【コラム】動き出す仮想現実ビジネス 産業用ニーズへの対応で着実に進化 一般市場視野にFacebook、Googleなども参入
2015.7.8 UP
ヘッドフォン型デジタル・アイウェア「ORA-X」
コカ・コーラ社のAR再現カタログを紹介するAugment社のJean-Francois Chianetta氏(CEO)
(上)INS社によるVienna空港のARナビ・マップ(下)ニューヨーク大付属工科大学の学内ARナビ・マップ
(上)RE'FLEKT社のIspir氏(下)OPS Solutions「ライト・ガイド・システム」
2015年6月、カリフォルニア州サンタクララ・コンベンション・センターで拡張現実ビジネスの展示会「AWE(Augmented Reality World Expo)2015」が開催された。現実の風景に様々なデータや映像を重ねる拡張現実(Augmented Reality:AR)といえば、アップル社が2010年にiPadを発表して以来、急成長を続けている。
当初は単純なモバイル・アプリから出発したARだが、14年頃から電子小売向けにARカタログが普及するなど商業利用が活発化している。今年のAWEではタブレットやスマホだけでなく、デジタル・アイウェア/スマート・グラスの登場によって用途の多角化が可能になり、法人市場向けの発表が相次いだ。米国における最新ARビジネスの動向を追ってみたい。(在米ITジャーナリスト 小池良次)
■産業用に高性能化が進むスマート・グラス
グーグルが「グーグル・グラス」を2013年に発表して以来、多くのメーカーやスタートアップが同デジタル・アイウェア/スマート・グラスの製品開発を進めている。ソニーやエプソンなど消費者向けに開発しているメーカーもあるが、AWEに出展した多くのメーカーが法人市場に特化した高機能製品を開発している。これはグーグル・グラスが一般消費者を狙って、プライバシー侵害や目立ちすぎるデザインで失敗したためだ。
1999年以来、政府や法人向け製品を開発してきたODG(Osterhout Design Group)社は、プロシューマー向けメガネ型VR/ARディバイス「R-7 Glasses」を紹介、開発者向けに15年第3四半期に出荷を開始するとアナウンスした。(上写真=高性能な「R-7Glasses」を紹介するODG社のPete Jameson氏(COO))
R-7はタブレット機能をそのまま眼鏡に搭載するコンセプト。高価格タブレットやスマホに採用されているクアルコム製スナップドラゴン800シリーズのチップを搭載し、スマホなどのモバイル端末なしに単体で利用することができる。
半透明型ステレオ・ディスプレー(720p、80fps)を採用しているほか、3軸ジャイロ、加速度センサー、圧力センサー、湿度センサーなどを搭載する。通信機能はBluetooth 4.0、802.11acなどが使え、フロントカメラはHD対応となっている。
一方、医療関係や工場など法人市場向けのデジタル・アイウェア「ORA-1」を開発している仏のオプティインベント(Optinvent)社は、消費者市場を意識したヘッドフォン型デザインを採用した「ORA-X」を発表した。
15年第3四半期に出荷を予定している「ORA-X」は外観デザインを眼鏡からヘッドフォンに切り替えた異色の製品。
眼に投影するスクリーンは必要に応じてスライド・ダウンさせることで、一般消費者の違和感を緩和する狙いがある。正式な価格は未定だが、同社は普及タイプのタブレット並(500ドル以下)を狙っている。
■ ARとロケーション・サービスの融合を目指す
昨年のAWEではARを活用した「再現カタログ」が人気を集めた。たとえば、欧州風家具で有名なIKEAの総合カタログでは、欲しい家具をAR機能でiPadに取り込み、置きたい場所にかざせば、家具を置いた部屋の様子を再現できる。また、コカ・コーラ社は販売用冷蔵庫の設置デザインにAR再現カタログを利用している。
一方、今年はARを使ったナビゲーションや遠隔メンテナンスに注目が集まった。 たとえば、2003年に設立された独INS(Insider Navigation Systems)社は、Vienna空港のARナビ・マップを紹介した。同スマホ・アプリは風景を映しながら歩くと、ユーザーの所在地や空港店舗の商品紹介、公共スペースでの仮想展示などを次々と紹介する。一種のロケーション・サービスだが、ミリメーター単位の精度で空港内の画像を認識し、AR機能で各種情報を提供するところに特徴がある。
