefex

ハリウッド映画のVFX業界に従事する者にとって、「いつか、シネフェックスに自分の名前か写真が載る」という事は、1つの夢であった。筆者は、実は1度だけシネフェックスに名前が載った事がある。もっとも、それは記事の中ではなく、所属先のスタジオがVFXクルー全員の名前を入れた全面広告を掲載した時であった。はからずしも夢の一端が叶い、非常に嬉しく思ったものである。
シネフェックスは出版不況にも強かった。インターネットの台頭により、財力のある著名雑誌ですら次々と廃刊になっていく中、前述のようにシネフェックスは季刊から隔月発行となった。これについてハリウッドリポーター誌は「ニッチな生存者」というお褒めの言葉で紹介していた。
にもかかわらず廃刊に至ったその背景には、今回のコロナの影響がある。シネフェックスは昨年の6月号以降、隔月発行を中断していた。そして今年2月に久しぶりに発刊された172号が、最終号となってしまった。
シネフェックスのホームページで、グレッグ・シェイは次のようなメッセージを投稿した。「コロナのパンデミックによる人的被害は壊滅的なものでしたが、企業への被害も同様です。 これらのビジネスのうち、米国だけで10万社以上が閉鎖しました。この度、シネフェックスがその中に含まれることをお知らせしなければならないのは非常に残念です。 パンデミックは、小売店、そして多くの広告主が激しい混乱と先が読めない嵐の中、水面に浮かび続ける機会を奪いました。 シネフェックスは、この嵐を乗り切るために最善を尽くしましたが、最終的には嵐が優勢になってしまいました。 エンターテインメントの歴史の中で、最も活気に満ちたエキサイティングな形態の1つである視覚効果を書籍として残し、読者の方と共に祝福し続けてきた、シネフェックスは最終号の発刊を終えました。これは、私たちの大きな名誉です。お別れを申し上げます。」
ひとつの時代が終わった寂しさを、複雑な思いで噛み締めている筆者であった。
Thank you Cinefex!

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