【ハリウッド通信】LA Siggraph主催 X-men:First Classメーキング講演が開催 特別ゲストにジョン・ダイクストラ氏

2012.7.8 UP

おしゃれな案内用ポストカード
会場となったGallery Theatre

会場となったGallery Theatre

◆豪華なSIGGRAPH LAの月例会
 コンピューターグラフィックス(CG)の学会であり、毎年夏に開催されるSIGGRAPHの主催でも知られるACM SIGGRAPHには、地方分科会という組織があり、地域での情報交流が活発に行われている。ロサンゼルスにも「LA SIGGRAPH」と呼ぶ地方分科会があり、月例会が開催されている。日本にも「シーグラフ東京」がある。そのロサンゼルス版といえる。

 映画産業の拠点でもあるハリウッドのお膝元だけに、「LA SIGGRAPH」の月例会のテーマは豪華絢爛だ。ハリウッド新作映画のお披露目や、そのVFXメーキング講演だったり、最新技術の紹介などを現場のクリエイターが解説してくれる。あたかも毎月SIGGRAPHが開催されているかのようだ。

 会員になって年会費$40.00を納めれば、毎月の月例会の参加費は無料。参加費20ドルを支払えば誰でも参加できる。

◆映画「X-Men First Class」のメーキング講演が開催
 6月の月例会は、全米公開中の映画「X-Men First Class」(邦題:「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」)のメーキング講演という、非常にタイムリーな内容であった。この映画のVFXに参加した6つのVFXベンダーのうち3つのスーパーバイザーがパネラーとして登場し、顔をつきあわせてのパネル・ディスカッションが行われた。

 この日の会場は、ハリウッドとダウンタウンのほぼ中間に位置するBarnsdall Art ParkにあるGallery Theatre。まず、6時すぎから会場の外でワインや飲み物が出され、なごやかに親睦会。そして7時半から講演が始まった。

◆VFXベンダー3社が勢ぞろい、スペシャルゲストにジョン・ダイクストラ氏も
 この日のパネルディスカッションで司会を務めたのは、「X-Men First Class」のVFXプロデューサー、デニース・デイヴィス女史。まず、3つのVFXベンダーであるデジタル・ドメイン、ルマ・ピクチャーズ、そしてリズム&ヒューズのパネラーが紹介された。
 また、スペシャル・ゲストとして、この作品でVFXスーパーバイザーを務めた、ジョン・ダイクストラ氏も登場。ダイクストラ氏は、あの「スターウォーズ」第1作目でモーションコントロール・カメラを開発した事でも知られる、VFX業界の重鎮である。

パネラーは、以下の面々だ。

◆参加したパネラー
【VFX Producer】
 Denise Davis
【VFX Supervisor】
 John Dykstra
【Digital Domain】
 Nikos Kalaitzidis(CG Supervisor)
 Dan Platt(Character Modeling Lead)
【Luma Pictures】
 Chad Dombrova(Senior Pipeline Architect)
 H Haden Hammond(Sequence Supervisor)
 Pavel Pranevsky (CG Supervisor)
 Vincent Cirelli ( VFX Supervisor)
【Rhythm&Hues Studios】
 John Gibson(Digital Supervisor)

 以下は、各プロダクションの担当部分についての話を要約したものだ。ネタバレのないようにしているので、映画を見ていない人も安心して読んでいただきたい。

【デジタル・ドメイン (Digital Domain、DD)】
◆デジタル・ダブルとデジタル・エンバイロメントを担当
 DDでは、過去数年、リアルな人間の描写においては蓄積がある。「ベンジャミン・バトン」ではブラット・ピットを加齢させ、「トロン:レガシー」ではジェフ・ブリッジズを若返らせた。こうして培ったテクノロジーを、今回はセバスチャンのデジタル・ダブルに結集している。
 今回、DDが主に担当したのは、ケヴィン・ベーコン演じるセバスチャン・ショウのデジタル・ダブルと、それを取り巻くデジタル・エンバイロメント(CGファイヤーや爆煙、飛び散る破片)など、バラエティに富んだエフェクトが必要とされた。
 当初は20ショット程度だけという話だったのに、いつの間にか100ショット以上に膨れ上がってしまい、クランチタイム(crunch time=仕事が佳境になっているとき)には夜中の2時頃までモニターとニラメッコ。なかなか大変なプロジェクトだった。

