【NAB Show 2012】NABに見る映像技術・映像ビジネスの新潮流(3)姿を現した次世代符号化方式HEVC
2012.6.4 UP
FPGAによりハードに実装したHEVCを参考出品(NTT)
4Mbps映像比較:HEVC(左)、AVC/H.264(右)
次世代の高能率符号化方式として国際標準化作業が進んでいるHEVCがNAB Showで姿を現した。現行のMPEG-4 AVC/H.264(以下、AVC/H.264)に比べて2倍以上の圧縮効率を目指している。また、これまでは扱えなかった4K以上の解像度で高いフレームレートを持つ映像も符号化できる。NAB Show会場におけるHEVCの状況と併せて解説する。
■10年目の新方式
米GEのRCA(デビッド・サーノフ)研究所(当時)が「CDに動画像を格納できる符号化(圧縮)技術」としてDVIを発表したのが1987年。それから四半世紀が経ち圧縮技術は長足の進歩を遂げた。DVIのデモ当時、画像サイズは160×100にすぎず「切手のようなサイズ」と評された。DVI再生のためには専用のLSIが必要であったし、エンコードは処理センターにソース映像を送って処理して貰う必要があった。もちろん、センターへの送付の際は、映像はアナログのビデオテープに収めていた。
その後、MPEGが結成され、MPEG-1、2、4と進化してきた。専用ハードウェアは不要で、エンコードもPCで行える、対称構造(DVIは非対称構造)となる。当初は、やはり画像は切手サイズだったが、半導体の高速・高機能化やGPU技術の発達で、1920×1060のHD映像ですら実時間にエンコード可能となった。
特に、2003年に最初の標準化が完了したAVC/H.264では、それまでのMPEG-2の半分のビットレートで同等の画質を実現でき、HDの普及に大いに役だった。半導体メモリへの画像記録では、メモリの集積度の高まりが速かったためAVC/H.264の恩恵を感じにくい向きもあるかも知れない。
しかし、メディア容量拡大の速度が遅い分野では、圧縮効率が高まることはコスト削減、機会創出につながる鍵となる。特に、電波分野では帯域幅は厳に規定されており、変調技術の進展にも時間が掛かるとあって、圧縮効率の改善がサービス改善、創出に大きく効いてくる。
日本の地デジ方式はMPEG-2を採用したが、ワンセグではAVC/H.264が用いられている。もしワンセグでMPEG-2を使用せざるを得なかったら、今とは異なるサービスになっていただろう。
出現当時、画期的な存在であったAVC/H.264も10年が経ち、容易に利用できるものとなった。当初は「MPEG-2の10倍複雑」と言われ、実装に苦労が多かったものだが、現在では単一のLSIに組み込むことができる。技術的にはより複雑な方式を実装する目処は、数年前から経ちはじめつつあった。
一方、より効率の高い圧縮を求める声は各方面から寄せられている。時間、空間の両方向により高い解像度を目指す次世代のデジタル放送のためには、AVC/H.264が実現する圧縮能力では不足するのだ。
■映像符号化技術 今後のスケジュール
AVC/H.264の次を担う方式は、ISO/IEC(国際標準化機構と国際電気標準会議の合同技術委員会)とITU-T(国際電気通信連合)との間で合同委員会が結成され、標準化の作業が続けられている。結成された委員会は「JCT-VC」と称される。MPEGを作ってきたISO/IECとH.26xを作ってきたITU-Tの間で、映像符号化技術で合同委員会が作られるのは、AVC/H.264の際に「JVT」が結成されたのと同じである。JCT-VCにおいて、次期方式は「HEVC」と称することが2010年4月の会合で決定されており、本稿もそれに従う。巷間「H.265」と呼称する向きもあるが、ITU-Tの識別番号付与以前にこのような名称を語るべきではない。H.264の際も正式決定までは「H.26L」とされてきた。
標準化の作業は、2010年4月のドレスデン(ドイツ)会合以来、これまでに9回の会合が催されている。前々回のサンノゼ(米国)会合(2012年2月1日−10日)で委員会草案(CD)が可決され、HEVCはほぼ固まったものとなった。CD後に、4月にはジュネーブ会合が開催されており、その後ストックホルム(7月)、上海(10月)の会合を経て、最後に2013年1月のジュネーブ会合で勧告が採択される。ジュネーブ会合に至るまで、小修正が繰り返されてゆくことになる。
■NAB ShowでNTTがHEVC化した4K映像と試作ハードを出展
CDの可決から2ヶ月、NAB ShowにHEVCで圧縮した映像が現れた。NTTが、ブースにおいてHEVC化した4K映像と試作したハードウェアを出展したのだ。
4Kの映像は、同社が評価映像として使用しているもので、ソースは65ミリフィルムである。これを4Kスキャンして得た画像であるため、非常に質が高いものである。
展示では、4K表示のLCDディスプレイの左半分にHEVC、右半分にAVC/H.264で処理したもので表示された。いずれも、ソフトウェアによる非実時間エンコード・デコードである。使用したソフトウェアは、標準化作業委員会が提供するHM(HEVCテスト用モデル)とJM(JVTテスト用モデル)が用いられている。これらは、アルゴリズムを忠実にソフトウェア実装したもので、アルゴリズムの検討に使われる。実用的なソフトウェアではなく、標準化作業時の共通認識用の土台と思えばよい。それゆえ、独自の高画質化処理は一切含まれていない。現時点では、公平な比較のために最良の選択であると言えよう。
映像を一見して驚くのは、低ビットレートに対する強靱さだ。4K映像を8Mbpsに圧縮したものは、AVC/H.264では精細さが失われる部分でも、しっかりと表現している。また、色処理が大幅に改善されており、色再現性も向上している。
更に驚くべきは、4Mbpsに圧縮した映像があることだ。4Mbpsというレートは、AVC/H.264を用いてHD(1920×1080)を圧縮した場合でも、かなりの無理が感じられる。細部は失われ、平坦な箇所でも異様な「のっぺり」さが見られることがある。しかし、HEVCでは、このような問題点が目に見えて少ない。もちろん、4Mbpsでは劣化は生じるが、目立たぬ形の劣化に抑え込まれているように感じられた。
NTTは、他にFPGAに実装したHEVCエンコーダ・デコーダも出展した。規模が大きなFPGAが用いられている。現時点では、Iフレーム用のみの処理が可能というが、ハード化により今後の研究開発が加速されそうだ。
他に、今回のNAB Showでは米ハーモニックもHEVCによるデモ映像を出展した。来年のNAB Showには、HEVCは国際標準としての勧告に進んでいるはずだ。より多くの企業がHEVC関連商品を出展しているだろう。
(映像新聞 論説委員 杉沼浩司)
FPGAによりハードに実装したHEVCを参考出品(NTT)
4Mbps映像比較:HEVC(左)、AVC/H.264(右)