【映像制作の現場から】映画「風が強く吹いている」 大森寿美男監督インタビュー
2009.10.31 UP
「風が強く吹いている」撮影風景
大森監督
<<箱根駅伝のキセキの物語 三浦しをんの小説を大森監督が映画化>>
映画「風が強く吹いている」(配給:松竹、10月31日(土)全国ロードショー)は、寄せ集めの大学陸上部の10人が、無謀にも<箱根駅伝>出場を目指すキセキの物語。原作は、直木賞作家・三浦しをんの同名小説。脚本・監督は大森寿美男で、初の監督作品。大森寿美男監督に、“本物”を撮るために挑んだ3年間の苦労話を聞いた。
――初監督となると、覚悟と意気込みも大きかったでしょうね。
「『走る』映像に説得力がなければ何も伝わらないと思いました。意気込みを感じる余裕はなく、大規模な箱根駅伝本選をどうやって再現すればいいのかという不安のほうが大きくて、撮影も至難と覚悟していました」
「箱根駅伝という題材に真っ向から挑み、真髄を伝えたいという思いから、どうすれば作品が成立するかスタッフと一緒にそれだけを考えていました」
<<「逃げず、ごまかさず、画の力で」見せるしかない>>
――箱根駅伝を題材とした原作の映画化ですね。
「脚本依頼の形で原作と出会いました。僕も子供の頃から箱根駅伝が好きで、いつか箱根駅伝を映画に作れたらという夢はありました」
「でも、脚本を執筆し終えても、映画化は不可能かもしれないという気持ちがどこかにありましたね。弱小チームが1年で箱根駅伝に出るなんてありえない話。それをどうやって感動までもっていくか考えた時、逃げず、ごまかさず、画の力で、それが実話であり、事実であるように見せるしかないと思いました」
「ランナーに密着する映画にしたら面白いかもしれない。そこまで作りこめたら、映画としての力が持てるという直感がありました。原作の<語る>箱根駅伝を、<見せる>力で凌駕しなければ…と」
<<「走り」の成長が見えるようにする鍛錬が絶対条件だった>>
――<見せる>ためにどこに焦点をあてられたのですか?
「10人が1本のタスキをつなぐ話ですから、1人でも目立たない人がいると、価値が薄れます。とにかく10人の生活を画で<見せる>ことにしました。キャラクターを<見せ>ていけば、多くを語らずとも、映画として成立できるはず、と。本選撮影で時間がかかるのは台本の段階で解っていましたが、どうやって彼らが箱根に立ち向かっていくかを表現するのが一番難しかったですね」
「本選までを簡潔に描くと、苦もなく出場したようになってしまう。でも、彼らの『走り』が成長していれば、省いた時間に乗って見ていける。その為には、予選会の時の『走り』が見違えるようになっていなければなりません。箱根駅伝に出る選手のレベルの『走り』に見えるようになるまで、芝居の前に鍛錬してもらうことが重要かつ絶対条件でした」
――俳優が『走り』のトレーニングを始めると同時にクランクインし、無謀な夢に挑戦する若者たちが育っていく姿を撮っていかれたのですね。
「最初に、劇中の夏合宿のシーンを実際に合宿しながら撮りました。その後、冬のクランクインまでの半年間で、個別に体形作りのトレーニングを続けてもらいました。当初は、およそ長距離走者には見えない走りかたでしたからね、一瞬、絶望感におそわれました(笑)」
――その状態から、筋肉や走りかたを習得していったのは彼らの努力の賜物ですね。
「陸上競技専門のランニングコーチをつけました。演技で長距離ランナーのフォームは作れない、長距離ランナーになるしかない、とにかく走りこむ、そうすれば身体が自然に合理的にフォームを作っていくと言われました」
「目線や腕の振りかた、足の出しかたなど技術的なことは教わりましたが、役者が映画で見せたフォームは、走りこみをしていく中で、彼らの身体が自然に習得して作りあげたものです」
