【コラム】マルチコプター 注意を要する海外での空撮利用 米国は事実上禁止状態 ディズニーも無人機による空撮を一切中止
2014.8.12 UP
マルチコプターには種々のモデルがある。
NAB Showでは、屋外展示でさかんにデモが行われていたが。。。
FAAが発行する模型航空機の案内。有償の飛行は禁止と明示されている。
連邦航空法と飛行マニュアルを記した書籍は、1000ページを超える。
手軽な空撮を行う装置として、マルチコプターの人気が高い。ドラマばかりでなく、ドキュメンタリーやニュースにも使われている。しかし、一歩海外に目を転じると、マルチコプターの利用が制限されている国、地域もある。最も誤解されているのが米国だろう。米国では、マルチコプターに限らず無人航空機の商業利用が厳しく規制されている。安易な利用は重大な結果を招く。法制度が固まるまでは、米国での無人機撮影は控えるべきだろう。
(映像新聞論説委員/日本大学 生産工学部講師 杉沼浩司)
■期待先行か? 米国での商用利用は事実上「運用不可」
マルチコプターによる映像制作は、国内外で幅広く行われている。一般ユーザーが映像をアップロードするサイトを覗けば、多くの作品が目に入る。プロも、映像作品において幅広く使われている。国内ではドラマやドキュメンタリーで効果的な映像を見せている。クレーンなどと比べ運搬が比較的容易であり、カメラマンが入り込めない場所でも、滑るようなカメラワークを実現できるマルチコプターは、新たな表現ツールとして注目を浴びている。
しかし、海外取材時にマルチコプターを使う場合、現地の法令に準拠しているか、綿密な調査が欠かせない。なかでも、利用が非常に難しいのは米国だ。
米国ではマルチコプターなどの無人機(米語では「ドローン(Drone)」と呼称)の商業利用が大幅に制限されている。無人航空機には、滞空時間28時間の「グローバルホーク」(偵察機)もあれば、日本で農薬や種子散布に使われる「無人ヘリコプター」もあるが、意外なことに米国では、商業利用(ロケ空撮も含む)の無人航空機は事実上運用不可能だ。
数少ない例外が、「趣味(ホビー)または娯楽(リクリエーション)用」だ。規定では、模型航空機と表記されている。飛行機ではなく、航空機とされていることから、マルチコプターも含まれる。非商用の飛行の場合、高度400ft(約120m)、操縦者の視界の範囲で運用しなければならない。また機材の重量は一部の例外を除いて55lb(約25kg)以下とされている。
■FAA 「無人機への誤解を撃つ」
趣味で飛ばすラジコン機と同じ機体であっても、業務として飛ばす場合は厳格な規制下に入る、というのが米国の空を管轄する米FAA(連邦航空局)の規定するところだ。業務用の場合、機体の耐空証明を取得した上で、飛行許可を申請することになる。FAAが3月7日付で発行した「無人機への誤解を撃つ」ページ(http://www.faa.gov/news/updates/?newsId=76381)によると、これまでに2機種(ボーイング製スキャンイーグルとアエロビロメント製ホーク)が耐空証明を取得している。それでも、これらの機の飛行は極地に限られているという。なお、両機とも「飛行機型」であり、マルチコプターではない。そして、これらの機を入手しても、現時点で規制除外申請を提出できるのは、行政機関や大学に限られている。つまり、現時点では映像制作用には飛行できないのだ。
FAAに対して、連邦議会は2015年9月末までに民間用無人航空機を安全に運行させるように命じた法律を可決した。この決定は「アメリカの空、無人機に開放」と大きく報じられ、あたかもすぐに無人機を飛ばせるかの印象を植え付けた。NAB Showにマルチコプターが増えたのも、この法案成立以降だ。
法案の成立から「2015年9月末までに商業利用の無人機が飛ばせるようになる」と解釈する向きもあるが、FAAは異を唱えている。FAAは「アメリカの空で安全に運行できる方策を採る」ことを命じられたとしており、誰でも、何でも飛ばせる訳ではない、としている。
※耐空証明:各国の所轄機関(日本=国土交通省、米国=FAA)により、航空機の強度・構造・性能等が、安全性と環境保全の基準に適合しているという証明。
■罰金1万ドル 規定を破れば"趣味”でも厳罰処分に
「無人機の飛行は自由」との誤解とはうらはらに、現時点では「商業利用の無人機(飛行機、ヘリコプター等)の飛行」は厳重なる管理下に置かれている。昨年、マルチコプターで空撮を行ったカメラマンには1万ドルの罰金が科せられた。この件では、一審の判事は、FAAに高度400ft以下の管轄権は無いとした。しかし、空域指定などの権限を持つFAAはこれを不服として上級審に控訴した。現在、係争中であり、決定が出るまでは現行の判断が優先される。7月には、空撮を行った不動産事業者も捜査対象となるなど、FAAは厳格な運用を行っている。
最近、マルチコプターが騒動を起こしている。7月には、シアトルのタワー「スペースニードル」の展望台付近を撮影しているマルチコプターが発見された。撮影者は趣味で飛ばしたとされているが、触法すると考えられる。
まず、墜落時の安全が確保できない場所で飛行している。スペースニードルは、街中にある。墜落すれば、周囲に危害を加えたことは想像に難くない。また、高度も問題だ。展望台の高さは159m(約530ft)、これは前出の「趣味の模型航空機」の上昇限度を超える。公衆を危険にさらしたこと、高度規定を破ったことから、この撮影者が特定されれば、かなり重い罪に問われると考えられる。
