Inter BEE 2023 幕張メッセ:11月15日(水)~17日(金) オンライン:12月15日(金)まで

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Special 2023.10.16 UP

【Inter BEE CURATION】ヒトラーの日記捏造 AIが今、その狙いを暴く

ジャーナリスト 稲木せつ子 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2023年10月号からの転載です。

戦後ドイツ最悪のスキャンダル

「ユダヤ人を大量殺戮した独裁者、ヒトラーによる直筆の日記が見つかった!」。ドイツがまだ東西に分断されていた1983年、西ドイツの週刊誌『シュテルン』が、世紀のスクープとして黒張りのノート60冊をプレス公開した。「筆跡の鑑定から、ヒトラーの日記であると特定された」と発表したが、その真偽をめぐって米英の歴史家らを巻き込んだ論争が巻き起こり、大騒動に発展。紙やインクの年代検証で偽造と鑑定され、あっけない幕引きを迎えている。
 警察は入手ルートの捜査から、日記を売りつけた古物商、コンラート・クジャクが捏造犯だったことを突き止めた。この男は骨董店を経営しながら裏でヒトラーやナチスの遺品を密売していたが、「ヒトラーもの」は高値がつくため、偽造に手を染めるようになったという。本件で4年8カ月の実刑を受けたものの、大胆なペテンが大衆に受け、クジャクは出所後「捏造アーティスト」として個展を開催し、時折テレビにも出演するプチセレブとなる。
 また、この奇妙な捏造劇は英、独で何度かドラマ化され、映画にもなっている。最新作は2年前に民放RTLが放送した「フェイキング・ヒトラー」だ。生活に困窮する贋作者クジャクは、大金を稼ぐためヒトラーの日記を捏造することを思いつく。この偽作にスランプに陥っていた雑誌記者が飛びつき、実話がコメディタッチで描かれる。大手出版社の関与で日記の価値が跳ね上がり、主人公は捏造工房で60冊もの大量捏造をするハメに。日記の真偽鑑定を求められピンチに立たされるが、ペテン師は、筆跡比較のためにと、ヒトラーによる文書を新たに偽造して、危機を乗り切ってしまう。
 実際の捏造者(クジャク)は旧東ドイツに生まれ、ナチス党員の父親同様、ヒトラーに憧れて育った。若い頃から軽犯罪を繰り返していたが、販売禁止となっているナチスの遺品(ヘルメットや勲章など)を扱うようになったのは、旧西ドイツに逃亡した後だ。儲けを増やすために、旧東ドイツからの密輸品に偽の鑑定書をつけ、ヒトラーなどの遺品として売り捌いていた。
 当時のドイツは、右翼の過激派組織(ANS)が78年に組織化されるなど、ホロコーストを矮小化する「歴史改ざん」運動が沸き起こっていた時期だ。時代の雰囲気は、捏造された日記の記述にも投影されていた。ユダヤ人問題の「最終的解決」として、ユダヤ絶滅計画が話し合われたヴァンセー会議の日に、日記のヒトラーは「ユダヤ人が自給自足できる場所を東方に見つけなければならない」と記しており、ユダヤ人種の絶滅に触れなかったのである。
 この独白は従来の歴史認識と大きく食い違ったが、『シュテルン』は、日記発掘の報道で 「第三帝国の歴史が書き変わる」と喧伝するほど画期的と捉えていた。約73億円で買い取られた日記の出版計画は、捏造の発覚で中断。事件は、特ダネと金儲けに目が眩んだマスコミの不祥事として記憶され、原本は封印された。

