【NEWS】NHK技研公開 2016年のSHV実用化試験放送へ開発急ピッチ
2013.6.4 UP
現行放送衛星の1トラポンでSHVを伝送する変復調技術が実現されていた
SHV用HEVCエンコーダは、画面を17分割して処理を施している
藤沢所長は、2016年のSHV放送開始を目指してR&Dを更に加速することを明らかにした
NHK放送技術研究所(以下、技研:東京都・世田谷区)は、5月30日より6月2日まで恒例の技研公開を開催した。開催に先立つ28日には報道関係者向けの公開が行われ、スーパーハイビジョン(SHV)をはじめとした数々の研究開発中の放送技術が出展された。SHVは、従来の予定を前倒しして2016年に実用化試験放送を開始することとなり、より実装に近い技術の開発も含めて多くの作業を迅速にこなす必要が出てきた。従来の基礎研究に加え技研の守備範囲は一部の先行開発にも拡がりを見せており、研究開発に拍車が掛かっている。
(映像新聞 論説委員 日本大学生産工学部講師 杉沼浩司)
■実用化試験放送 2016年に前倒しへ「同時並行作業で2015年春までに標準化作業完了」
これまで2020年に試験放送を開始するとされていたSHVは、2016年の実用化試験放送に前倒しされた。28日の報道関係者向け公開の際に状況を説明した藤沢秀一所長は「2016年の実用化試験放送開始は非常に厳しい。2015年春までには、運用規定を含めた標準化作業を完了しなければならない。作業は、従来のような直列型ではなく、複数の作業を同時並行的に行う並列型を取る必要がある」と述べ、大変な作業が待ち受けていることを明らかにした。それでも「大変な作業ではあるが、完了できると楽観視している」との見方を示した。
藤沢所長の説明通り、今年のSHV関連展示は実施を強く意識したものとなっていた。その代表的な展示が「12GHz帯衛星放送によるスーパーハイビジョン伝送技術」であろう。
■伝送方式を工夫して現行衛星を活用したSHV放送へ
現行の放送衛星は2020年に設計寿命を迎える。その後に更新される衛星は、21GHzという新しい周波数帯域でSHV放送を行うことを目指して開発が進められている。21GHz帯は、600MHzの帯域を持ち8PSKで変調しても544Mbpsを確保できると見られる。これは、SHV放送には十分なスペックだ。
しかし、2020年の前の段階で実用化試験放送を行うためには、現行の放送衛星でSHV放送をする必要がある。ところが、現状の衛星の周波数帯域は12GHz帯で、これでは1チャンネルあたり34.5MHzの帯域しかなく伝送の制約が大きい。この狭い帯域でSHV実用化試験放送を実施するための工夫が求められている。
今回、「高度広帯域衛星デジタル放送の伝送方式」(ARIB STD-B44、以下B44)を用いた伝送が示された。B44は、DVB-S2とは異なり、所要CN比を緩和するパイロット信号が導入されている。また、ISDB-Sでも活用されている制御情報伝送用のTMCC信号もあり、緊急警報放送の起動などに使用できる。
今回はB44に規定された16APSKを使用し、92.8Mbpsのデータレートを得ている。現行のBSでは1中継器あたり52Mbpsであるから、1.8倍も増えている。この増大は、単に変調方式が変わっただけではなく、誤り訂正方式の変更(リード・ソロモン符号からLDPC+BCHの採用)やその他の改善など、多くの要素が寄与している。この結果、伝送効率は理論限界に肉迫している。
今回のデモでは、MPEG-4 AVC/H.264(以下、AVC/H.264)を使用して画像を伝送したが、通信路の符号化部分にそのままHEVCを適用できる。HEVCの準備が整えば、12GHz帯を用いた衛星放送によるSHVサービスが開始できることを印象づけていた。
■地上波伝送 時空間符号で干渉による品質低下を回避
