【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(5)1/3 映画『ナイト ミュージアム2』(8月13日(木)、TOHOシネマズ 日劇 他全国ロードショー配給:20世紀フォックス映画)
2009.7.28 UP
『ナイト ミュージアム2』
リズム&ヒューズ・スタジオが老舗の風格
リアリティとユーモアの絶妙なバランスを表現
2009年はCGの魅力が満載の実写映画が目白押しだ。8月公開となる『ナイト ミュージアム2』もその代表例といえ、コメディ映画ならではのユーモア溢れる表現に、最新技術を駆使したCGが大きく貢献している。ここではこの映画のVFXを担当したリズム&ヒューズ・スタジオ(Rhythm and Hues Studios)とのインタビューを通して、映像制作の裏に秘められた技術的工夫の数々を紹介したい。
<老舗の風格>
今回の舞台は世界最大の博物館ともいわれるスミソニアン博物館。スケールの大きさとともに、美術・歴史・科学と広い分野にわたる展示物されている。前作『ナイト ミュージアム』(2006年、日本では2007年公開)のコンセプトを引継ぎ、『ナイト ミュージアム2』でも、夜を迎えると、博物館の展示物が息を吹き返したように動きだす。多種多様な展示物が生命を持った存在として動き回る様子をリアルに描き出す作業は、これまで以上に難易度が高かった。
ストーリーは、コメディ映画としての路線を貫きながら、味わい深いヒューマンドラマに仕立て上げられている。VFXにおいても、「ユーモア」と「リアリティ」という2つの要素をバランスよく配合している。
「ユーモア」と「リアリティ」の配合をみごとに実現したのが、LAに本拠を置く老舗CGプロダクションの代表格ともいえるリズム&ヒューズ・スタジオだ。同社は80年代から一貫して、独自の技術開発とインハウス・ソフトウエアを武器に、時代に左右されることのない映像制作をおこなってきた。老舗の風格を感じさせる映像に対する評価は高く、これまでに、映画『ベイブ』(1995年)と、映画『ライラの冒険 黄金の羅針盤』(原題:The Golden Compass、2007年)でアカデミー視覚効果賞を受賞している。
特にリアルで演技力に富んだ動物の表現には定評がある。当初は50人に満たないスタッフで構成されていたL.A.のスタジオも、現在では700人を越える大きさとなった。さらにインドなどL.A.以外に3箇所の支社も設立し、全スタジオを合わせると1000人を越えると大組織に成長した。
それでも、リズム&ヒューズ・スタジオに脈々と流れるアットホームな雰囲気は昔となんら変わることはないという。そうした現場の雰囲気が反映しているのか、『ナイト ミュージアム2』のVFXは実に楽しい。CGがこれほどまでに楽しい使われ方をされる映像を目の当たりにして、わくわくしてしまう。
博物館の展示物である動物の剥製(はくせい)や、人形や彫刻、絵画の中の人物が動き出すという設定自体は、初めての試みとはいえない。実写の映画にCGが積極的に取り入れられた90年代にはよく見られた。ある意味ではその時代を髣髴とさせる懐かしさも感じられるが、今回は質的にはるかに高いという点で90年代とは大きく異なる。監督からは、現実からかけ離れたシーンにおいて、ギャグの要素を多く含んでいても、表現はあくまでもリアルであることが求められた。
そのため、いずれのシーンでも物理法則にのっとった表現をする努力がなされた。CGで演出的な意図を反映させた映像に物理法則を適用することは、技術的な挑戦が数多く必要とされたようだ。その一方で、モデルには非常に複雑な"演技"が求められた。モデルの演技は、監督が追求した「ユーモア」の核心部分でもあり、監督自身が自分の体を使って演技のディテールまで指示することも多かったという。
物理法則までも適用するリアリティと、複雑な演技という二つの要素を同時に満たすためには、様々な研究開発を経て完成された技術と、アーチストの創意工夫や細やかな手作業の両方が必要とされる。長年の蓄積の上に成り立った技術力と、少し肩の力を抜いた老舗としての余裕を感じさせる方法論が、これらの問題解決のための切り札となったことはいうまでもない。
<冥界の兵士たち>
映画のクライマックスに、3000年の眠りから覚めたエジプト王が、冥界に封印されていた最強の兵士たちを蘇らせるシーンがある。リズム&ヒューズ・スタジオが担当したVFXの中でもひときわ困難を極めたという。このシーンに関しては監督自身にも、どのようにこれを視覚化するかという明確な指針がなく、抽象的なコンセプトを具体的な映像に落とし込むまでに数多くの嗜好錯誤が必要とされた。
まず、具体的にどのような見え方をつくりだすべきかを判断するため、数多くのデザイン画が描かれた。こうして決定されたコンセプト・アートを具体的なアニメーションとして実現するために、エフェクトを中心とした研究開発にて3カ月を費やしている。
このシーンは大きく3つに分けて制作された。
最初は、冥界を象徴する、雲や霧のようなボリューメトリックな要素を散りばめた空間が、流体シミュレーションとボリュームレンダリングを用いて生成された。
次に、兵士になる前の段階のいわゆる“兵士の霊”にあたる小さな鳥のような生き物が群がっている様子が、群れのシミュレーションを用いて作成された。
そして、最大の難関は、ボリューメトリックな空間から最終的な人間の形をした兵士が現れる様子をリアルなアニメーションして作成することだった。
ボリューメトリックな空間から出現するプロセスには、パーティクルをベースにした流体シミュレーションが用いられた。パーティクルが寄り集まって兵士のシルエットをかたちづくるのは流体シミュレーションだけでは難しく、プロシージャルなアニメーションが併用された。
兵士のシルエットを形成するパーティクルの集合は、そのジオメトリーを継承した具体的なサーフェース(パッチ)に変換される。こうして生成されたCGの兵士の形状は、変形アニメーションによって最終フレームではグリーンスクリーンで撮影された実写の兵士に重ね合わされる。このカットは、映画の中のわずか数ショットに過ぎないのだが、ストーリーのクライマックスにあたるだけに、念入りな作業が必要とされた工程だったという。
<写真説明>
上=メイン画像
© 2009 Twentieth Century Fox
上から2番目:リズム&ヒューズ・スタジオのビジュアル・エフェクト・スーパーバイザー、レイモンド・チェン(Raymond Chen)氏
上から3−5番目:冥界の兵士たち
冥界に封印されていた最強の兵士たちが蘇るシーンは映画のクライマックスにあたる。非常に抽象的なコンセプトを具体的な映像に仕立て上げるまでには、エフェクトの技術開発も大規模に行われた。
①空間を満たす雲のようなボリューメトリックな要素をパーティクル・ベースの流体シミュレーションを用いて作成。その空間から兵士の霊にあたる小さな鳥のような生き物が現れる。この生き物が群がるようすは群のシミュレーションを用いて作成している。
②ボリューメトリックな要素および群の要素は、やがて人間の身体の形に収束してゆく。
③収束した要素のシルエットを抽出してサーフェスを生成し、そのサーフェスが最終的には撮影した兵士の姿に一致するように、変形アニメーションを作成する。
© 2009 Twentieth Century Fox