【NEWS】キネマ旬報 映画館運営やアクトビラとの協業など、94年の自社データベースを駆使したマーケティングを生かしディストリビューション・プラットフォームの構築を模索
2013.2.3 UP
「キネマ旬報」のバックナンバーを揃えた書棚
挨拶に立った清水社長
キネマ旬報社は、貸会議室大手のティーケーピー(TKP)と共同で2月2日、千葉県柏駅ビル内に映画館をオープンした。映画館の名称は「TKPシアター柏 supported by KINEJUN」。東武鉄道株式会社からTKPが賃借し、キネマ旬報社の子会社キネマ旬報DDが運営を担当する。
映画雑誌「キネマ旬報」、映画ライフログサイト「KINENOTE」などと連動することで、新規公開作品だけではなく、上映機会が減少した過去の名作やさまざまな企画上映・イベントを行う。キネマ旬報DDはネット上を介したVODなど、親会社のキネマ旬報社のデータベースをベースにしたマーケティングにより「映画・映像コンテンツのデジタルディストリビューション事業」を進めており、2月5日からはアクトビラとの協業でVODサービスも展開する。映画館運営はその一環と位置づけており、「レンタル、セル、VOD などあらゆるウインドウにて日本中の映画ファンに提供」するという。
(映像新聞社 小林直樹)
■映画ファンを対象にした編成を魅力に 目標稼働率30%
映画館は、柏駅と隣接した高島屋の並びにある。これまで東武興業が運営してきた映画館を新装してオープンする。スクリーン数は3つ。いずれもBARCOのデジタルシネマ対応DLPプロジェクター「DP2K-12C」が設置されている。スクリーンサイズはスクリーン1(160席)が高さ3.9m×幅7.21m、スクリーン2(148席)・3(136席)が高さ2.8m×幅5.18m。ドルビーサラウンド7.1対応。また、スクリーン1には、35mmフィルム用プロジェクターが用意されている。
館内には、キネマ旬報社の書籍など映画関連書籍を販売するエリアや、1940年代からの「キネマ旬報」バックナンバーの閲覧ができるアーカイブコーナーなどを設けている。上映室の座席は55センチ幅のゆったりしたタイプを用いている。
入場料は、新規公開の場合、通常の1,800円となるが、過去の作品については、作品ごと、企画ごとに配給会社との相談の上で決めていくという。「全体としては、市場の平均である約1,200円より少し低い価格設定を試みる」(キネマ旬報DD)という。
キネマ旬報DDでは、「価格を下げることで座席稼働率が上がるのなら、映画館内での飲食・物販等により、映画館全体の売り上げを高めることができるのではないか」とし、平均価格と座席稼働率を重視している。年間の座席稼働率は30%を目標としている。
TKPがエンターテイメント施設の活用に取り組むのはこれが初めてとなる。同社は今後、アミューズメント施設についての資産有効活用の提案などを進めるほか、映画を始めライブなどエンタテインメントの積極活用を推進する。
■「新たなマーケットセグメントの創出へ」
開館に先立つ2月1日にオープニングセレモニーが開催された。挨拶に立ったキネマ旬報社 代表取締役社長でキネマ旬報DDの代表を兼務する清水勝之氏は、「2000億円の市場を奪い合うというつもりはまったくない。新しいマーケット、新しいマーケットセグメントを創出できないかと思っている」と述べ、これまでと異なる映画鑑賞習慣を提案することで潜在的なファン層の掘り起こしをねらう意志を示した。ターゲットとして、同社が発行する「キネマ旬報」の読者層を想定しているという。「(キネマ旬報の)読者は平均で年間50数本の映画を鑑賞している。こういういわゆる映画好きの人たちが一定数いるだろうと考えている。映画がハレ(非日常)の日のイベントではなく、ケ(日常)の日のイベントだろう。例えば毎週一本見る、そういう映画ファンのための映画館をめざしたい」(清水氏)
来賓として挨拶した 千葉県興行生活衛生同業組合 理事長 臼井正人氏は、シネマコンプレックス(シネコン)の隆盛で単館上映の映画館経営が厳しい状況にある中、「東武興業が休館し、代わりに営業を引き継ぐ会社を探していたところに、今回の提案があった」という経緯を紹介し、新たな展開を志す両社に期待をかける。
「今、シネコンはやりの中、ここで映画館をやるとなると厳しいなと、どたなも手を挙げることがない大変な状況だった。そのなかで、お話しをいただいたのがTKPとキネマ旬報だった。(中略)地元の映画館がどんどん閉館している厳しい状況だが、新しい形で市場を切り開いていただき、地元の人たちに喜ばれる映画館として成功を収めていただき、全国に波及をしていただければありがたい」(臼井氏)
■キネマ旬報 清水勝之社長 インタビュー「映画館上映はデジタル・ディストリビューションの一環」
キネマ旬報社 代表取締役社長で、今回の映画館運営を担当する子会社のキネマ旬報DDの代表を兼務する清水勝之氏は、映像新聞社のインタビューに応え、次のように話した。
ーーキネマ旬報DDの「映画・映像コンテンツのデジタルディストリビューション事業」について
「インターネットに代表される情報通信技術の発展により、映画というコンテンツの流通費用が大幅に低減されることになりました。映画館におけるデジタルシネマ化もその一環だと思います」
