【インタビュー】ハリウッド近郊の日本人向け映画学校ISMPが創立10周年に 横山智佐子校長 「世界市場を目指した映画づくりを!」 役者、メイク、VFX、映画音楽の新学部創設も計画へ
2016.3.31 UP
映画「グラディエーター」など数々の名作の編集経験を持つ横山氏
ISMPの教室風景
自ら教鞭を執る横山氏
少人数制でていねいな教育が特徴だ
映画『グラディエーター』『ブラックホーク・ダウン』(以上、リドリー・スコット監督)、『グッド・ウィル・ハンティング』(ガス・ヴァン・サント監督)などをはじめ、数々のハリウッド作品に編集者として携わり、現在も第一線で活躍している横山智佐子氏。その横山氏が、2006年に米ロサンゼルス・トーランスに日本人を対象にした映画学校ISMP(International School of Motion Pictures)を設立して、今年で創設10年を迎える。今年3月に、ISMPの日本人向け説明会を東京で実施した。ISMP設立10年を経過した中で、デジタル技術の進化の影響や、ISMPの今後の展望などについて聞いた。
(聞き手:小林直樹)
■「日本の若手フィルムメーカーに継承したい」
−−日本人向けの映画学校を、ハリウッドのあるロサンゼルスで開校しようと考えられたねらいをお聞かせください。設立で一番苦労された点はどのようなところでしたか。
横山「ハリウッドのメジャー映画で仕事をする日本人があまりいないということを聞いて、それならば今まで培ったハリウッド映画制作の知識を日本の若手フィルムメーカーに継承したいと思ったのがきっかけです。学校経営という未知の業界にいきなり足を踏み入れたわけですから、法的に学校を設立するという面で学ばなければならないところが多く、米国やカリフォルニア州の認定を取るのにかなり時間と費用を費やしました」
■「世界を意識した企画制作を」
−−ISMPを設立されて今年で10年になりますが、現在の状況についてお聞かせください。学校の方針や、規模(講師の数、在校生の数、学校設備など)の変化やカリキュラム、講師陣の変化などはありましたか。
横山「方針は設立当時とほとんど変わっていません。とにかく生徒に1本でも多くの映画を自分で監督してつくってもらう。そして映画制作の経験を一つでも多くしてもらうというのが大前提です。規模はそれほど大きくありません。生徒は多くても7−8名程度、講師は常に4名です。カリキュラムもスタート時は6ヶ月コースだったものを1年コースに増やしたということ以外、ほとんど変わっていません。期間を延ばしたのは、その分より多くの映画を作ってもらおうという目的です。当校の全学生は自分で監督制作した作品をもって卒業します」
−−デジタル化が進んで映画制作の手法が変わったと感じる点はありますか。
横山「映画を作るということはつまりstory telling、いかに話を伝えるかですので、媒体やツールが変わっても制作方法の基本は変わっていません。一方映画制作、特にハリウッドの制作方法は、グローバルなオーディエンスにいかに作品が受け止められるかを常に考えながら企画と制作が行われます。こちらは時代の流れやその時々の流行りなどがありますので、その辺は常に市場の流れを見ながら生徒とディスカッションをしています。日本映画は日本国内に狙いを絞っているところがあるので、今後はもう少し世界を意識した企画制作をしてもらいたいと思っています」
■ハリウッドでの地の利を生かした教育
−−横山校長ご自身がハリウッドで活躍されており、同時にハリウッドに隣接した学校ということで、講師陣にハリウッドの経験者が多くいらっしゃいますが、ハリウッドの映画業界と学校の連携はどのような形で進められているのでしょうか。
横山「ハリウッドはまさに映画制作のメッカなので、世界中からフィルムメーカーになりたい人が集まっています。街を運転していると撮影を見かけることが頻繁にありますし、学生映画、インディー映画の制作も常にどこかで行われています。当校の方針として、現場を訪れたり撮影に参加できるチャンスがある場合、優先して生徒をそちらに送っています。特に提携という形は取っていませんが、現場で働く知り合い等がたくさんいるので、その人たちから情報を得て、生徒を撮影見学、スタジオ見学等に送っています」
■「18歳から50歳まで肩を並べて卒業」
−−学生はどのような方でしょうか。日本人向けの日本語による授業が多いことから、ほとんどが日本人だと思いますが、年齢層など、どのような人が入学してきますか。
横山「当校の募集要項は高校卒業以上の映画制作に興味のある人、制作をやってみたい人ということのみで、年齢制限もありません。ですので過去には18歳から50歳の生徒も肩を並べて学び一緒に卒業しています。全く映像経験のない学生から、大学で映像学科だった学生、さらにすでに日本の映画業界で働いていた人が、休暇をとってやってきて卒業していったという例も多いです」
−−卒業後の就職先としてどういった方向を志望しているでしょうか。また、実際にどのようなところへ就職していきますか。
横山「みんなハリウッド映画のファンで、こちらで働きたいという人も多くいますが、米国での就職はビザの問題があり非常に難しいのが実情です。こちらの映像関係者は基本的にすべてフリーランスですので、スポンサーの必要なビザ取得はほとんど無理です。それ以前に言語の問題もあります。こちらで現地人と同等の英語を話せるようになるには、現地の大学(語学学校ではなく)に入学し3年は勉強する必要があります」