「それがまた、林君(カケル:林遣都)は本物のランナーよりも完璧で美しい。林君の『走り』が手に入ったこと、映画でその『走り』が見せられたことで、映画も成立したかなと。それにしてもここまで見事にそれぞれのキャラクターにハマるとは思いませんでした(笑)」
<<撮影許可を取るため日々奔走 全国のフィルムコミッションに相談>>
――ロケ地は日本全国各地にわたっています。ご苦労も多かったでしょうね。
「撮影の苦労は一番印象深いです。まず道と人ですね。制作部は撮影許可を取るために奔走する日々が続きました」
「国道15号、134号、1号にわたる箱根駅伝10区間全217.9km、東京の大手町と箱根の芦ノ湖畔往復という実際のコースの道はまったく使えませんでした。予選会会場の昭和記念公園、鶴見、小田原、芦ノ湖の各中継所は、撮影許可がとれましたが、交通量の多い主要国道の上下線を、一時的にとはいえ、封鎖して撮影することができなかったので、道をどうするかが大問題でした」
「とにかくエキストラが集ってくれて、交通規制に協力してもらえる場所をということで、全国のフィルムコミッションに相談しながら探しました。北九州、福岡、大分が熱意を示してくれたので撮影できましたが、33日のべ3万人のエキストラに<応援>という演技指導した助監督たちも演出部も大変だったと思う」
<<9台の35㍉カメラ、10台のHDカメラ、のべ40台のカメラを駆使>>
――走りの臨場感を収めるための技術、そしてリハなし、本番1回での撮影に挑戦ということで、テストを重ねられたと伺いました。
「どのスピードで、どの角度から、どの距離で、どう撮るか考えなければなりませんからね。秒速5.5mで走るランナーの表情を撮るために、数台のカメラを搭載した車両も工夫しました。35ミリのフィルムも9台ぐらい使っています」
「HDも10台ぐらい。35ミリはポジションを決めて、そこから一発ねらい。あれだけの距離ですから、全部で40箇所ぐらい、移動しながら撮っていきました。HDは人ごみの中で臨機応変に、選手のアップや観客の熱気を撮りました。予選会と本選あわせてカメラは40台ぐらい使いました」
「一流のカメラマンに集っていただいたので、とても贅沢な撮影でした。撮影協会の全面的な協力なくしては、この映画はとれなかったですね」
――ヘリからの空撮映像や実景撮影もありました。
「空撮は、実際の箱根駅伝の中継をしている会社に依頼し、本選を撮影しているカメラと競合しながら撮りました。実景撮影を入れたのは、僕らの手作り分だけでは、箱根駅伝のスケールまで表現しきれないと思ったからです」
「実景撮影と僕らが作った映像とを、境目がないように巧く組み合わせてスケール感を出すという命題が最初からありましたから、その点は最も神経を使いました。走る選手をカメラ・パーンで撮るとき、選手が聴く歓声や、呼吸、足音も同時に録りたくて、録音部もマイクを持って走っていましたよ、ランナーと一緒に(笑)」
<<どんな人生にもあてはまる「互いの力を引き出す絆」>>
――本作の見どころ、及び、テーマは?
「『走り』にすべてをこめました。最後に、カケルの言う言葉がこの映画のテーマそのものです。駅伝はチームプレイだけど、走る時は1人。そこが駅伝の特徴であり魅力だと思います」
「僕らの人生でも、最も大事な絆は、人に頼ったり、救いを求めたりするのではなく、互いの力を引き出しあうような絆だと思います。どんな人生にもあてはまる絆のありかたみたいなものを、この作品から感じとってもらえるといいなと思っています」
――では最後に、ご自身は、走るのはお好きですか?
「走るのは苦手で、走れないですけど、好きか嫌いかと問われたら好き。走るのは好きですね(笑)」
(取材・文=横堀朱美)
(c)2009「風が強く吹いている」製作委員会
配給:松竹
10月31日(土)全国ロードショー
「風が強く吹いている」撮影風景
大森監督