【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(4)2/2 映画『モンスター VS エイリアン』(7月11日(土)新宿ピカデリー他、全国<超拡大>ロードショー、配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン)

2009.7.9 UP

 映画『モンスター VS エイリアン』では、登場するユニークなキャラクター”ボブ”の形状変化の表現や、立体映像のための物理計算など、ドリームワークスは新たな表現にも挑戦している。(倉地紀子)

<新しいキャラクター表現技術>
 『モンスター VS エイリアン』には“ボブ”と呼ばれるユニークなキャラクターが登場する。“胃袋”をイメージしたモンスター、ということで、様々な物体を飲み込むが、そのたびに、自分自身の形状や質感が変化する。
 その七変化をリアルに表現するため、インプリシット・サーフェスを用いてレイトレーシングするという方法を採っている。インプリシット・サーフェスの代表例としてメタボールが挙げられる。ポリゴンモデルなどからなめらかなサーフェスを生成するときに使われるほか、自然物の表現などにも用いられる。
 “ボブ”のモデリングやアニメーションでも、メタボールを用いている。8個から12個ほどのメタボールを融合させて身体の基本構造が作成されている。
 レイトレーシングを用いることで、透明度の高くピカピカしたボブの身体の質感が表現できたほか、身体の表面を反射する光や、内部で屈折・透過する光などを正確に表現できた。立体3Dに対応するためは、右目と左目からそれぞれレイを飛ばして追跡するという方法がとられた。
 ボブは、実に様々な物体を飲み込む。飲み込んだ物体を消化する際に起きる化学反応を表すための泡や煙のような効果も加えられている。通常は、こうしたボリューメトリックな表現は別途レンダリングして合成するが、今回は身体の表面をレンダリングするのと同じレイを用いてこれらの効果を算出している。デザイン的にはシンプルでありながら極端にデフォルメされたキャラクターだが、これをリアルに表現するために、あえて新しいキャラクター表現技術が導入されたという点が興味深い。
 
<エフェクト>
 『モンスター VS エイリアン』のプロジェクトにおいて、基礎技術の向上という意味でもっとも画期的なR&Dがおこなわれたのが、エフェクトの分野だった。
 特に画面全体から観客に向かって飛び込んでくるような爆発や炎の表現では、できるかぎりその細部に至るまで物理的に正確な計算をおこなっておくことが、シーン全体の真実味を高めるための鍵になる。
 ドリームワークスは、この計算処理の負荷を軽減するため、流体シミュレーションとプロシージャルな流体の表現とを融合させた新しいパイプラインを構築した。このパイプラインの基本的な考え方は、2008年のシーグラフで発表されたWavelet Turbulenceの手法に基づいている。
 この手法では、まず粗い解像度で流体シミュレーションをおこなっておき、その結果算出された大雑把な流れのベクトル場の情報を記録しておく。その一方で、細かい渦などのような流れのディテールを補うためのベクトル場を、ノイズ関数(Wavelet Noise)を用いて作成しておく。
 次に、記録されている大雑把な速度ベクトル場をWavelet展開して解析し、どこにどれだけのディテールを補うべきかを判断する。大雑把な速度ベクトル場に対して、この判断に基づいてディテールのベクトル場を加えたものが、最終的な流れのベクトル場となる。
 すべてをシミュレーションで算出するよりも遥かに計算時間を短縮でき、なおかつ従来のノイズ関数を用いた手法よりも遥かに高いリアリズムをつくりだせる点が大きな特徴といえる。Wavelet Turbulenceは実用性の高い画期的な流体シミュレーションの手法としてVFXなどの分野で注目されており、今回の『モンスター VS エイリアン』のプロジェクトはその最初の実装の場となった。
 物理シミュレーションの場合には、すべてを一度に算出しようとするとどうしても計算負加が重くなる。したがって、いくつかのレベルに分けておこなうというのは、計算時間を短縮化するための常套手段ともいえる。
 『モンスター VS エイリアン』では、橋の崩壊シーンでも計算を効率化するために同様の手段がとられた。
 橋全体を大雑把なブロックに分割して、これらのブロックが崩壊する動きを、剛体シミュレーションを用いて算出しておく。次に各ブロックがより細かく壊れていく動きを、より精密な剛体シミュレーションを用いて算出する。
 ただし、ここで問題となるのは最初の剛体シミュレーションと二番目の剛体シミュレーションをどのようにつなぎ合わせるかということだった。理想的には最初の剛体シミュレーションの結果算出された位置や回転の変化を正確に引き継いで二番目の剛体シミュレーションをおこなうことが望ましいのだが、あまりに物理的に正確な計算を行おうとすると、たとえ2つのレベルに分けたとしても、その計算負加はかなり重くなる。ゆえに多少のトリックを加えつつも見た目のリアリティを保てるように、2つのレベルのシミュレーションを融合させる方法が考えだされた。
 立体3Dの場合のエフェクトは、ダイナミックな感覚を強調するように意図されたものが多く、すべてをシミュレーションで計算しようとすると多大な計算時間が必要となる。今回考案された複数レベルに分割したシミュレーションのパイプラインは、立体3Dの今後のプロジェクトに受継がれ、そこでさらなる進化を遂げる予定という。また、今回は環境に関するエフェクトが主流だったが、今後は“人間”の表現に直結した立体3Dならではのエフェクト・パイプラインの構築も目指されているそうだ。

