【NEWS】NHK技研公開 SHV放送へ向け、撮影・制作、視聴への準備進む
2013.6.14 UP
新型カメラヘッドはほぼ立方体。信号線は、光ファイバー1本ですむ
半導体メモリへの記録のために、新アルゴリズムが開発された
スクリーン縁部のスピーカーのみで、後方、上下方からの音響も再現できる
5月30日から6月2日まで開催されたNHK放送技術研究所(東京都世田谷区)の一般公開では、スーパーハイビジョン(SHV)の伝送ばかりでなく、撮影、表示に関しても種々の新たな取り組みが明らかにされた。撮影機材では小型化が進んだ。一方、表示系については、今回は音響面での進展がデモされた。まだ145型の大型ディスプレイは多くの家屋には入れられないが、55型くらいであるならば家に入れてもよいと思わせる魅力あるSHV視聴環境ができあがろうとしている。
(映像新聞 論説委員/日本大学 生産工学部 講師 杉沼浩司)
■SHVによる映像の威力を体感
毎年の技研公開では、前年以来制作したSHV映像が流される。昨年は、スペースシャトルの打ち上げシーンを収めたドキュメンタリー的小作品が上映され、低光量下の撮影も対応できるようになったことが示された。今年は、昨夏のロンドン五輪の様子と、リオ(ブラジル)のカーニバルの様子がSHV映像で流された。
一昨年までは、特設の450インチ大型スクリーン(高さ5.6m幅10m)が用意され、見込み角(視野角、観視画角ともいう)100度を意識した座席配置がとられていた。しかし昨年からは見込み角100度を強調することはなくなり、スクリーンからやや離れた位置に着席して視聴している。このため、スクリーンが視界いっぱいとなるようなことはなくなった。それでも、SHVによる映像の威力は十分に体感することができた。
SHVは見込み角を100度(ハイビジョンは30度)としてパラメータ設定している。最適視聴距離は、HDならば3H、SVHなら0.75Hで、これは、見込み角を実現する位置で視力1.0の人が見た時に画素が見えない位置として導かれている。見込み角100度は、強い没入感が得られることが実験で導かれており、SHVの重要なパラメータとされてきた。前述の特大スクリーンの場合に最適視聴距離を実現するには4m離れた位置に座席を置く必要がある。
しかし、現実問題として家庭で、壁全体を埋めるような大きなスクリーンを用意できるかという、実装上の疑問があることは常々指摘されてきた。
昨年のデモからは理想的な視聴位置を追求したものではなくなった。 技研講堂に設置されたスクリーンは300インチ。ここでは、見込み角100度を意識しない、スクリーンからやや離れた位置に着席して視聴した。このため、スクリーンが視界いっぱいとなるようなことはなくなった。それでも、SHVによる映像の威力は十分に体感することができた。
■安定したカメラ感度、制作環境の整備も進む
前述の通り、コンテンツは昨夏のオリンピック大会の様子と、今年のリオのカーニバルの様子だった。オリンピックは、開会式、100メートル走、水泳競技(競泳とシンクロナイズド・スイミング)などが収められていた。夜間のイベントだった開会式は、暗さと花火という広いダイナミックレンジが求められるシーンだったが、カメラ感度が高いレベルで安定したことがみてとれた。映像には、スローモーション、ディゾルブ、ピクチャ・イン・ピクチャなど編集段階で付加したとみられる効果もあり、環境の整備が進んだことがうかがえた。
リオのカーニバル映像は、ブラジルの放送局TV Globoの協力で撮影された。衣装のきらびやかさ、踊る人々の肌の輝きなどが鮮明に捉えられており、高い描写力を印象づけた。特に記憶に残るのは、マイケル・ジャクソン風の白い衣装の人々が踊っていたフロート(山車)だ。
踊る人達は、これまたマイケル・ジャクソン風にレイバン似のサングラスを掛けているようだったが、これが顔面へのペインティングだった。恐らく、従来の解像度ならば個々の顔面に寄らなければペイントだと分からなかっただろう。しかし、SHVでは引いた映像でも、それが捉えられた。この解像力の高さは各方面に活かせるだろう。筆者に今回最も感銘を与えたシーンは、パンダ風のフェイス・ペインティングを見抜いたSHV映像の力だった。
■2kgの軽量カメラヘッド、120P対応の撮像素子を採用