◆デジタル・ダブルのレンダリングにはV-Rayを使用
 映画のハイライトシーンの1つ、四方が青い鏡に取り囲まれた印象的なシークエンス。マグニートー(エリック・レーンシャー)とセバスチャン(ケヴィン・ベーコン)の一騎打ちのシーンだが、ここで登場するセバスチャンにはデジタル・ダブルが多用されている。
 デジタル・ダブルのレンダリングにはV-Rayを使用している。HDR,サブサーフェス・スキャタリング、グローバル・イルミネーション等を駆使し、膨大なレイヤーをNukeで調整する事によってリアルな質感を表現している。
 髪の毛はインハウスツールを用いて13万本のデジタル・ヘアーを生成。髪型や見た目がライブアクション・プレートと違和感なくマッチさせる必要があった。
 セバスチャンが爆発を手で丸め込むシーンでたくさん登場する腕は、すべてデジタルだ。リアルなデジタル・ダブルを作るためには、リファレンス画像をなるべく多く集め、よく観察することが重要だ。ケヴィン・ベーコンのリファレンス画像は、映画「フォローマン」(邦題:インビジブル)などから集め、表情を分析した。

◆3方向からのカメラで実写素材と照合。細部までこだわり
 モデリングされたセバスチャンと、実写素材が微塵の狂いもなくピッタリとマッチしているかどうか、ワイヤーフレームを重ね合わせて何度もチェックした。その際、正面だけなく、左、正面、右の3方向からのカメラでチェックする事で、より厳密なチェックを行った。
 デジタル・ダブルのセバスチャンに表情をつける際、アーティストたちに要求したのは、「左右の表情を同じにしない」ということだった。人間の顔は、左右が全く同じではない。例えば無表情の時でも、眉にできるシワが左右で異なっていたりするものだ。
 このように、デジタル・ドメインはデジタル・キャラクターやデジタル・ダブルにおいては蓄積があり、他のスタジオならプロジェクション・マップで済ますような口の中などの細部に渡るまでが作り込まれているなど、こだわりを持っている。
 皮膚の細かいディテールに加え、口の中はMudboxによるスカルプトによって、歯の1本1本、舌なども正確に表現した。特に、口を開けた時に見える内部の印象は、顔面をよりリアルに見せる為には重要なポイントだ。このあたりは、「トロン」での経験が生きている。

こうして作られた顔面データは、ブレンドシェイプやクラスターを組み込み、大きく分けて9種類程のコントロール系によって表情を調整した。
 セバスチャンのデジタル・ダブルでは、顔面が幾つも連なり、それが部分的にお互いに融合したりと、これまでにないユニークで斬新なエフェクトに仕上がったと思う。


◆背景セットをデジタル・エンバイロメントで構築
 セバスチャンを取り巻く背景セットはすべて、デジタル・エンバイロメントだ。鏡に写り込んだ彼の姿や、お互いに写り込んだ鏡の質感などを、膨大なレイヤーでレンダリングし、その結果をコンポジットで調整しリアルに見せている。
 また、このシーンでは爆炎などの炎が数多く登場する。デジタル・ドメインには過去の蓄積から、膨大な実写の炎や爆発のライブラリーがあり、これらをCGファイヤーのリファレンスにした。
 CGファイヤーは、自社開発のレベル・セットやボリューメトリックのテクニックで表現している。
 建物内が爆発で破壊されるシーンは、Houdini上で動く自社開発のRBDツールによってシュミレーションを行った。


【ルマ・ピクチャーズ (Luma Pictures)】
◆ミュータントのデジタル・ダブルとエフェクトを担当
 ルマ・ピクチャーズでは、ハヴォック、バンシー、ダーウィンという3名の若いミュータント達のデジタル・ダブル、そして彼らを取り巻くエフェクトを担当した。
 我々は本来、Linux環境&MayaベースのVFXスタジオなのだが、今回FumeFXを使用するため、新たにWindowsマシンを数台入れ、3ds Maxをインストールした。
 チャレンジだったのは、FumeFXで作成したデータをどうやってMayaへ持っていくか、そしてWindowsとLinux間のデータやり取りの為のパイプライン開発など、さまざまなテクニカルな課題をクリアしなければならなかった事だ。

◆FumeFXで流体シミュレーションの素材を生成し破壊光線を作成
 ハヴォックの武器は、強い攻撃力を持つ赤い破壊ビームだ。このエフェクトは3ds Maxで制作された。ビームのメインボディはジオメトリ・ベースで、各種のコントローラーを組み込んで形状やアニメーションのコントロールを行なった。

 そして、3ds MaxのプラグインFumeFXで流体シュミレーションを行った素材と、ジオメトリをレンダリングした素材を組み合わせ、コンポジットで破壊光線ルックを作り出している。
 同じように、超音波の声を武器にするバンシーのエフェクトでもFumeFXを多用した。

