【コラム】IBC2012報告(1)映画撮影における技術の転換期 ASCが4Kカメラ5機種の比較報告 カラーグレーディングの標準化方式 ACESも紹介

2012.10.5 UP

3月下旬にワーナー・ブラザーズ・スタジオで実施された
比較会の様子

比較会の様子

大講堂では、Dシネマや3D関連のセッションが多く開催された

大講堂では、Dシネマや3D関連のセッションが多く開催された

富士フイルム映画用フィルム撤退を報せたジョージ・ジャレット氏

富士フイルム映画用フィルム撤退を報せたジョージ・ジャレット氏

 「富士フイルムが映画用フィルムから撤退する」このニュースは、IBCでのデジタルシネマ・セッションにて聞かされた。会場の誰も驚くことなく受け入れる現実。デジタル化はついに、メーカーをしてフィルムの製造を断念させるに至った。恐らく、2015年末頃までにはほとんどの地域でフィルム上映は行われなくなるとの予想も出された。その一方、クリエイター達は、新世代の4Kカメラを使いこなすべく、真剣な取り組みを見せている。
(杉沼浩司: 映像新聞社 論説委員/日本大学生産工学部 非常勤講師)

★消えゆくフィルムー新しい時代への期待感
 9月9日午後に開催されたEDCF(欧州デジタルシネマフォーラム)/SMPTE(米映画テレビ技術者協会)の合同フォーラムにて「フィルムは、消えつつある」との発言があった。こんなショッキングな表現をしたのは、米映画芸術科学アカデミー科学技術評議会ディレクターのアンディ・モルツ氏だ。それに先立つ同日午前、ハイパーリアリティのセッションに座長を務めたジョージ・ジャレット氏(フリーランス・ライター)は「富士フイルムが映画用フィルムから撤退する」とセッション冒頭に述べている。しかも、同氏の発言は「皆さんご承知の通り」というニュアンスで述べられている。日本での新聞報道が始まったのが9月13日頃からであるから、欧州映画業界には先に話が拡がっていたようだ。
 しかし、IBCのセッションで、この撤退を嘆く声は聞かれなかった。「新しい時代がやってくる。では、それに対応して映画を作ろう」という前向きな反応がほとんどだ。インターナショナル・シネマトグラファーズ・ギルドの米国代表を務めるスティーブン・ロス氏の「小型の手持ちフィルムカメラが70年代に(映像の変革を)やったように、次の技術が(映像表現を)変えるだろう」との指摘に代表されるように、表現者達は次に何が出来るかを期待しているようだった。

★新技術が目白押しークリスティが3Dで新レーザープロジェクター
 映像表現の世界では、新技術が目白押しだ。今回、3D関連では高輝度レーザープロジェクターが米クリスティから登場した。現在のデジタルシネマの多くが3フート・ランバート程度のスクリーン輝度しか得ていないと言われる。クリスティの試作機は、会場の大型スクリーンでも14フート・ランバートと圧倒的な輝度を持つ。このプロジェクタを用いた試写会が10日晩に行われ、IBC会場のオーディトリアムは満席となった。
 3Dでは、米キャメロン・ペース・グループ(CPG)が英スカイ・スポーツとの提携を発表するなどの拡大が見られた。CPGは、新型のカメラも公開し、より多くのシーンでの利用に対応したとしている。3Dとプロジェクションついては、次回詳報する。
 カメラでは、4K機が存在感を増してきた。同時に、クリエイターの選択の幅が拡がってきており、撮影関係者達は4Kカメラとの「つきあい方」を模索している。米国では、4Kカメラの比較会「ASC・PGAイメージ・コントロール・アセスメント・シリーズ」が3月に開催された。比較の方法と、得られた画像が上映され、クリエイター達への参考資料として供された。
 ポストプロダクション分野では、従来業界で使われてきたシネオン形式のデータ表現に限界が指摘されて久しい。これを打破するため、アカデミーは、ACES(アカデミー・カラー・エンコーディング・スペシフィケーション=アカデミー色符号化仕様)の開発を進めている。ACESについては、毎年IBCにて取り上げられている。今年は、適用例報告などもあり実用化に近づいている。
 このように、今年のIBCでは、シネマ関連では撮影から上映まで新技術が顔を揃えることとなった。

★ASCとPGAが5機種の4Kカメラを比較
 米ASC(撮影監督協会)とPGA(全米製作者組合)は、2009年に続いてカメラ比較会を行った。今回はASC・PGAイメージ・コントロール・アセスメント・シリーズと名付けられ、3月24日、25日の2日間、ワーナー・ブラザーズ・スタジオで開催された。今回は、4K級のカメラに焦点を当てており、ARRIアレクサ、キヤノンC300、レッドEPIC、ソニーF3、ソニーF65の5機種が参加した。また、リファレンス用にARRI435でのフィルム撮影も行われた。フィルムは、コダックの5207(昼間)、5219(夜間)が使われている。
 解説に立った撮影監督のデービッド・スタンプ氏によれば、前回のCAS2009と同じく、今回もフィルムとデジタルの優劣またはデジタルカメラ間での優劣を論じるものでなく、映画関係者への情報提供を目的としているという。CAS2009と今回の大きな違いは、2009年当時は2K解像度が標準であったが、いまや4Kが標準になりつつあることだ。そこで、上映時4Kであると仮定して、各カメラの信号を4Kに変換している。なお、フィルムは6Kでスキャンした。今回は、ワーナー・ブラザーズ・スタジオの協力を得て2日間で撮影したが、これには150名のボランティアが参加している。昼間のシーンは、レストランの奥から窓側を見た映像で、窓外の人々の動き、レストラン内の人々の動きの両方を見渡すものであった。夜間シーンは、たき火、ネオンサイン、花火などが使われるもので、登場人物が漆黒の闇から浮き上がる際に効果的に使われていた。
 個々の画質の評価は控えるが、すべてのサンプルは非常に高いレベルで拮抗していた。3年前に比べて、選択の幅が大いに拡がったといえる。

★色処理を統一へ 「色符号化のプラットフォーム」確立へ試行錯誤
 前述のアカデミーが開発を進めているACESは、「色符号化仕様」と訳されるが、単なる変換の数式ではない。
 9日のEDCF/SMPTE合同シネマワークショップで講演したウォルト・ディズニー・スタジオのハワード・ラック部長は「これ(ACES)は、フォーマットでは無くプラットフォームだ」と述べ、ポストプロダクション全体に係わるカラー・グレーディング(カラー・コレクションまたはタイミング)のための標準方式であることを指摘している。同氏は「ACESの登場で、ポストプロ毎に行っていた“秘伝の調合”を廃することが出来、リマスター時の作業負担などが大幅に軽減される」とした。ディズニーはまだ全面的な採用に至っていないが、「パール・ハーバー」や「101」をリマスターする実験を行ったことが報告された。ACESの利用は、「101」では成功したもの、「パール・ハーバー」では不十分な結果となり、原因の究明がなされているという。ACESでは、色符号化の方法や入出力情報の形態は決まっていても、タイミング調整部分などは各社において定型化が進行中である。ACESは進行中の技術であるが「ACESは、やってみるべきだ」とラック氏は強調した。講演の最後に、同氏は「ACESでアーカイブを作ることは、必須となるだろう」と業界で標準化が進むことを予見した。

比較会の様子

比較会の様子

大講堂では、Dシネマや3D関連のセッションが多く開催された

大講堂では、Dシネマや3D関連のセッションが多く開催された

富士フイルム映画用フィルム撤退を報せたジョージ・ジャレット氏

富士フイルム映画用フィルム撤退を報せたジョージ・ジャレット氏

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