【Inter BEE CURATION】ローカル局の意義・役割を放送の外側から考える【InterBEE2022レポート】
編集部 Screens
※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、InterBEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、Screensに2023年2月6日に掲載された「INTER BEE CONNECTED」のセッション「ローカル局の意義・役割を放送の外側から考える」をまとめた記事となります。是非お読みください。
一般法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、「InterBEE」を、2022年11月16~18日にかけて開催。今回は幕張メッセでのリアルイベントとオンラインイベントを並行しての開催となった。本記事では、2年ぶりにリアルイベントとして開催された「INTER BEE CONNECTED」のセッション「ローカル局の意義・役割を放送の外側から考える」の模様をレポートする。
経営環境がいっそう厳しさを増すなか、規制緩和による複数地域の番組・拠点同一化が議論されるなど、今後の形が注目されるローカル局。多くの局が「地域密着」をスローガンにかかげているが、本当の意味でそれは果たせているのか。本セッションでは、これからの時代ローカル局に必要とされる「地域に向けた価値と役割」について、“放送局以外の視点”を取り入れながら議論する。
パネリストは株式会社トーチ 代表取締役社長 佐野和哉氏、楽天グループ株式会社 コマースカンパニー 地域創生事業 共創事業推進部 シニアマネージャー 柘植正基氏、株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役社長 矢野将文氏。モデレーターを株式会社TVQ九州放送編成局デジタル編成部 永江幸司氏が務めた。
■地域キーパーソンとの協働、自社顧客との接続・・・ キーワードは「関係人口作り」
“放送局以外の視点”で地域を見たとき、そこにはどんな課題、そして可能性があるのか。冒頭では、地域に焦点を当てた取り組みを進めるパネラー3名がそれぞれの取り組みをプレゼンする。共通するのは「関係人口作り」という視点だ。
佐野氏がNHK北海道と進めているプロジェクト『ローカルフレンズ滞在記』は、大都市圏によらない形で地域の魅力を引き出す取り組み。
道内の各地域を拠点に活動し、ディープな人脈を持つ人物「ローカルフレンズ」のもとに番組ディレクターが1か月滞在し、“地域の宝”となる事柄やモノを発掘、発信。2022年にはNHKの地域放送局で初めて「グッドデザイン・ベスト100」に選出された。
NHKローカルフレンズ滞在記Web
コンセプトは「『取材する人』と『取材される人』の立場の差を超えること」と佐野氏。「地域の人とテレビ局の間にそれぞれとのコミュニケーションができる人が入ることによって、同じ目線からの発信ができるのが特長」といい、「これまで発信されていなかった地域情報が発信されたり、それによってNHKと地域の人との距離が縮まったりした」と語る。
柘植氏は、70以上のサービスと1億人以上の顧客基盤からなる「楽天経済圏」を活かした地方創生の取り組みを紹介。EC化、デジタル化をはじめ、地域外からの収益獲得支援を通じて事業者の自走を進め、地域の“稼ぐ力”の強化に寄与しているという。
また、包括連携協定によって自治体同士の連携を図り、地域の課題に合わせて楽天のサービスを展開する取り組みも。岩手県矢巾町の事例では、地域の魅力をビジュアル面で打ち出すブランディングを行い、企業と連携させることで平成30年度に15億のふるさと納税額を達成したと語る。
「これまでの地域ブランディングは資源推しのPRが多く、地域間の違いである“らしさ”を見いだしづらかった」と柘植氏。固有の地域資源に依存せず、自治体そのものが持つコンテキストに共感する関係人口作りにも積極的に取り組んでいるという。
矢野氏の株式会社今治.夢スポーツが運営する「FC今治」は、1997年にサッカー日本代表チームを初のW杯へと導いた指導者、岡田武史氏が代表取締役を務める地域サッカークラブ。「心の豊かさを大切にする社会作りへの貢献」をスローガンにかかげ、子ども向けサッカー教室や指導ノウハウを活かした研修プログラムを展開している。
また同FCでは、地元・今治市出身のサイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野慶久氏や日本プロ野球名球会理事長の古田敦也氏、“すずかん”の愛称で親しまれる慶應義塾大学教授・鈴木寛氏らをアドバイザリーボードメンバーに迎え、若者にチャレンジの機会を与えるワークショップを実施。
地元テレビ局による番組化を通じたPRが功を奏し、趣旨に賛同した企業330社と総額約6億円にのぼるパートナーシップ契約につながっているという。
このほか、かつて市民たちの集いの場だった百貨店の跡地でパブリックビューイングを実施するなど、地域に古くから存在するコミュニケーションの場へ積極的に参加。今年2023年には市内に自社スタジアム「里山スタジアム」が竣工し、試合会場のほかに地域のコミュニティ拠点としても活用予定だという。
「理念に沿ったさまざまな活動を実施することによって、評判や関係、信頼など“財務諸表に現れにくい資本”が蓄積されていく」と矢野氏。