◆最も苦労したダーウィンのデジタル・ダブル
 最も大変だったのは、ダーウィンだった。
<水中でのエラを顔面に合成>
 彼は環境に応じて変身する事が出来るミュータントだが、例えば彼が水槽に頭を突っ込み、エラを出して見せるシーンは、丁寧で正確な作業が要求された。
 まず正確なデジタル・ダブルを作成し、頬の部分にエラを作る。そして、エラの部分だけをレンダリングし、質感を合わせて俳優の顔面にコンポジットする訳だが、ちょっとでもトラッキングが不自然だったり、コンポジットのアラが分かってしまうと観客は興ざめしてしまう。
 また、水面の揺らぎによるコースティクス・パスも作成し、リアリズムを追求した。このように、精巧な作業が要求されるショットだった。

<マッチムーブを用いたダーウィンの最期>
 また、印象的なダーウィンの最期のシーンは、セバスチャンとの絡みを360度のドリーで回り込んで撮影した事もあり、マッチムーブにも時間を費やした。
 ダーウィンのデジタル・ダブルでは、実写素材とぴったりマッチした正確な全身モデルを起こし、これにプロシージャル・テクスチャやディスプレイスメント・シェーダー等を何種類も組み合わせた。
 これらの素材と、ダーウィンとのトランジッション(変身時の、質感の移り変わり)は、UVスペースのアニメーションによってマスクを作成した。
 レンダリングにはArnordを使用。そして最終的にNukeでコンポジットを行った。

<他社のツールで苦労した潜水艦ジオメトリ>
 3人の若手ミュータント以外にも、海中の潜水艦のシーンも担当している。何気ないシーンではあるが、実はものすごく苦労したシーンだった。…と言うのも、実はこの潜水艦のジオメトリは、VFXベンターの1つであるWeta Digitalから届いたものだったが、自社ツールやパイプラインが全く異なるので様々な苦労があった。
 Wetaで作られた5,000枚に及ぶ膨大なテクスチャーとその独特なUV構築を、我々ルマ・ピクチャーズの制作環境で「とりあえずレンダリング出来る状態」にまで持っていく為に、テクスチャーとUVを再構築するツールを開発しなければならなかった。
 このように、スタジオ間でのアセット共有には、まだまだ課題が残されているのが実情だ。ちなみに、この潜水艦のレンダリングにはMentalRayを使用している。


【リズム&ヒューズ (Rhythm & Hues Studios)】
◆女性キャラを一手に引き受けたリズム&ヒューズ
 リズム&ヒューズでは、何故か「女性キャラ」だけを一手に引き受ける形となった。手掛けたのはホワイト・クィーン、ミスティーク、エンジェルの3人。
<体をダイヤモンド化させるホワイト・クィーン>
 まずは、ホワイト・クィーン。彼女は”体をダイヤモンド化させるミュータント”という設定なので、「カットされたダイヤモンド」に見える事が大前提だった。
 女優ジャニュアリー・ジョーンズの全身を3Dスキャンし、そのデータをペースにMaya上でスカルプトを行った。その際、女優の雰囲気やフェイス&ボディラインは最新の注意を払ってキープしつつ、しかも”カットされたダイヤ”をイメージさせるようなポリゴン形状でモデリングを進めていった。
 髪の毛も、ボリューム感や柔らかさは残しつつ、且つダイヤモンド風に見えるよう、そのバランスにも気を配った。

 ダイヤのシェーダー開発も難しい仕事だった。ダイヤの反射や屈折は非常に複雑で、HDR画像にヒットしたレイが、「中身が詰まったソリッドなダイアモンドの質感」に見えるようにしなければならない。
 その上、虹色のトーンが自然に見えないとダイヤには見えない。レンダリングには、自社開発レンダラーWrenを使用している。また、アンビエント・オクルージョンのパスはコンポジットの際に立体感を持たせるのに役立った。
 ホワイト・クィーンがデジタル・ダブルにすり替わった後の動きは、すべてモーション・キャプチャーによるものだ。しかもモーション・アクターは、この映像でお分かりのように、実は男性だった。(場内から笑いが漏れる)

 ホワイト・クィーンがベッドに縛り付けられるシーンでは、ダイヤのボディからの照り返し光がマットレスに反射する。このコースティクス・パスはHoudiniのレンダラーであるMantraでレンダリングされている。Mantraを使用した理由としては、開発がし易かった事が大きい。
 トランジッション(変身時の、質感の移り変わり)の合成マスクは、パーティクル・ベースでコントロールしている。

