【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(5)3/3 映画『ナイト ミュージアム2』(8月13日(木)、TOHOシネマズ 日劇 他全国ロードショー配給:20世紀フォックス映画)
2009.7.28 UP
『ナイト ミュージアム2』
ダイオウイカの生々しい動き!
ワイヤー使いCGと俳優のからみをリアルに
<“ダイオウイカ”の作成>
『ナイト ミュージアム2』のプロジェクトで技術的に最も難しかったのが、 “ダイオウイカ”と呼ばれるキャラクターの作成だった。数多くの触手をうねらせ、地面に叩きつけながら動き回る様子をリアルに表現することは、並々ならぬ難しさだったようだ。実写の人間などとのからみでは極端なクローズアップで映し出されるシーンが多かったため、困難を極めたという。
最初に、キャラクターの演技がアニメーターの手作業によって作成され、次に三段階のシミュレーションを重ね合わせた触手の動きが加えられている。
この三段階のうちの第一段階では、触手のうねるような動きが作成された。この工程では触手を一本の糸と考えて、クロスシミュレーションを用いてその動きを作成している。ここで考えられている“糸”とは、パーティクル同士をバネで結んだものだ。バネが一定以上縮んだり伸びたりすると内部エネルギーは高まり、エネルギー保存を成り立たせるためにバネは定常の長さにもどろうとする。その様子をシミュレートするのがこの工程にあたる。
内部エネルギーは糸の長さだけではなく、糸の曲がり具合(バネ同士が成す角度)にも依存している。定常状態の糸ではバネは一直線上にあり、バネ同士が成す角度はすべてゼロとなっている。糸が曲がるとバネ同士が成す角度はゼロではなくなり、その角度が大きくなるほど内部エネルギーは増加する。そしてエネルギー保存を成り立たせるために、角度をゼロにもどそうとする。この様子も同時にシミュレートされるのだ。
今回のダイオウイカのアニメーションでは、この角度に依存したシミュレーションの工程に一つのアイデアが加えられた。前述したように本来はバネ同士が成す角度は、すべてゼロとなっているのが定常状態なのだが、今回はバネ同士が成す角度をあらかじめアーチストが設定し、このように設定された状態を定常状態と考えてシミュレーションを実施している。これによって、ダイオウイカが自らの意志で動いている様子をよりリアルに作り出している。
シミュレーションの第二段階では、触手にボリューメトリックな構造を与え、弾性のある変形アニメーションが作成された。第一段階で作成した触手の“糸”の周りにパーティクルをバネでつないだ6面体を張り巡らせ、このバネの伸縮をベースにしたエネルギー保存の式をもとにシミュレーションをおこなう。構造がボリューメトリックになっただけで、シミュレーションの基本的な考え方は第一段階と大差はないといえる。
第三段階は、触手の吸盤のアニメーション。吸盤を三角パッチで作成し、これらのパッチの変形がシミュレートされた。この工程はシミュレーションというよりも物理法則を考慮したプロシージャルなアニメーションと考えたほうがよさそうだ。
ダイオウイカのアニメーション制作では、周りの環境やキャラクターと干渉する部分の表現についても重視した。環境との干渉の筆頭に挙げられるのが、触手と地面との干渉だ。触手が地面の近くにある時には、地面に吸い付こうとし、触手がある程度地面から離れると、触手を放り出すように地面から遠ざける。この表現のために、触手の表面と地面との間にいくつかのバネを張り、バネが一定値以上伸びたらそのバネを断ち切ってしまうというアイデアが用いられた。
水との干渉では、周りの水の動きをパーティクル・ベースの流体シミュレーションによって作成し、ダイオウイカとパーティクルとの干渉を計算した。パーティクルからポリゴン・サーフェスを抽出し、このサーフェスをレンダリングしたものがダイオウイカの周りの水となっている。ダイオウイカの体の表面からしたたり落ちる水のしずくの作成には、runoff texture mapというテクスチャマップが作成され、これがノーマルマップとして用いられたそうだ。
主人公とのからみのシーンでは、ダイオウイカの触手の動きを模倣するワイヤーで主人公を演じるベン・ステラーの体を拘束して撮影がおこなわれた。また、ダイオウイカの体から出る粘液が主人公の顔に付着するシーンでは、特殊な液剤で覆った緑色のパッドが用いられ、後処理でこれがCGの液体に置き換えられたという。
