【コラム】NAB SHOW 2010に見る米国放送業界事情
2010.5.17 UP
■NAB新会長 ゴードン・スミス氏 スペクトラム問題をどう乗り越えるか
今年のNABショウは、華やかな展示の一方で、放送業界に重くのしかかる「スペクトラム(帯域幅)」問題を感じずにはいられなかった。NABの新しい会長に就任したゴードン・スミス氏は、開会講演で「私は政治を知っている」と大見得を切った。これは、放送業界の難局を乗り切るに自分こそ適任者だと宣言したに等しい。
2009年に6月に懸案のアナログ停波を終えた放送業界は、息つく暇もなく再び難局に直面している。それは、FCCが発表したNational Broadband Plan(NBP:国家ブロードバンド計画)で120MHzもの帯域幅を返却するように事実上求められていることである。NBPでは、返却は任意であり、返却した局にはインセンティブを用意する計画がある、としている。しかし、その後段では、返却が120MHzに達しない場合、これだけの帯域幅を確保するためにFCCに新たな手段を与えるように議会に求めるともしており、FCCは何としても120MHzが欲しいのだと理解できる。
通信業界から「5年以内に300MHz、10年以内に500MHz寄こせ」という明確な声は出ていないが、NBPに上記のような記述を入れ込ませるだけの運動を進めてきたであろうことは容易に推察される。NBPの発表は今年3月だか、昨年4月以来編纂作業が行われてきた。レア前会長が事実上更迭された裏には、このような工作に対するNABの対応が後手に回ったこともあるとの観測もある。
■放送事業者の声を反映できるか
スミス新会長は、自身のお披露目となる開会講演で「法律の作られ方は分かっている」と自信を見せた。これは、「だから、法律を作る段階で放送事業者の声を入れよう」という意味に他ならない。スミス会長は、上院議員時代に、ネットサービスの品質を定める法律を提案した経験を持ち、自他共に認める技術通の議員であった。同氏が、今度は業界の声を法律に入れ込む立場になり、ネットサービスを実現する無線ブロードバンドによる帯域幅の奪取を防戦する立場となった。巡り合わせと言えばそれまでであるが、米国のダイナミズムを感じさせる取り合わせとも言える。
NABは、NBPについて「協力してゆく」とのコメントを発表したが、これを額面通りに受け取るわけにはいかない。ここで言う協力とは、交渉を続けるという意味で、提案に従うという意味ではない。FCCもNABも交渉が決裂し、複雑な法廷闘争が始まることを望んでいないはずだ。水面下で真剣な交渉が続けられているに違いない。
今年のNABショウの開会行事では、冒頭の国歌斉唱やカラーガードの行進といった国威発揚的行事が行われなかった。うがった見方をすれば「放送業界をないがしろにするならば、愛国心もこれまで」とのメッセージに見える。短期決戦となる本件は、年内には決着がついていると見込まれる。
(映像新聞 論説委員 杉沼浩司)