また、ニューヨーク大付属工科大学(NYU Polytechnic School of Engineering)も、学内ARナビ・マップのデモを行なった。これは学内の風景を移すと所在場所がわかるばかりでなく、学生のカリキュラムに合わせて、次の講義の教室まで最短距離で移動できるルートも表示する。
ARナビ・マップは現在、スマートフォンやタブレットをベースにしている。しかし、今後デジタル・アイウェアが普及すれば、標準搭載アプリとして広く開発が進むと関係者は期待している。
■ 遠隔サポートや組立ラインにARを活用
カナダに本社を置くScope AR社は、遠く離れたユーザーにAR機能をつかって保守・メンテを行う「Remote AR」サービスをAWEで発表した。
同サービスはサポートが現場に出向かず、タブレットのカメラで映しだされた機器やシステムの映像を見ながら保守・修理作業を行うシステム。従来の音声指示だけでなく、サポート担当は映像を見ながらタッチパネルで該当箇所に具体的な指示を書き込むことができる。
また、テレサービシーズ(Teleservices)を提供するドイツのRE’FLEKT社も、同じようにARを使った保守・サポートを提供している。
一方、OPS Solutions社は、製造工程などに利用する投射型AR「ライト・ガイド・システム(Light Guide System)」を提供する異色のAR企業だ。拡張現実は一般に、カメラに写った画像を認識し関連情報を重ねあわせるが、ライト・ガイド・システムは実際の物体や場所にプロジェクターを使って情報を照射する。
たとえば、組立ラインに並ぶ部品をカメラで認識し、組み立て手順に合わせて部品の取り付け順番や方向などをプロジェクターで指示する。もし、部品の方向が間違ったりすれば、その場で修正を指摘することもできる。
同システムは米自動車大手のクライスラーで採用されており、組立工程では間違いが80%、サイクルタイムが38%、スループットが82%向上している。
◇◇◇
AR関連サービスの法人サービスは昨年から注目を集め、今年は基本潮流となっている。ただ、スマホやタブレットでは両手がふさがり、ARアプリを使いながら作業ができない。そのため、高性能なデジタル・アイウェアの開発が待ち望まれている。今後、医療現場や組立ライン、保守・メンテナンス作業などで、ARアプリの活用は着実に拡大してゆくだろう。
一方、消費者向けも期待感が高まっている。これはネット・サービス大手がARやVR(仮想現実)分野への投資を活発化させているためだ。
フェースブックが14年7月に20億ドルで買収したVRヘッドセットの大手オクラス(Oculus)社は、16年にAR/VRゲーム用の廉価版ヘッドセットの発売を計画している。同社は既にVR映画制作スタジオを社内に新設し、本格的なVRシネマ制作のプロジェクトも動いている。
AR映画では、マジック・リープ(Magic Leap)社も注目企業だ。次世代ARヘッドセット・メーカーと期待される同社は、14年10月に米グーグルやクアルコムなどから5.42億ドルの資金調達(14年10月)に成功した。ARヘッドセットは長時間使うと「めまい」を起こす。同社はこうした弊害を起こさない自然なAR再現を目指し、専用チップセットの開発も進めている。製品が登場するのは数年先だが、既存の映画やゲームとは違う新たな映像表現を切り開くと言われている。
昨年、ボート型VRグラスを発表したグーグルはAR/VR向け開発環境の充実を図っている。これに対抗し今年に入り米アップルも欧州のメタイオ(Metaio)社を買収(15年5月)し、同分野への参入意欲を示している。
こうした状況を見ると1~2年後、米国ではAR/VR業界は法人市場から消費者市場へと拡大してゆくことになるだろう。
ヘッドフォン型デジタル・アイウェア「ORA-X」
コカ・コーラ社のAR再現カタログを紹介するAugment社のJean-Francois Chianetta氏(CEO)
(上)INS社によるVienna空港のARナビ・マップ(下)ニューヨーク大付属工科大学の学内ARナビ・マップ
(上)RE'FLEKT社のIspir氏(下)OPS Solutions「ライト・ガイド・システム」