【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(2)2/3 映画「ターミネーター4」(09年公開、配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、6/13(土)より丸の内ピカデリーほか配給)

2009.6.18 UP

映画「ターミネーター4」
CGと人との”からみ”に高度な技術
ビデオを用いたモーションキャプチャーを活用


 前述したように、『ターミネーター4』の演出において、監督が最も重視したのが、「人間とターミネーターとのインタラクション(相互作用=からみのシーン)」をリアルに描き出すことだった。今回、主人公のジョン・コナー(クリスチャン・ベイル)と非常に密接なインタラクションをする部分にモーション・キャプチャーを導入している。(倉地紀子)


<人間とターミネーターのインタラクラクション>
 ILMはこれまで、ロボットの群れなどのように、セカンド・キャラクターの動きを作成するための効率化という観点から、モーション・キャプチャーを積極的に導入してきたが、ヒーロー・キャラクターの演技にモーション・キャプチャーを導入することはあまりなかった。数少ない例として、『パイレーツ・オブ・カリビアン』に登場するデビー・ジョーンズのために、独自のパフォーマンス・キャプチャーのパイプラインを構築したことがある。

 モーション・キャプチャーには、ビデオ・モーション・キャプチャーが用いられた。現在、ハリウッド映画の制作に急速に浸透しつつある手法だ。
 ターミネーターを演じる役者の体にトラッキング用マーカーをつけ、クリスチャン・ベイルと絡み合う演技を3方向から同時に撮影した。フォトメトリック・ステレオの理論を応用して、3つの映像におけるマーカーの位置から、各マーカーのフレームごとの3D位置情報を測定し、役者の演技を3D空間上で再現できる。
 ビデオ・モーション・キャプチャーによって、演技の大枠をとらえ、さらにディテール表現の検討については、さまざまな方法が採られた。見かけはずっしりとした「機械」のようなターミネーターだが、その内面にある人間の「感情」に通じるものをどう表現するか。これもまた、ILMに課せられた大きな課題だった。こうした表現を実現するため、スタン・ウィンストン・スタジオが作成したターミネーター・モデル(機械仕掛けとパペットを融合させたもの)によって、動きを詳細に検討したり、アニメーター自身が実際にターミネーターの動きを演じてみるということも頻繁におこなわれたという。

<金属のリアリズムの追求>
 『ターミネーター4』において、監督が望んでいた「金属」の質感は、新品同様のピカピカしたものではなく、少し薄汚れた感じのダークなものだった。従来の技術ではこうした表現は難しかった。
 スタン・ウィンストン・スタジオが担当したターミネーター・モデルでは、軽いウレタンとプラスチックを使ったモデルの上に、金属に見えるようなペイントが施された。このペイントのリアズムを高めるために画期的なペイント技術が考案されたという。同様にCGのターミネーターに関しても、金属の質感のリアズムを高めるために、コロンビア大学とのコラボレーションによって、新しい技術が開発された。

 物体の質感は、表面に当たった光の反射によってつくりだされる。金属の表面に当たった光は、特定の方向に集中して反射する。このような反射を「スペキュラー反射」と呼ぶ。
 最も理想的なスペキュラー反射は、鏡に当たった光のように入射角と同じ角度で入射方向とは逆方向に反射する(鏡面反射)ものだ。滑らかな金属の表面では、鏡面反射方向の周りに少し広がりをもった反射が起こる。
 今回のように表面がざらついた金属の反射はより複雑になっている。ざらついた表面には細かい凹凸がある。したがって、たとえば凹んだ(へこんだ)部分では、その周りの凸の部分によって、光の反射が遮られてしまうことも起こる(ローカル・オクルージョン)。このような現象は、通常のスペキュラー反射モデルでは表現しきれない。
 この問題を解決する方法として、光が当たった点の周りを、向きが微妙に異なったマイクロファセット(microfaset)と呼ばれる細かい小片で覆うという方法がある。小片ごとに異なった反射を起し、それらの反射光を統合するもので、この方法を用いると、上記のようなミクロな凹凸が引き起こす現象も的確に表現することができる。

 マイクロファセットは、光学の分野で60年代半ばに考案されたものだ。80年代後半から90年代には、CGの分野でこの方法を利用した発表が多数登場した。物理的に最も正確なスペキュラー反射モデルであるが、計算が複雑になりがちでコントロールも難しい。中でもローカル・オクルージョンの計算が、最も複雑で計算負荷が重い。そのため、実際の映像制作で用いられることはほとんどなかった。
 ILMは『ターミネーター4』で、あえてこの物理的に正確な反射モデルを導入し、金属の質感表現のグレードアップを図った。これには、コロンビア大学の協力を得て、この計算工程を効率化する工夫を加えている。
 本来のローカル・オクルージョンの計算式は光の入射方向と出射方向を変数とした非常に複雑なものだが、今回は凹凸が比較的なだらかであると仮定し、計算式を入射方向だけの関数と出射方向だけの関数との積に分離するという方法がとられた。これによって計算が単純化されるだけでなくコントロールも容易になる。コントロールにテクスチャを導入するというアプローチも用いられたようだ。

 また金属のリアリズムを高める上で、今回はこの反射モデルがレイを用いたグローバル・イルミネーションと結びつけられた。レイを用いたグローバル・イルミネーションではレイのサンプリングがレンダリング結果の精度と計算速度を上げるための鍵となる。上記のように関数を分離することは、このサンプリングの精度と効率を高める上でも大きな役割を果たした。
 『ターミネーター4』の映像の見せ所が、「機械の金属的表現」であったということが、CGを用いた表現技術の中で長らくおきざりにされてきた部分に光を当て、その実用面での底力を一気にレベルアップすることにつながったという点は非常に興味深い。

(画像解説)『ターミネーター4』に登場するターミネーターの表現の要は、少し薄汚れたダークな金属の質感をいかにリアルに表現するかということだった。ILMが初めて本格的にレイトレーシングを導入し、さらに、これまでの映画プロジェクトでは用いられたことのなかったような物理的に正確なスペキュラー反射モデルを導入したのは、この目的ゆえだった。

#interbee2019

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