Inter BEE 2023 幕張メッセ:11月15日(水)~17日(金) オンライン:12月15日(金)まで

本年の来場事前登録のアンケート回答が済んでいません。アンケートのご回答をお願いします。

アンケートに回答する
キャプション
Special 2024.10.10 UP

【Inter BEE CURATION】BBC「アトミック・ピープル」 被爆者の証言番組が英で絶賛

在英ジャーナリスト 小林恭子 GALAC

IMG

※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2024年11月号からの転載です。

昨年、BBCのドキュメンタリー「J―POPの捕食者 秘められたスキャンダル」(2023年3月放送)が、日本で大反響を呼び起こした。旧ジャニーズ事務所の創業者・ジャニー喜多川氏による性加害を扱った番組である。

 このドキュメンタリーのプロデューサー兼監督を務めたインマン恵さんが、今度は別のドキュメンタリー監督ベネディクト・サンダーソン氏と組んで、広島と長崎に投下された原爆による被爆者の証言を集めた「アトミック・ピープル(Atomic People)」を制作した。広島への原爆投下日は1945年8月6日、長崎は同年8月9日だが、戦後79年の節目を待たず、今年7月31日からBBCで放送された。

 8月6日や9日の放送でなければ、インパクトが弱く、見逃されてしまうのではないか。そう思ったのは筆者の杞憂だった。「今年最も衝撃的なドキュメンタリー」(保守系高級紙『デイリー・テレグラフ』、5つ星が満点となる評価で星5つ)、「被爆者が語る、人への影響」(経済紙『フィナンシャル・タイムズ』、星5つ)、「広島生存者の静かで衝撃的な真実」(左派系高級紙『ガーディアン』、星4つ)など、どの新聞もトップクラスの評価を与えている。辛口が基本の批評家たちがここまでべた褒めするのは、稀有だ。

 日本人としては関心を持ってもらってうれしいが、手放しで褒められると、「本当か?」「どこがそんなに受けたの?」と突っ込みたくもなる。しかし、第2次大戦中に英空軍爆撃機のパイロットだった父を持つ家人と一緒に番組を見てみると、知らなかったことがいっぱいで、悲しみ、痛みが心に沁みた。被爆者の処遇に対する怒りも湧いた。二人で2度見て、その後も一人で何度か見た。複数回見た理由や番組の概要を伝えてみたい。

被爆者たちが思い出すことは

「ユー・アー・マイ・サンシャイン、マイ・オンリー・サンシャイン……」。ドキュメンタリーは朗らかな歌で始まる。米ポップ・ソングの出だしだ。被爆者の男性が笑顔で話し出す。「アメリカ映画は面白いね」「アメリカがやった行為に対しては憎かったけれども」。

 番組に登場する人々のほとんどは原爆投下時、子どもだった。「目を閉じてみてください。何が見えますか」。番組制作者側にそう聞かれた被爆者たちは「遊んでばかりいたこと」、絶対に入ってはいけないと言われた映画館に「制服を脱いで、見に行ったこと」などを思い出す。ある日広島にビラがまかれた。「恐ろしい破壊力を持った爆弾が落ちるから……広島を去れ」と書いてあったが、先生は「くしゃくしゃにして焼却炉に投げ込んで焼いちゃった」「本気で考えなければならないことだったのに」。

IMG
「アトミック・ピープル」の紹介ページ(『ラジオ・タイムズ』の誌面。筆者撮影)

 原爆投下の瞬間、そしてその後の周囲の凄惨さ。私たちは知識として何が起きたかを知っている。しかし、お茶の間にいて、被爆者たちが当時の様子を語りだすと、その「意味」がだんだんわが事のように思えてくる。投下から16時間後、米トルーマン大統領の演説が行われた。その動画が挿入される。「私たちはこの偉大な歴史上の科学的な賭けに200万ドルも費やし、勝利したのである」。この言葉を聞く現在の被爆者たち。

 原爆投下後、日本が降伏し、すぐに連合軍の占領下に入るが、このときいかに被爆者が扱われたかを知ると、悲しくて仕方なかった。占領中、被爆者は原爆について語ることを禁止され、報道規制が敷かれたために新聞・ラジオも報道を控えざるを得なかった。被爆者ということで結婚や出産にも大きな影響が出て、人生が暗転した人もいた。

 「戦争」というと、日本では第2次大戦のことが想起され、「遠い昔のこと」として認識している方が多いかもしれない。しかし、ロシアの侵攻によって始まったウクライナ戦争は続いているし、イスラエルとガザの紛争の被害は毎日、日本のテレビでも伝えられていることだろう。「アトミック・ピープル」は戦争を自分事として考えるための貴重な機会になりそうだ。筆者にとっても、何度か視聴して、爆弾の破壊力やその犠牲、その後の人生を頭に刻み込む必要があった。だから何回も見たのである。

インマンさんとの会話

筆者はロンドン市内でインマンさんに会うことができた。インマンさんは日英で育ち、日本のテレビ界と仕事をしてきたこともあって、日本の事情に詳しい。来年は第2次大戦終了から80年を迎えるが、高齢の被爆者たちは年々亡くなっていく。「この方たちのストーリーを記録したい」という思いがあったという。英国では原爆投下やその後について知られていないので、知識の空白を埋める機会になればという気持ちもあった。

 「アトミック・ピープル」の日本での放送は9月時点では決定していない。終戦80年の前に、ぜひテレビあるいは映画館で公開してほしい。

【ジャーナリストプロフィール】
こばやし・ぎんこ メディアとネットの未来について原稿を執筆中。著書に『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)、『英国メディア史』(中公選書)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。新刊『なぜBBCだけが伝えられるのかー民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)。

IMG

「GALAC」2024年11月号

【表紙/旬の顔】岡部たかし
【THE PERSON】真山 仁

【特集】地球沸騰化をどう報じるか

「1.5℃の約束」の本質/根本かおる

気象キャスターとして架け橋役になりたい/井田寛子

気候変動対策を訴えるコンテンツを/山口 豊

気候科学者からの提言/江守正多

〈放送局・企業・団体の取り組み〉
東日本放送 三陸の豊かな海を守れ!/鈴木奏斗
福井テレビ カーボンニュートラル実現を目指す/城戸利仁
日本気象協会 酷暑から命を守る情報発信を/齊藤愛子
Sport For Smile スポーツ界のアクション/梶川三枝

日本のメディアがすべきこと/堅達京子

【連載】
番組制作基礎講座/渡邊 悟
テレビ・ラジオ お助け法律相談所/梅田康宏
報道番組に喝! NEWS WATCHING/高瀬 毅
国際報道CLOSE-UP!/伊藤友治
海外メディア最新事情[ロンドン]/小林恭子
GALAC NEWS/長井展光
GALAXY CREATORS[轟木洋志]/太田省一
TV/RADIO/CM BEST&WORST
イチオシ!配信コンテンツ/古川 周
BOOK REVIEW『NHKは誰のものか』『テレビドラマは時代を映す』『笑いの正解-東京喜劇と伊東四朗-』『中国の新聞管理制度』

【ギャラクシー賞】
テレビ部門
ラジオ部門
CM部門
報道活動部門
マイベストTV賞

  1. 記事一覧へ