私が見た"NAB SHOW 2012"における技術動向(その1、概要編)
2012.4.25 UP
オープニングセレモニーでのゴードン会長の講演情景
日本企業ブースがならぶセントラルホール展示会場の景観
レイアウト、デザイン性がいっぱいの米国企業ブース
中継車や衛星アンテナなどが並ぶ壮観な屋外展示会場
思い起こせば、昨年のNABは「東日本大震災」に見舞われて間もない頃の開催だった。多くの日本企業が大震災の影響を受け、日本からの出展や参加もままならないと危惧される状況だった。しかし一部に出展取りやめや規模縮小も見られたが、世界の放送・映像業を主導する日本の気概は衰えることなく、日本企業のどのブースも出展内容、技術力の高さで例年に劣らぬ盛況さだった。オープニングセレモニーで、NABゴードン会長が、震災後の大変な状況下にも拘らず、日本からの出展や参加者が多かったことに対し敬意と感謝を表し、そして今後の復活に向けた期待を込めて語っていたのが思い起こされる。
そしてあれから早や1年、被災地の復旧、復興は少しずつ進み始めたとはいえまだ道遠く、とりわけ原発事故の後遺症は収束宣言が空ろに聞こえるほど混迷のままで復旧のめどはたっていない。この1年、日本経済は復興特需の効果が若干あるとは言え、ヨーロッパの金融不安と世界的円高基調、タイ大洪水の影響などが重なり、これまでにない厳しい状況になっている。かつて日本の経済成長を力強く牽引してきた半導体産業やテレビ産業は、韓国勢などの勢いに押され青息吐息の状況になっている。放送・映像技術分野で世界的推進役を担ってきた日本の代表的企業も例をまぬがれず、今年もNABの場において少なからぬ影響があるのではと危惧されたが、会場を回ってみた印象では経営状況悪化の影響は顕著には感じられなかった。
今年のNABは、例年通りカジノや歓楽と国際コンベンションが対比する街ラスベガスで、昨年より1週間遅い4月15日から19日まで開催され、1600社を超える出展ブースがノース、セントラル、サウスホールから成る広大なコンベンションセンター(LVCC)いっぱいに展開され、世界の150ヶ国以上から約9万2000人の参加者数を迎え大盛況だった。出展規模、来場者数とも昨年を上回ったようだが、これが回復基調なら良いのだが今後の世界経済の推移の影響が気掛かりなところである。
会場の概要を紹介すると、LVCCで最も広いセントラルホールには、多くの各国企業ブースの中で、いまや世界のリーディング・カンパニーとなっているソニーやパナソニックそしてキヤノンのトライアングルがひときわ広大なブースを構え、その近辺に日立国際電気、JVCケンウッド、池上通信機、朋栄、富士フイルム、アストロデザイン、昭特製作所、ナックイメージテクノロジー、計測技術研究所、リーダー電子など多くの日本企業がブースを連ね、それぞれ高い技術力と最先端のメディア展開を公開し見学者の人気を集めていた。また、本Websiteの主催であるInter BEEもブースを開設し、今年秋の展示会に向けプロモーション活動を精力的にやっていた。2フロアから成る大きな建物のサウスホールには、Grass ValleyやQuntel、Avid Technology、Blackmagic DesignやAutodesk、MicrosoftやAdobe Systems、Red Digital Cinemaなど米国勢の常連が多い中で、NTTグループ、富士通、三菱電機、東芝などがそれぞれ特徴ある出展をしていた。事務局やプレスセンター、ミーティングルームが多く地味な感のあるノースホールには、Harris、IBM、Snellなど多くの欧米系企業ブースの中で、2年ぶりにNICT(独法・情報通信研究機構)がかなり広いスペースのブースを設け、裸眼大画面3D映像など最先端の研究成果を公開し評判になっていた。