ダイオウイカの触手同士の干渉については、8本の足の干渉を同時にシミュレーションすることも不可能ではなかったが、この方法では演出的なコントロールが難しい。今回は一本の触手の動きをシミュレーションで作成し、次の触手は1本目の触手の動きを障害物と考えてシミュレーションする、というように、1本ずつ順番にシミュレーションをして最終的なアニメーションを作っている。
ダイオウイカの表現でもう一つ忘れてはならないのが、“乾いているとき”と“潤っているとき”の見え方の変化だ。“乾いているとき”とはいってみればダイオウイカが病んでいる状態に相当し、“潤っているとき”は健康な状態に相当する。ダイオウイカが主人公に水をかけられて、その見え方が激変する様子をリアルに表現することは、演出上非常に大切だった。
このような見え方の変化をつくりだす工夫は、主にレンダリングの工程で行われた。ダイオウイカの表皮の色を決定するシェーディング・モデルは複数のレイヤーで構成されていたが、その最上部には粘液に相当する透明に近い薄い層が設置されていた。
この層は反射率や透過率が非常に高いため、レイトレーシングによってレンダリングがおこなわれた。環境の色が表皮に及ぼす影響まで正確に表現するため、間接光の影響も考慮されていたという。ライティング・アーチストは、基本的には一つのパラメーターをオン・オフすることによって、健康な状態か不健康な状態かを選択することができるようになっていた。不健康な状態の場合には、最上層の反射率が大幅に下げられ、その下の層に適用されるシェーダーも健康な皮膚の色をつくりだすシェーダーから不健康な皮膚の色をつくりだすシェーダーへと自動的に切り替えられるように設定されていた。これによって、アーチストの手を煩わすことなくダイオウイカの見え方のリアルな変化つくりだすことが可能になったという。
今回リズム&ヒューズ・スタジオがVFXを制作したのはトータルで535カット。制作期間は6カ月に及んだという。映画を観る限り、そこに登場するCGは実に楽しげにストーリーを謡い上げており、まさかこれほど複雑な技術が用いられていようとは予測する術もない。逆にいえば、CG技術の成熟があってこそ可能になった表現ともいえる。アート性と技術力ががっちりと一つに組んだパイプラインの構築が、今後はさらに重要になってきそうだ。『ナイト ミュージアム2』のVFXは、成熟期に入ったCGの映画における今後の方向性を示唆したものといえるのかもしれない。
<画像説明>
上から1、2番目:ダイオウイカのアニメーション
“ダイオウイカ”の触手のアニメーションは、触手全体の動きをつくりだすシミュレーション、触手の変形を作り出すシミュレーション、吸盤の動きをつくりだすシミュレーションの3種類のシミュレーションを重ね合わせて差作成された。また、触手と地面との干渉では、触手の表面の各点と地面の各点との間にバネを張り、バネが一定値以上伸びたらそのバネを断ち切ってしまうという仕組みが設定された。これによって、触手が地面のある程度近くにある場合には触手を使って地面に吸い付こうとし、触手が地面から一定距離以上離れてしまうと触手を遠くへ投げだすように地面から遠ざけてしまうというダイオウイカの習性をリアルに表現することが可能となった。
上から3、4番目:ダイオウイカの質感
ダイオウイカの質感を表現するためのシェーディング・モデルでは、ダイオウイカの皮膚を表す複数のレイヤーの最上部に、ダイオウイカの粘液を表す透明度の高い薄い層が重ねられていた。ダイオウイカのリアルな質感を作り出す上で非常に重要なこの層は、間接光の影響も考慮したレイトレーシングによってレンダリングされた。
映画の中では、ダイオウイカが乾ききって不健康な状態と、水をかけられて潤い健康になった状態の2種類を対照的に表現する必要があった。不健康な状態の場合には上記の粘液層の反射率を著しく下げる。同時に粘液層の下に重なっている各層にも不健康な状態と健康な状態の2種類のシェーダーが設定されており、ダイオウイカの健康状態に応じてこれらを自在に切り替えることができるようになっていた。
上から5番目:水とのインタラクション
ダイオウイカと干渉するCGの水しぶきはHoudiniのパーティクル・ベースの流体シミュレーションを用いて作成された。ただし、最終的にはこれらのパーティクルからしぶきの表面にあたるジオメトリーをポリゴンとして抽出し、このポリゴン・サーフェスをライティングおよびレンダリングするという方法がとられた。ディテールを表すための泡なども、パーティクルで加えられている。ダイオウイカの表皮を滑り落ちるしずくを表現するためには、runoff texture mapというテクスチャマップが作成され、これがノーマルマップとして用いられた。