【Inter BEE CURATION】ジャニーズ事務所前社長の性加害 英BBCドキュメンタリーで明るみに
小林恭子 GALAC
※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2023年7月号からの転載です。
性加害を伝えた衝撃のドキュメンタリー
英国で放送された番組が日本の社会問題にメスを入れ、これによって何らかの動きが発生する例がこれまでにあっただろうか。今年3月7日、英BBCが放送した「Predator:The Secret Scandal of J-POP(J―POPの捕食者 秘められたスキャンダル)」がまさにこれにあたる。「J―POPの捕食者」とは日本で有数のタレント事務所「ジャニーズ事務所」の前社長ジャニー喜多川氏(2019年死去)を指す。番組は日本ではBBCワールドニュース・チャンネルを扱う複数のプラットフォームで3月18、19日に配信され、4月にはオンデマンドで視聴可能だった。
日本でジャニーズ事務所について知らない人はほとんどいないだろう。事務所設立前にデビューしたフォーリーブス(1968年)、郷ひろみ(1972年)、1975年の設立後は川崎麻世、田原俊彦、近藤真彦、シブがき隊、少年隊、光GENJI、SMAP、TOKIO、KinKi Kids、嵐など、そうそうたるスターが続々と生まれた。2016年、SMAPの解散騒動が発生し、事務所に対する批判が沸騰したものの、ジャニー喜多川氏の死後、新たな時代に踏み出したように見えた。
筆者自身も喜多川氏による少年たちへの性加害疑惑について聞いたことがあったが、もし事実であればメディアが騒ぐはずで、そうでないとするとあくまで「疑惑」なのかと認識していた。BBCの番組で、目が覚めた思いがした。
「ジャニー喜多川のことをどう思いますか」。番組のナレーター、モビーン・アザー氏が東京の街中で聞く。「神様のような人です」とある男性が答える。日本のアイドル文化を作り上げた立役者として、今でも日本では彼の芸能界での功績が高く評価されていることをアザー氏は知った。性的搾取の疑惑があっても、高評価は変わらない。アザー氏はこのことに衝撃を受ける。
喜多川氏が60年近くタレントのスカウトと育成に関わり、多くのスターを生み出してきたことが紹介された後、「ハヤシ」(仮名)と呼ばれる男性がメガネとマスクで顔を覆って、インタビューに応じる。初めて公に自分の体験を語った。15歳でジャニーズ事務所に履歴書を送ったハヤシ氏は、喜多川氏の「合宿所」に呼ばれた。このとき、オーラルセックスを強要されたという。ハヤシ氏もほかの少年たちも虐待を我慢せざるを得なかった。「売れたい、成功したい」と思っていたからだ。
1999年、週刊文春が性被害を記事化したが、ほかのメディアはほとんど取り上げなかったという。ジャニーズ事務所の恩恵を受ければ視聴者も読者も広告費も稼げるため、ほかの媒体は喜多川氏の問題行為について報道できなかったのだとアザー氏は結論付ける。ジャニーズ事務所は文春を名誉棄損で訴えた。2003年7月、東京高等裁判所は文春のセクハラ行為に関する記事はその重要な部分において真実と認定した。事務所側は上告したが、最高裁は2004年2月に上告を棄却した。
アザー氏はほかの被害者にも会った。10代で事務所に入り、10年間在籍したリュウ氏は喜多川氏に性的マッサージを受けたが、喜多川氏を「今でも大好き」と言う。「本当に素晴らしい人」、性的マッサージは「僕にとって、そこまで大きな問題じゃない」。2019年まで事務所にいたレン氏は、もし喜多川氏に性的なアプローチを受けていたらどうするかと聞かれ、「有名になるのが一番の夢なので、受けると思う」と答えた。アザー氏は「信じられない」という表情をする。
筆者自身、ここがもっとも暗澹とした場面だった。人間が尊厳をもって生きるためには、性という人の最も私的な部分に他者が本人の同意なしに入ってきたとき、「ノー」という必要がある。名声やおカネ、そのほかどんな理由でも「ノー」である。だが、私的な部分に他者が入ってきたとき、「それでも構わない」「名声・おカネなどを得る代わりに尊厳を捨ててもよい」と考える人に、一体何が言えるのだろうか。
日本でも声が上がり出した
番組放送後、日本で前向きな動きが起きることは難しいだろうと筆者は思った。しかし、4月12日、元ジャニーズJr.の一人で現在はミュージシャンのカウアン・オカモト氏が日本外国特派員協会で記者会見し、喜多川氏から性被害を受けていたと証言。この会見を受けて、ジャニーズ事務所が社員や所属タレントへの聞き取り調査を行っていると、複数の日本のメディアが報じた。
5月10日には、英国の非営利組織「大和日英基金」が、アザー氏と監督のメグミ・インマン氏を呼んでオンラインイベントを開いた。「スターになるためには性的搾取を受けても構わないという人がいる社会を変えることは可能か」。イベントの参加者が聞いた。「こういう行為を許してはいけないという声が社会の大多数になれば、変わる」とアザー氏は答えている。
【ジャーナリストプロフィール】
こばやし・ぎんこ メディアとネットの未来について原稿を執筆中。ブログ「英国メディアウオッチ」、著書に『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)、『英国メディア史』(中公選書)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。
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