技研公開の直前に発表された軽量カメラヘッドは、アストロデザインと共同開発したものだ。立方体に近づいた形で「キューブ型」とされている。ヘッド単体の重量は2kgであり、ビューファインダは付かない。
撮像素子は、技研と静岡大学などが開発した3300万画素単板CMOS素子であり、カラーフィルタはベイヤ配列をとっている。今回のカメラは、60P出力であるが、撮像素子自体は120Pに対応しているため、今後のハイフレーム化も期待できそうだ。なお、レンズは、これまでのSHVカメラ用のものが使用できるため、現行ワークフローへの適合が容易である。
カメラヘッドからは、1本のフレキシブル光ファイバケーブルでCCUに接続される。電源と信号ケーブルの2本があれば出画可能で、取り回しがよい。公開時は、このカメラヘッドで撮影した場内の映像を生で表示しており、すでに稼働状態にあることを示していた。
今回、報道関係者向け挨拶において、技研の藤沢秀一所長は、このカメラを片手に持って「こんなに軽く小さなカメラヘッドができました」と成果を誇っていた。
■カメラからの出力を直接記録する半導体レコーダ 圧縮技術で記録速度を調整
「スーパーハイビジョンカメラ用小型記録装置」として展示されたのは、半導体メモリ(NAND型フラッシュメモリ)を用いたレコーダだ。一般のレコーダは、CCUからの出力(標準化規約に則った信号)を記録するが、この装置はカメラ出力を記録する。このため、前出の超小型カメラのような、CCUを持たないカメラと組み合わせての運用が可能となる。また、収録するものは標準化された信号である必要はない。収録後はレコーダをCCUに接続して、あたかもカメラヘッドからCCUを通じて信号がもたらされているように、後段の機器にフィードする。
フラッシュメモリは、ハードディスクに比べて高速という特徴はあるが、それでもSHVの72Gbpsや144Gbpsというデータレートをそのまま受け止めるには無理がある。そこで、今回開発の装置では、軽い圧縮を入れて速度を落としている。メモリへの記録速度は12Gbps以上、装置のインタフェース速度は20Gbpsと掲示されていた。
なお、この研究は東京エレクトロンデバイスと共同で進められている。
■立体的音像形成が可能な22.2ch立体音響スピーカ 音響一体型ディスプレーも登場
SHV映像は、その進展を把握しやすいが、音響技術の進展を把握するのは、なかなか難しかった。SHVには22.2チャンネル音響を用いることがうたわれており、現在のハイビジョン放送よりも大幅に臨場感が増すと期待されてきた。ハイビジョン放送では、ステレオ(2チャンネル)と5.1チャンネルが規定されているが、放送のほとんどはステレオであるという。5.1チャンネルは、一部のスポーツ中継や、音楽番組を中心に使用されているのみという。
5.1チャンネルでは、前左、前、前右、後左、後右、の5チャンネルと低音用のチャンネル(慣習的に0.1チャンネルと表記される)を用いる。ただし、この場合は、平面上で音像が構成されることになる。
22.2チャンネルでは、上中下の三階層が用意されており、立体的な音像形成が期待できる。現在、映画でも7.1チャンネル程度であるので映画を凌駕する音響も十分に期待できる。
しかし、一般家庭ではスピーカ24本を設置し、テレビまでケーブルを這わせることは不可能に近い。そもそも、5.1チャンネルでさえ、完全な形で設置している例は少ないと見られる。
今回、「音響一体型145インチスーパーハイビジョンディスプレー」として展示された研究は、128個のスピーカを画面の縁に取り付けて、22.2チャンネル音響を再生する。低音域は、波面合成により音場を構成する。クロスオーバー周波数は、今後詰めていくとされている。波面合成およびスピーカーアレイ用信号処理は、リアルタイムに行われる。
今後、最適な周波数分布を探すと共に、スイートスポットを拡大するなどの改良がなされると見られる。SHV鑑賞時に24本ものスピーカを立てる必要がなくなりそうで、音響面でも目に見えた進歩があったと言えそうだ。家庭導入への大きな障害が取り除かれたと考えられる。
新型カメラヘッドはほぼ立方体。信号線は、光ファイバー1本ですむ
半導体メモリへの記録のために、新アルゴリズムが開発された
スクリーン縁部のスピーカーのみで、後方、上下方からの音響も再現できる