ドイツ公共放送NDRが再検証

 風刺化され続けた事件から40年を経た今年、最新技術を駆使して日記の再検証が行われた。取り組んだのは北ドイツ放送(NDR)で、出発点は「偽りの日記には、何が書かれていたのか?」という問いだった。
 というのも、戦前のドイツでは「クレント体」と呼ばれる旧筆記体が使われており、偽ヒトラーの日記も旧字体の知識がなければ読めない。日記の発見当時、取り引きに関わった記者以外に読みこなせた関係者はわずかで、全容が正確に把握されていなかったという。
 NDRは、書き癖を含めた書体を人工知能(AI)に学習させ、2000ページあまりの文書を1ページごとに文字認識させながら電子化し、初めて全文のキーワード検索を可能にした。その結果、捏造日記にはユダヤ人大量虐殺に関連する用語が一切出てこないことが明らかになったのだ。「最終的解決」「強制移住」「ガス室」といったキーワードだけでなく、「アウシュヴィッツ」など、主だった強制収容所があった地名への言及すら完全に抜け落ちていた。
 NDRは2月、偽の日記を同局の特設サイトでデジタル公開し、ヒトラーがホロコーストについて「何も知らなかった」かのように描かれていることを明らかにした。また、「ユダヤ人を受け入れる国がない」ことを何度か苦慮する様子など、史実とはかけ離れたヒトラー像が描かれていたことも示したのだ。
 AIが解き明かした内容について、ベルリン自由大学のフンケ教授は、「明らかな歴史改ざん」とし、捏造された日記は、ヒトラーをナチスの最悪の犯罪から免責しようとしたと解説した。また、連邦公文書館のホルマン館長は、「1980年代(捏造当時)の社会に響くような『人間性』というメッキを、ヒトラーに施そうとした不敵な行為」と語っている。
 NDRは、4月に南西ドイツ放送らとともに特集番組「偽ヒトラー、世紀の捏造」を放送し、クジャクに偽造を指南していた男が、ドイツネオナチ過激組織で指導者の報道官を務めていたことなど、これまで考えられていた以上に、クジャクがネオナチ社会と深い繋がりを持っていたことを明示した。同局によると、捏造日記を使って戦後のネオナチ研究が始まっているとのことだ。日記を所有している出版社も、放送後に「原本を年内中に連邦公文書館へ寄贈する」との考えを発表している。

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「フェイキング・ヒトラー」の番組宣伝。口髭の男性がクジャク役。同作品は、2022年のドイツベストドラマシリーズ賞を受賞 ©️RTL

【ジャーナリストプロフィール】
いなき・せつこ 元日本テレビ、在ウィーンのジャーナリスト。退職後もニュース報道に携わりながら、欧州のテレビやメディア事情などについて発信している。

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【表紙/旬の顔】北川景子
【THE PERSON】大崎健志

【特集】メディアのなかのLGBTQ+

LGBT法連合会が目指す社会と報道のありよう/西山 朗

〈制作者が綴る〉
LGBTQ+を強調しない/安里愛美
自分たちと「違わない」存在/泉優紀子
社会の意識を変える取り組みを/柳下明莉
ゲイ公表し見えた景色/白川大介

〈表現者に聞く〉
若い世代のモデルケースに/若林佑真

海外ドラマのなかのLGBTQ+/伊藤ハルカ

【連載】
放送法改正 タラレバ話(第2回)/武智健二
21世紀の断片~テレビドラマの世界/藤田真文
番組制作基礎講座/渡邊 悟
今月のダラクシー賞/桧山珠美
報道番組に喝! NEWS WATCHING/高瀬 毅
海外メディア最新事情[ウィーン]/稲木せつ子
GALAC NEWS/砂川浩慶
TV/RADIO/CM BEST&WORST
BOOK REVIEW 〈ドラマ制作者はこうやって昭和と平成を切り拓いてきた~証言で紐解くテレビドラマ変革史~〉〈ハマのドン~横浜カジノ阻止をめぐる闘いの記録~〉〈掬われる声、語られる芸~小沢昭一と『ドキュメント日本の放浪芸』~〉〈「くうき」が僕らを呑みこむ前に~脱サイレント・マジョリティー~〉

【ギャラクシー賞】
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