「これまでのフィルムによる流通では、フィルムを同時に公開するスクリーン数分用意しなけばなりませんでしたが、デジタルになれば、より廉価な形での商品流通が可能になってきます。一般消費者向けでも、通信回線経由によるVOD配信、ダウンロードというパッケージレスによる商品提供方法も多く見られるようになりました。小売の側面からみても、ネット販売の場合、物理的な棚の制約がないため、商品陳列に制限がなく、出版業界でもみられたようなロングテールの市場が形成されつつあります」
「キネマ旬報DDでは、それに向けて、新作だけではなく、過去の名作・良作にも光をあて、キネマ旬報の媒体と連携して鑑賞促進を行いながら、商品の流通を行うというのが当社の事業コンセプトです。映画というデジタル化された商品を、劇場だけではなく、レンタル、セル、VOD などあらゆるウインドウにて日本中の映画ファンにお届けしたいと考えております」
ーー「デジタルディストリビューション」を目指すキネマ旬報DDが映画館を運営するねらいについて
「映画館での作品上映は、デジタル・ディストリビューションの一環です。元々、小売である映画館まで自社で運営する必要はなかったのかもしれませんが、過去のアーカイヴなどを含めて上映することで、シネマコンプレックスとの商品(編成)上の差別化をデジタルの力を活用することで実現できる、ということを実証してみたいと思いました」
「現状、映画興行では新作を上映する映画館が中心ですが、名画座のように過去の作品なども含めてユニークな編成をしている映画館がいくつか存在しています。デジタルシネマ化されていない名画座などでは、編成担当者が、個別に配給会社にフィルムの手配、そして貸出料金の交渉を行います。多くの場合、貸出料金が新作の歩率契約(売上の一定割合を配給に支払う契約)と異なり、フラット契約(固定料金での契約)で取引が行われています。配給会社としては、フィルムを貸し出す手間がかかりますので、一定の上映回数であれば、固定金額にて確実に収益をあげられるというメリットがあります」
「一方、映画館側としては、仕入金額が固定になりますので、それを上回るだけの顧客を導入しなければなりませんので、必然的に上映回数が増えていきます。一般的には、名画座などは、年間に何度も映画館に足を運んでくれる、一定数の映画ファンによって経営が成り立っています。その前提のもとで、映画館の収益を極大化するためには、上映作品数を増やすことが必要ですし、スクリーン数も少ないので、新規の顧客を獲得するためには、編成上の工夫が必要だと考えられます」
■ネットを活用した配給でプラットフォーム構築目指す
「デジタルによるディストリビューションを前提とすれば、フィルムの物理的な輸送のコストは大幅に低減できますし、上映時間によって自由に作品を変更することが可能になります。当社が運営するTKPシアター柏では、デジタルの力を最大限生かして、過去の作品を含めて、多くの作品を映画ファンに楽しんでいただくような編成を目指しております。そうすることで、シネマコンプレックスなどにはない、作品群をお楽しみいただき、「比較的廉価で多様な映画を楽しめる市場」という新たな市場セグメントを創出しようと思っております。そしてこのような新しい市場セグメントを他の映画館にもデジタル化された素材を提供することで、日本中に広げていきたいと考えております。そのためのディストリビューション・プラットフォームの構築を他社との連携において模索しているところです」
「ネットによる家庭やモバイルへの配信についても、キネマ旬報DDは同時に取り組んでいきます。映画興行においては、映画館というハードウェアのデジタル化はほぼ一巡しつつありますが、作品そのもののデジタル化がまだまだ間に合っておりません。当館でも3つのスクリーンすべてをデジタルシネマ化しましたが、スクリーン3だけは映写機も併設しております。これは過去の映画作品がフィルムという形でしか、提供されていないからです。オープン企画として女優、若尾文子さんの出演作品の上映会を行いますが、いずれもデジタル素材はなく、フィルムでの上映となります。映画館をデジタル化しても、ソフトウェアのデジタル化が間に合っていないため、編成にはまだまだ苦労しています。これを解消するために、当社では、デジタル素材がない、あるいはDVDが廃盤になるなどして鑑賞機会が少ない作品のデジタル化を推進し、それによって再流通を図るという事業を同時に行っていきます」
■2月5日からアクトビラとの協業でVODサービスも
「当社は2月5日に、アクトビラとの協業により、VODサービス「キネマ旬報CHANNEL」を開設します。鑑賞機会の少ない作品に対して、当社グループの雑誌「キネマ旬報」、映画ライフログサイト「KINENOTE」などで告知、鑑賞推奨を行うことで鑑賞促進をはかっていければと思っております。作品のデジタル化に関して申し上げれば、フィルムしかない映画作品、特に文化的価値があっても商業ベースにのらない作品のデジタル化は、業界もしくは国としての解決しなければならない喫緊の課題なのかもしれません」
「キネマ旬報」のバックナンバーを揃えた書棚
挨拶に立った清水社長