【画像説明】
(上から1、2、3番目)ボブ
Monsters vs. Aliens ™ & © 2009 DreamWorks Animation L.L.C. All Rights Reserved.
 ボブの身体のモデリングやアニメーションは、基本的にはメタボールが用いられた。
 身体は8個から12個ほどメタボールで構成されていたが、複雑に変化する顔の表情をつくりだすためには独自のインプリシット関数がゼロとなる地点を拾い上げて顔のサーフェースを作成した。インプリシット関数の作成では、あらかじめアーティストがセットしたメタボールにフィットさせるように、関数のパラメーターが決定される。関数の雛形も複数準備されていたようで、これによって高い自由度で顔の表情をつくりだすことが可能となったようだ。最終的にはこれらのメタボールやインプリシット・サーフェースはメッシュに変換されてレンダリング・システムに引き渡され、右目と左目の双方の視点からレイトレーシングによってレンダリングされた。

(上から4番目)Wavelet Turbulence
(c)ACM
(c)Theodore Kim, Nils Thurey, Doug James, and Markus Gross
 複雑な流体の動きをそのディテールまですべてをシミュレーションで計算しようとすると、計算時間は計り知れないほど増大する。そこで、まずは粗い解像度の流体シミュレーションをMAYAの流体機能などを用いておこなっておき、そのディテールをプロシージャルな手法(ノイズ関数)を用いて補うということがよく行われる。ただし、やみくもにディテールを補ったのでは、せっかく流体シミュレーションでつくりだした流れのリアリティが損なわれてしまう。
 SIGGRAPH2008で発表された論文“Wavelet Turbulence for Fluid Simulation”の手法は、Wavelet Noiseを用いてバンドリミテッドなディテールを作成し、シミュレーションで得られたベクトル場をWavelet展開して解析することによって物理的に正確にどこにどれだけのディテールを補うべきかを判断する。これによって流体シミュレーションによって得られた大雑把な見え方と損なうことなく、ディテールを加えることが可能となる
 画像の左半分は大雑把なシミュレーションの結果と、画像の右半分はディテールを補った結果を示している。
 『モンスター VS エイリアン』ではこの手法を導入して、画面一杯に広がる爆発やファイヤー・ボールなどが作成された。

(上から5番目)シーンのインパクトとリアリティ
 『モンスター VS エイリアン』の最大の特徴は、スケールの非常に大きなシーンが多いことだ。シーン全体をカバーする空間の距離のスケールが大きくなるほど立体3Dでの実装は難しくなるがその反面で立体3Dならではのインパクトも大きくなる。画像のシーンもそういった効果を狙った場面設定。これに続くゴールデンブリッジの崩壊シーンには2つのレベルから成る“破壊”の手法が用いられている。キャラクターは極力様式化されているが、海の作成には流体シミュレーションが、環境のレンダリングにはグローバルイルミネーションが用いられており、シーン全体のリアリティを高めている。

#interbee2019

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