米国の報道を見ると、FAAは多くのマルチコプターによる映像撮影者を捜査しているようだ。「多数の無人機が現実には飛んでいるから、把握できないのではないか」との質問に対して、「危険なものから取り締まっている」としており、安全確保を重点に置いている。ちなみに、世間に出ている商業作品からも不法行為かどうかを調査している。
■”あわや大事故”の事例も ディズニーは無人機による空撮を一切中止
米国では昨年以来、旅客機とマルチコプターの異常接近も起きている。最初に報告された2013年3月の事件では、ニューヨークのJFK空港に着陸寸前のアリタリア航空のボーイング777型機に異常接近した。空港から3mi(約5km)、高度は1500ft(約450m)の場所で60m程の距離に無人機が視認されたという。幸い衝突は起きなかったが、着陸寸前の不安定な時に接触すれば、小さなマルチコプターとは言え、大変な事故になりかねない。最悪の場合、旅客機の墜落に至る。こうなると、事故ではなく犯罪として扱われるだろう。
FAAはWebサイトで無人機の運用を説明し、「私有地内でも規制対象、(趣味での飛行が許される)400ft以下も商用利用なら規制対象」と明示している。空港から5mil(8km)以内で飛行する際は、空港管理者への通報も必要となる。また、この規制とは別に、国立公園内では、模型航空機の飛行が禁じられており、マルチコプターも同様に規制されると解釈される。つまり、私有地内でも、公園でも、空撮などの商業用に無人機を飛ばすのは事実上不可能ということだ。
FAAは正規の手続きを踏めば、現在でも無人機を飛ばすことは可能、としている。ただし、申請できるのは、警察、消防などの行政組織や教育機関に限られている。タンパ・トリビューン紙(フロリダ州)の7月27日報道によれば、米ディズニーはFAAの許可が取れるまで無人機による空撮をすべて中止(キャンセル)したという。これは、事実上の無人機利用の中止を意味する。
管轄権裁判は判決に至っていないが、FAAは取り締まりの強化を表明している。無人機に対する方針決定まで、厳しい取り締まりは続くと見られる。
■武器輸出規制対象にもなる「自動操縦」はもってのほか
こうして見ると、米国の規制は日本よりもはるかに厳しいことが判る。日本では、産業用ラジコンヘリが高度に発達しており、写真撮影や農薬散布、送電線監視などに使われている。しかも、日本の場合は自律飛行が可能で、飛行経路や速度を指定すればその通りに飛行する。その能力の高さは、武器輸出規制に抵触するほどで、海外への輸出が問題になったこともある。このようなラジコンヘリの操作に公的資格は不要で、業界内の自主資格の取得が求められているのみだ。
FAAの「無人機に関する一般的Q&A」のページ(http://www.faa.gov/about/initiatives/uas/uas_faq/)を参照すると、米国では自律飛行(自動操縦)が全くと言って良いほど考えられていないことが判る。議論のほとんどは、操縦者があることを前提にしている。では、完全自動操縦なら規制の外なのだろうか。そうではない
FAAは、商業用の無人機は当該機種の操縦資格を持ったパイロットによって遠隔操作する、としている。この場合、事業用操縦士免許に加えて、適切な資格(多発機資格等)が必要となる。つまり、商業用無人機は、有人機を飛ばすのと同等の訓練を受けた有資格者が必要となるのだ。マルチコプターならば、ヘリコプターの事業用操縦士免許を持った人間が扱うことが求められる。
無人機が自動操縦装置を含めて耐空証明を取ったものだとしても、現在の自動操縦装置には自動離陸機能は無い。自動着陸はあるが、離陸は人間の判断なのだ。それゆえ、離陸を含めた完全自動操縦ということは、「あり得ない」とされよう。
■米映画協会(MPAA)が請願中 安全性確保が焦点に
最終的な規制が固まるまで、マルチコプターによる空撮をキャンセルしたディズニーの例もあるが、一部のプロダクションは積極行動に出ている。米国の請願制度を使って、映像制作については無人機規制の例外扱いするように求めているのだ。
5月にMPAA(米映画協会)主導で7プロダクションが、無人機のルール完成前に商業利用を行いたい旨、請願を提出した。本稿執筆時で86のパブリック・コメントが寄せられている(下欄、3つめのURL)。当然のことながら、MPAAは賛成意見を寄せている。一方、国際航空パイロット協会(ALPA)は、安全性の確保が明確でないとして反対意見を寄せている。FAAは、6月25日に、パブリック・コメントを踏まえて対応する旨を発表した。
寄せられたコメントを読むと、安全性を確保するならば無人機での撮影は許しても良いのではないか、との意見が目立つ。問題は、安全性確保の方法である。
■デモは多いが。。。
NAB Showでは、屋外の展示スペースに多数のマルチコプターが出展されている。中には、8つのプロペラを持ち、1眼レフカメラを空中に運べる強力な機材もある。機材自体は、箱から出せばすぐに使えるターンキー・ソリューションだが、現状では米国で飛行できない。海外向けのようにも見えないし、販売対象は誰なのであろうか。
FAAの方針が決まるまでは、米国における無人機による空撮は計画しない方が安全だ。このような状況では、保険会社も保険を引き受けないだろう。新制度の運用は、来年9月末までに始まる。空撮の計画は、新制度が判明するまで凍結すべきだ。
※(編集部注)筆者の杉沼氏は、FAAの上級地上教官資格を持ち、連邦航空法などを学生に講義している。
マルチコプターには種々のモデルがある。
NAB Showでは、屋外展示でさかんにデモが行われていたが。。。
FAAが発行する模型航空機の案内。有償の飛行は禁止と明示されている。
連邦航空法と飛行マニュアルを記した書籍は、1000ページを超える。