<実写素材撮影で高度なテクニックを駆使したミスティーク>
 シリーズでもお馴染みのミスティークだが、この作品では少女時代のシーンも登場する。
 少女ミスティークがチャールズ(プロフェッサーX)の母親に変身した後、元の姿に戻るシーンがある。このシーンの実写プレートの撮影では、ミスティークのメイクをした子役の少女と、母親役の女優さんの顔の位置を、画面上では擬似的に同じ高さにしておく必要があった。そうしないと、2人の身長が異なる為、変身する際に顔が下に動いてしまうので、スムーズな変身に見せる事が難しい。
 そのため、少女は上下する可動式の床に立ち、まずカメラが寄りの時は床が上がって母親と同じ背丈に、カメラが徐々に引いていくと同期して床が下がり、少女は元の背丈に戻るようにしながら撮影された。このあたりは古くからある伝統的なSFXの撮影テクニックだ。

 母親から少女ミスティークへの変身は、トポロジーを同じにした2体のジオメトリをブレンドシェイプする事によって行なっている。
 ベッドの中で、シーツを掛けたミスティークが変身するショットは、ノイズ・フィールドをアニメートして青いウロコ状の皮膚と、人間の肌色の皮膚とのトランジッションをコントロールしている。
 ここでチャレンジだったのは、青から肌色への変化。全く異なる2色を違和感なくトランジッションさせる事は試行錯誤の連続だった。特に、デジタル・ダブルの形状が正確である事は重要で、形状を確認する為、ジオメトリにライブアクション・プレートをプロジェクションし、違和感が無くなるまで調整を繰り返した。

<HDRライティングで羽をリアルに表現したエンジェル>
 両肩に入った羽のタトゥーが変形し羽となり、空を自在に飛べるミュータント、エンジェル。
 彼女の羽をリアルに見せるため、まずは本物の昆虫標本を回転台に載せて回しながら「ターンテーブル撮影」し、それをリファレンスにした。
 羽のモデリングはMayaで行った。タトゥーが変形して羽になるという設定だが、その変形の動きは難しかった。HDRによるライティングでは、羽がリアルに見えるように調整が重ねられた。

 意外と難しかったのはモーション・ブラーの見え方だった。高速ではばたく羽のモーション・ブラーを観察する為、実際にトンボが飛ぶ姿を撮影してブラーのかかり具合を学んだ。
 エンジェルが海上を飛び回るシーンでは、デジタル・ダブルに交じり実写素材も使用されている。
 このショットでは、スタント女優をヘリコプターからワイヤーで吊って飛行させ、スタント女優は小さなパラシュートをつけて風の抵抗を作り、その中で演技するという、命懸けの撮影も行われた。(その映像を見て、場内から驚きの声が上がる)


【 VFXスーパーバイザー ジョン・ダイクストラ】
◆3カ国、6つのVFXベンダーと共同作業
 今回、全てのVFXベンター各社は、大変素晴らしい仕事をしたと思う。今回はNZ、ロンドン、LAに跨る6つのVFXベンダーと仕事をした。
 各ベンダーにどのシークエンスを割り振るかは、いつも悩みのタネだ。映画のVFXは時間的、物量的にも膨大な為、どうしても複数のVFXベンダーに割り振る必要が出てくる。
 アセットの共有、スケジュールの共有、プライオリティーの共有、そして各ベンダーの得意分野も考慮しつつ、配分を決めていく。

◆課題は異なるパイプライン間のアセット管理
 先ほど、ルマ・ピクチャーズの話にも出ていたが、今後の課題はパイプラインが異なるベンダー同士でのアセット・マネージメントだろう。現状ではその都度、変換ツールを開発したりしなければならず、今後はスタンダード(業界標準)の必要性がより高まってくるだろう。

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 筆者は、2002年にサンタモニカに設立された小規模VFXスタジオのルマ・ピクチャーズが、非常にハイレベルなデジタル・ダブルを制作するまでに成長した姿を見て、驚くと同時にショックを受けた。もしかしたら、ルマ・ピクチャーズのような少数精鋭VFXスタジオの活躍は、日本のVFXスタジオにとって、良いビジネス・モデルになるかもしれない。
(取材:鍋 潤太郎、撮影:山下奈津子)

写真上:メンバーに送付された案内用ポストカードより。 画像提供:LA SIGGRAPH
写真下:会場となったGallery Theatre

会場となったGallery Theatre

会場となったGallery Theatre

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