NABはこれらの機器展示だけでなく多種多彩なイベントやコンファレンスも併催されている。毎年、趣向を凝らし人気を集めているのがオープニングセレモニーで、初日の9時からLVCCに隣接するラスベガスホテル(なぜか旧称のヒルトンの名が消えていた)で開催された。昨年はキーノートスピーカーに「アバター」や「タイタニック」のキャメロン監督が登場し大入り満員だったが、それに比べると今年はやや地味な雰囲気だった。会の司会・進行は、日本でも放送(BSプレミアム)された「デスパレートな妻たち」の主演女優Teri Hatcherで、就任3年目になるGordon Smith会長は、これからのデジタル時代、インターネット時代においてもラジオやテレビは重要なメディアであること、政府や通信業界との周波数利用問題などについて基調講演を行った。
今回11回目を迎えた「デジタルシネマ・サミット」は、SMPTE と連携し「デジタルサミット・オン・シネマ」と名称を変え、映画における映像と音響の一層のクオリティ向上をテーマに、会期に先立ち土日に開催されていた。またそれとは別に開かれたスーパーセッションでは、キャメロン監督が3D制作の新会社のパートナーのビンス・ペース氏と”The Secrets Of Making 3D Profitable”と題し対談を行い、相変わらず評判になっていた。またNABの重要な役割でもあり、長年、放送技術の進歩に貢献してきた伝統あるイベントであるテクニカルコンファレンスでは、今回も世界各国から数多い講演や研究発表がなされていた。日本からはNHKがU-HDTVや4K超システムさらに東日本大震災における災害報道などについて、NICTからは大画面裸眼3Dシステムについて、またNTVから3Dコンテンツ制作などについての講演・発表が行われ大いに注目されていた。
さらに出展企業の中には機器展示と連携し、自社の事業方針や出展内容をメディア向けに効果的にPRするニュースコンファレンスも会期前から会期中を通じ開かれていた。数年前までは、多くの企業が繁華街のホテルなどで華麗で派手なプレゼンテーションを競っていたが、最近は不況のせいかLVCC内の会議室や自社ブースで地味に行われることが普通になっていた。ところが今年は経済状況があまり好転しているとは思えないのだが、パナソニック、ソニー、グラスバレー、アビッドテクノロジーなど多くの企業が市内のホテルで大掛かりな雰囲気のデモンストレーションをする企業が目立ってきた。
今年のNABの全体的な技術動向・出展状況の概略を見てみよう。3D映像システムは昨年までのような過熱状況はなくなったが、相変わらず多くの企業から多彩な出展がありいよいよ定着化してきているとの感があった。放送デジタル化は、一部でまだのところもあるが概ね各国での移行は山を越え、ポストHDを見越し超高精細映像4K超システムの展開が大きく加速され、取材から制作、送出・配信からアーカイブスまでファイルベース化ワークフローが進み、カメラは高密度・多素子化による高解像度・高画質化の一方で小型・コンパクトで経済性の高いモデルも数多く、さらにデジタル一眼レフムービーカメラと多様化・多極化が進んでいる。また、モニター・ディスプレイについてはポストCRTのLCDやPDPさらに有機ELモデルと高画質化と多様化し、記録メディアについては半導体メモリーによる新たなレコーダSSDやLTO(磁気テープメディア)によるサーバーなどが急速な展開を始めている。映像圧縮コーデックについては、従来のMPEG2やH.264に加え新たなシリーズの提案や次世代符号化HEVCの公開もなされていた。照明機器ではエコ時代を反映しLEDやELモデルが数多く出展され、音声系については基準化が進んでいるラウドネス(人が感じる音の大きさ)に関する展示物が注目されていた。
本号では今回のNABの全体的状況、概要を紹介したが、次回以降で具体的な技術動向について順次紹介して行きたい。
映像技術ジャーナリスト(学術博士) 石田武久
オープニングセレモニーでのゴードン会長の講演情景
日本企業ブースがならぶセントラルホール展示会場の景観
レイアウト、デザイン性がいっぱいの米国企業ブース
中継車や衛星アンテナなどが並ぶ壮観な屋外展示会場