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Special 2024.04.16 UP

【Inter BEE CURATION】韓国の医療空白の長期化 社会問題化の背景とは

安 暎姫 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2024年5月号からの転載です。

医療界の大反発

 現在、韓国政府の医科大学定員増員の発表に対し、医療界では大学病院所属の専攻医らが辞職願を一斉に提出し、現役の医大生たちは休学届を提出、一部の医科大学では授業拒否など、強硬手段が相次いでいる。なぜ、政府は医科大学定員増員を発表し、なぜ医療界はこんなに反対するのか。

 韓国では救急、外傷、感染、分娩など、国民の生命にかかわる「必須医療」部門の医師が不足しており、地方の医師不足が顕著である。つまり、内科、外科、産婦人科、小児科を専門にする医師が減少し、地方の病院が減っているということだ。人口1000人当たりの医師数が韓国全体では2・6人(出所:OECD資料)だが、ソウルと慶尚北道の2地域で見ると、3人対1人と格差がある。ソウルと他地域間の医療格差は広がるばかりで、病院のない地域もある。そこで政府は必須医療の充実と地域間の医師偏在解消のため、医科大学の定員を増員して問題を解決しようとした。全国の医科大学の定員を増やせば地域医療も充実すると考えたのだ。

 しかし、問題は単純明快ではなかった。必須医療や地方医療に携わる医師が少ない理由はほかにあるからだ。一つめは、内科、外科、産婦人科など、人命にかかわる医療行為の医療報酬より、人命にかかわらない皮膚科、眼科、美容整形外科のほうが報酬が多いことだ。韓国の医療報酬システムでは、高度な集中力を要する神経外科の手術よりも、機器を主に使用する皮膚科などがより高い報酬を受給できる。二つめは、一日平均3人の医師が医療事故で刑事起訴されるという統計があるほど、医療訴訟が多いことだ。日本と同じように韓国も国民皆保険制度で、医療接近性が高く受診機会が多いため、医療訴訟も年々増加している。三つめは、ソウル一極集中により、人口の少ない地方は患者も少ないため医師たちが地方の病院を離れてしまうことだ。

 政府が医療界と十分に議論せず「増員」を通告したことも大きな反発を起こすきっかけとなった。だが、専門医は病院に残り、専攻医が真っ先に辞職願を出して強硬に抗議した理由と現役の医大生たちがデモに加わった理由は、もっと奥が深い。専攻医とは、医科大学を卒業し医師免許を取得した後、専門医になるために研修をしている医師たちで、専門医に比べてずっと低い給料での長時間労働を強いられている。また、専門医が少ない必須医療にも研修のため順番に担当することになる。

 彼らは医大生が増えても大学病院が増えるわけではないので、自分たちの研修の機会が減り、教育の質が落ちると主張。現在専攻医の給料は長時間労働により大手企業の社員以上の給料が保障されているが、人が増えれば収入も減る。また、必須医療の医師になるには最低10年はかかる。10年後に医師数が増えてもその医師たちが必須医療に携わるかも別問題である。

政府のアメとムチ

 2020年にも政府は「医科大学定員増員」を掲げたことがあった。当時も専攻医らが辞職願を一斉に提出して猛烈に抗議した。当時の政権は新型コロナなどで患者を人質にすることはできないと、辞職願を出した専攻医を呼び戻し、増員問題を無期限延期していた。

 しかし政権が替わり、今回は政府も強硬な姿勢で臨んでいる。2月20日から辞職願を出して勤務を中断した専攻医に関しては、医療法59条の「業務開始命令」を掲げ、現場復帰を促した。大学側には増員させる人数を申請させた結果、総計3401人増員の申請があった。また、復帰しない専攻医に対して、政府は司法手続きによって免許停止になると事前通告した。政府は一方で強硬な姿勢を取りながら、「医療事故処理特例法」や「地方国立大の医科大学教授を1000人増員計画」の懐柔策も出し、アメとムチのツートラックで攻めている。

 だが、3月14日現在も解決には至らず、被害を被るのは病院を利用する患者たちだ。病院側は非常診療態勢で専攻医の穴埋めをしている。緊急手術は教授や専門医が行い、PA(フィジシャンアシスタント:診療支援)看護師の業務範囲も広がっている。
政府側も国軍病院の救急室を一般市民に開放し、公的医療機関の診療時間延長、専攻医の離脱問題が長期化した場合、非対面診療も全面許容すると発表した。

 韓国は3月から新学期が始まっているが、医大生たちが休学届を出して授業に参加しないため大学の講義室はガランとしている。その代わり教授たちは、大学側が増員申請をしたことに抗議するため、頭を丸めたり、辞職願を出したりしている。さらに、全国33の医科大学教授協議会の代表らは、保健福祉部と教育部長官を相手に、2025年度医科大学の2000人増員処分に対して取り消し請求訴訟を出した。

 現役の医大生たちは増員に反対するが、予備校では増員に向けて準備が始まっている。医科大学が増えれば合格ラインも低くなるため、高校生・大学生・会社員までもが医学大学を目指し、入試専門家らによると2025年度の医大受験者はこれまでより6000人以上も増えると見込んでいる。政・医対決に市民だけが取り残されたまま、自分の健康は自分で守るしかない状況に置かれている。

【ジャーナリストプロフィール】
安 暎姫 韓国ソウル在住。日韓の会議通訳を務めながら、英語をはじめ8カ国語の国際会議通訳・翻訳会社を経営。『朝日新聞』でのコラム連載を経てウェブ・マガジンの『JBPress』と『フォーブス・ジャパン』で連載中。

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