横山「当校の卒業生は、こちらにいる間にかなり撮影経験を踏みますので、日本に帰った後、多くの人が映像業界へ就職しています。大手の番組制作会社やポストプロダクションなどに就職しているほか、カメラ助手をやっている卒業生も何人かいます。フリーで衛星番組やTVCM、ウェブCMの監督をしている卒業生や、プロデューサーとしてインディー系の映画を何本もプロデュースしている人もいます」
■「監督の立場から映画制作の全課程を知る貴重な機会」
−−学校説明書を拝見して、教育カリキュラムは脚本、撮影、照明、音声、編集や、さらにハリウッドの映画制作のシステムや歴史まで網羅していますが、こうしたカリキュラム構成で、どのような人材育成を目指されているのでしょうか。
横山「カリキュラムの構成のねらいの一つは、映画制作の全過程を知り、そこから自分がやりたいことを探っていただくことです。監督、プロデューサーを目指す場合、制作の過程でどのような仕事が要求され、どのような技術が必要であるのかを知ることも非常に大事です。ですので、監督志望ではない人にも、すべて監督をやっていただいています」
−−他の映画学校との違いはどのような点ですか。
横山「米国には非常にたくさんの映画学科、映画学校があります。当校を立ち上げる時点で、やはりなにか他の学校ではできないことをと考えて、当校では『全学生必ず2本から4本の作品を監督し作品を仕上げる』ということを方針にしました。大学の映画科や映画学校でも、授業で実際に監督の立場を経験できる学生の数は少なく、残りはクルーとして制作に参加します。しかしそれでは、『これは自分の作品です』といえるものが残らないし、監督をやった学生に比べ、学ぶことの量もかなり少なくなってしまいます。当校のすべての生徒は自分の作品として人に見せることのできるものを持って卒業していますので、それが卒業後の就職に役立ってもらえればと思います」
■「ハリウッドとの違いを知り、日本の映画を発展させてもらいたい」
−−ハリウッドの映画制作手法を学ぶことで、日本の映画制作や番組制作などにも役立つのはどのような点ですか。また、日本の映画制作と米国の映画制作の違いをどのように考えていらっしゃいますか。
横山「映画制作の究極の目的はアメリカでも日本でも同じです。それは『観客の心を打つものをつくる』ということです。ハリウッドと日本の制作の大きな違いは、制作過程で観客の占める比重です。ハリウッドでは徹底的に観客重視で、観客のリアクションを常に考えて制作を進めていきます。ハリウッドでは映画のファイナルカット権はプロデューサーにあり、監督にはありません。つまり監督の一方的な考えだけではなかなか映画を作ることはできない仕組みになっています。もちろんハリウッドのやり方が絶対いいというわけではありません。日本の映画制作過程も素晴らしいものをたくさん持っています。アメリカに来て勉強するということの一番の強みは、『ハリウッドはハリウッド、日本とは違う』といった頑なものの見方をせず、双方のいいところを知ることができるというグローバルなものの考え方が習得できるということです。それを持って、日本の映画業界をもっともっと発展させて行ってもらいたいというのが私の願いです」
■「映画制作実践の場として
−−教育成果の実践の場としても活用されている映画制作会社 Team Jでは、横山校長ご自身が監督された映画『SAKI -鮮血のアーティスト-』がありますが、現在でも学生が経験する場として活用されているでしょうか。
横山「Team Jでは近々制作の予定はありませんが、新たなプロジェクトを常に探しています。学生に実践の場を与えたいという願いと、その経歴が将来仕事をゲットするのに役立つと思っているからです」
■「世界の人々を喜ばせる作品づくりを」
−−今回(3月)の日本における説明会で、日本の映画業界の状況の変化など、なにか感じられる点はありましたでしょうか。今後、日本で説明会をされる予定はありますか。
横山「一昨年あたりから感じていますが、最近若者が海外に出て勉強したいという傾向が減っているようですね。特に映画もハリウッド映画でなければならないといった思考は非常に薄くなっている気がしますが、世界の人々に喜んで見てもらえる作品を作るという点で、ハリウッドで学べることがたくさんあります。もっともっと若い方にアメリカや世界に出ていただきたいと思います。2016年度の学校説明会は4月以降も随時行っていく予定です」
■プロダクションに加え、役者、メイク、VFX、映画音楽の学部も
−−今後、学校のカリキュラムなどで、新たに計画されていることや検討されていることなどがありましたら、教えていただけますか。
横山「日本の映像業界で働いていた方も、何名か卒業しています。会社や企業から派遣されるケースはまだありませんが、今年(2016年)夏にアニメ会社向けの授業を計画中です。また、これまで日本の生徒に集中してやってきましたが、今後は現地の若者、日本以外の国の若者も受けいれていく予定です。また学部も、プロダクションのみではなく、アクティング、メイク、スペシャルエフェクト、映画音楽などの分野にも広げていきたいと思っています」
映画「グラディエーター」など数々の名作の編集経験を持つ横山氏
ISMPの教室風景
自ら教鞭を執る横山氏
少人数制でていねいな教育が特徴だ