地上波の伝送は、従来より超多値OFDM(OFDMのサブキャリアの変調に1024QAMや4096QAMを使うもの)と偏波MIMOを組み合わせて行われてきた。今回は、サブキャリアの変調に4096QAMを用いて、垂直、水平の両偏波面を使ったMIMOにより、合計91.2Mbpsを得ている。ここまでは、従来と同じだがSFN(単一周波数ネットワーク)への対応が大きく異なる。
従来のOFDMによりSFNを行おうとすると、二つの送信局からの電波の干渉が起きる。受信時に同一チャンネルで同じ波形の信号を受信すると互いに弱め合う周波数が生じ、受信品質が劣化するという課題があった。これは特に、両方の送信局のカバー範囲の末端(フリンジ・エリア)部分で顕著となる。現行方式では、方式設計時に種々のマージンを取ってあり、干渉が起きても受信品質への影響が出ないように配慮されている。
ところが、SHVでの導入が見込まれる超多値OFDMでは、マージンを取る余裕がほとんどない。そのため、他の方法で干渉による信号品質低下を回避しなければならない。
今回、符号に追加の処理を行うことで、別の送信局からの飛び込みの影響を回避し、更には両局からの信号で利得を得る方法が提案された。時空間符号(STC)と呼ばれる符号化処理である。
デモでは、技研屋上と技研グランドに設置された2つの送信局からの電波が、技研グランドの受信局でどのように振る舞うかが実信号で示された。時空間符号処理を行わない場合、受信信号に歪みが発生するが、時空間符号処理でこれが抑圧できることが示されていた。また、伝送は実際に映像データを乗せており、スクリーンには、電波に乗ってやってきた信号を復号した映像が表示されていた。
今回の発表は実際に送信局の設置が始まった時に、同一周波数の電波による干渉を起こさない処理の目処がついたことを意味する。実施時の問題を予想し、その回避手段が先行して整備されたことになる。
■三菱電機と共同で実時間エンコーダを研究 85Mbpsで60Pをリアルタイム処理
HEVCは、SHV用のリアルタイムエンコーダが登場した。三菱電機と共同で研究されている。
このエンコーダは、ハードウェア処理である。SHVの画面を17枚の7680x256領域に分割し、その1枚毎に1枚のエンコーダ基板で処理している。各エンコーダは、ハイビジョン程度の画素数を担当することになる。デモでは、Main10プロファイルで60Pの映像をエンコードしていた。デモ時のビットレートには、85Mbpsが使用された。ハードウェアのベースとなったHEVCが2011年7月版とやや古いが、画面は非常に鮮明で高い圧縮を行ったことを感じさせない映像となっていた。
現時点では、スタンドアローンのデコーダが未完成であるため、ローカルデコード(エンコーダ内部にあるデコーダ)の結果を取り出して表示している。デコーダが未完成なのは、実際の放送時に起こりうる状況(制御情報の組み合わせやバッファ構造など)に対応できていないためだ。起こりうる状況は、規格と運用規定が決まることにより明らかになる。状況が明確になって初めて設計が可能になるため、規格も運用規定も未定の状態ではデコーダ開発はある程度以上に進めることができない状態であると見られる。
今回の公開で、符号化部分はリアルタイムエンコードにまで進展し、後はデコーダの開発を残すのみとなった。
無線関連は、12GHz帯の放送衛星を使用するための変復調方式が準備された。地上波は、SFNへの対応が大きく進んだ。このため、今後の焦点は規格化と運用規定の策定に移ってゆくとみられる。前出のデコーダのように、この作業が終わらないことには進められない開発案件も存在する。一刻も早い規格化が望まれる。
現行放送衛星の1トラポンでSHVを伝送する変復調技術が実現されていた
SHV用HEVCエンコーダは、画面を17分割して処理を施している
藤沢所長は、2016年のSHV放送開始を目指してR&Dを更に加速することを明らかにした