「今後は『里山スタジアム』を拠点とした新しい共助コミュニティ作りを通じ、ベーシックインカムならぬ“ベーシックインフラ”の輪を今治から四国、全国へと広げていきたい」と語った。
■「深い人脈」と「コアで最新な情報」。地域の“交差点”として期待されるローカル局
昨今のメディア環境を取り巻くグローバル化の流れとは対をなすように見えるローカル施策。ビジネス的には大きなパイとは言いがたい“地域”にどんな価値を見いだしているのか。後半はパネリストがディスカッションを繰り広げた。
「日本の企業は大都市圏だけにあるわけではない。地方の方がむしろポテンシャルがたくさんあり、需要を掘り起こして発信していける余地が多い。まだまだプレーヤーとのびしろがあるからこそ、地方と一緒に取り組む意味がある」(柘植氏)
「人口50万の松山市に対し、人口15万人の今治市は一人ひとりが見つかりやすく、住む人に主人公感がある」(今野氏)
「テレビの文脈でいうと、これまでの全国的な指標では測れないポテンシャルが北海道には特にあると感じる」と佐野氏。「『ローカルフレンズ滞在記』は大都市圏である札幌に比べ、それ以外の地域における反響が非常に高い」というが、その背景には各地域に放送局を持つNHKならではの強い課題意識があったと語る。
「九州と四国をあわせたくらいの面積を持ちながらテレビ局が5局しかない北海道は、他の地域に比べてテレビのカバー範囲が狭い。これを逆手に取り、『ローカルフレンズ滞在記』では札幌から何時間も離れた人口数千人規模の街にディレクターが単身入り、地元の人々と一緒に活動する。これによって地域に変化が生まれ、地域の人も自分の地域の誇りを持つ好循環が生まれている」(佐野氏)
「日々の取材を通じてその地域ならでのコアで最新な情報を蓄積し、網羅している点はローカル局の大きな強み」と柘植氏。「東京では地域の細かい情報を得ることが難しい」としたうえで、「情報を得るためには地元の企業や住民とのつながりが欠かせない」とコメント。「だからこそ、ローカル局と一緒に組ませていただくことには大きな価値がある」と強調する。
楽天市場では2022年末から2023年初頭にかけて、ローカル局のアナウンサーが地元で突撃インタビューを行い、相手から地元の魅力を引き出す技を競う「地方の魅力聞き上手グランプリ」を開催。「この企画を通じ、これまで地方の商品を購入してこなかった人が新たに購入し、それをSNSでシェアするコミュニケーションが生まれた」という。
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「私たち(楽天)には目をひく演出技術がなく、フォーカスする場所や物事の検討すらもままならなかった」と柘植氏は語り、「ローカル局が放送局として持つ高い制作力・構成力なしには実現しえなかった」とコメント。「地域に対する高いアンテナと制作力で地域に対する関係人口を増やせるアプローチはローカル局とのコラボだからこそ可能なこと」と、その強みをあらためて示す。
一方、矢野氏は「自社の取り組みの初期段階からローカル局の取材陣と関係を深めていくことで、取材担当者の方々に“自分ごと化”してもらえ、発信するトピックに奥行きが出てくる」とコメント。「里山スタジアム」の建設にあたっては立ち上げ当初のミーティングから地元局の密着を受け入れ、メディアとの近い距離感を保つことに重きを置いたという。
「FC今治ではあらゆる部門が独自に広報活動をしており、広報部門のみではプロデュースが及ばない規模となっている。そんななか、ポイントを突いたような情報発信を自力だけでまかなうことは難しい。こうした領域でローカル局ならではの距離の近さが活きる」(矢野氏)
「これからはローカル局が地域における人と情報の交差点となり、企業同士のマッチングの場となる」矢野氏。「私たちは共感によって成り立っている企業だが、共感が連なることによって『公共』となり、多くの人や企業にとってかけがえのない存在になっていく」とした。
■「取材する立場」から「一緒に生み、出していく関係」に
これからのローカル局は、地域においてどのような意義、役割を意識していくべきか。
佐野氏は多様化するメディア環境を踏まえながら、「ただ単に情報を発信していくだけでは“届きすらしない”状態になってきている」とコメント。「これからは発信することよりも、発信を含めた活動をやっていくことに意義を見いだすべきではないか」と提言する。
「『ローカルフレンズ滞在記』では、小さな町の小さなカフェに集まった人々が『次にこういうことやりたい』と話しているような、活動未満の光景にもスポットをあてる。テレビ局にとっては営業的にもニュースバリュー的にも取り上げる理由がないように見えるかもしれないが、こうした意識的な取り組みによって地域の活動がエンパワーメントされていく」(佐野氏)
「これからのテレビ局は『間に入る立場』ではなく、ローカルで生まれたものを出していくお手伝いをする役割が求められている」と佐野氏。「トピックが生まれるところから立ち会い、ともに“当事者”として関係性を持つことで、ソーシャルグッドな取り組みはもちろん、地域に必要とされる根本的な存在価値につながり、持続的なビジネスを生むのでないか」と期待を述べた。
セッションを振り返り、永江氏は「『取り上げる』ではなく『一緒にやる』ことの大切さを得られたことは大きな収穫」とコメント。「何よりも(パネリストの)皆さんの地域に対するその熱量や覚悟を強く感じた」とし、「今度はわれわれローカル局自身が地域に対していかに熱を持てるか、覚悟をもって地域とともに進んでいけるかが問われることになる」と締めくくった。