【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(3)1/2 映画「アイス・エイジ3/ティラノのおとしもの」(09年公開、配給:20世紀フォックス映画、7/25(土)より全国ロードショー)

2009.6.29 UP

映画「アイス・エイジ3/ティラノのおとしもの」
ブルースカイ・スタジオが真骨頂を発揮
プロシージャルな計算手法をさらに進化

 人気アニメーション・シリーズ『アイス・エイジ』(02年、2は06年公開)の新作『アイス・エイジ3/ティラノのおとしもの』が、7月25日に公開となる(20世紀フォックス映画 配給、全国ロードショー)。新たに立体3Dという要素も加わり、映像表現の面でも数多くの試行錯誤がなされた。本作品を制作したブルースカイ・スタジオ(Blue Sky Studio)のスーパーバイザーらとのインタビューを通して、新たに導入された技術的工夫の数々を紹介する。

<ブルースカイ・スタジオとは>
 今や、ピクサー社やドリームワークス社と並ぶ3DCGアニメーションスタジオの大御所とも称されるまでになったブルースカイ・スタジオ。80年代から米ニューヨークを拠点に、テレビCMや実写映画のVFX制作を行ってきた。3DCG映画制作へ移行する転機となったのは、1998年に『バニー(Bunny)』という3DCGショートフィルムを自社製作したことだ。アカデミーも受賞したこの作品は、短編小説を思わせる奥深いストーリーとブルースカイ・スタジオが得意とするレンダリング技術を駆使した味わいのある描写で大きな話題となった。
 これがきっかけとなり、同社はその後20世紀フォックス社との提携もとで、『アイス・エイジ』『ロボッツ』(05年)、『アイス・エイジ2』、『ホートン ふしぎな世界のダレダーレ』(08年)など、サンフランシスコやロサンゼルスなど、西海岸の大手プロダクションが手掛ける作品とはまた、一味違った3DCG映画のヒット作を生み出し続けている。
 同社は技術的にもユニークな方向性を目指してきた。ピクサー社をはじめ、ディズニー映画の影響を受けてきたCG制作プロダクションは、アーティストによる手作業が軸となってきた。これに対して、ブルースカイ・スタジオでは、アーティストの手作業をプログラムによる自動計算に置き換える、“プロシージャル”と呼ばれる方法をスタジオ設立当初から積極的に取り入れてきた。
 この代表例ともいえるのが、レイトレーシングの計算用に同社が開発したインハウスツール「レイトレーサー」だ。レイトレーシングは、物理的に正確に光の経路を追跡する計算法で、3DCGのレンダリング手法として利用されることがある。計算のための光の経路の数を増やすほどリアルな表現ができるが、その反面、計算の量が膨大となり計算時間がかかる手法とされてきた。そのため、これまでは時間的な制約が常に求められる映画のCG制作で用いられることはなかった。多くは、レイトレーシングほどの計算を必要としない計算手順でレイトレーシングに近い効果がもたらされる方法を編み出すという方法が、各プロダクションによって工夫されてきた。
 しかし、ブルースカイ・スタジオは80年代の設立当初から、「レイトレーサー」を一貫して使い続けてきた。これには、ブルースカイ・スタジオのアーティストとツールに対する一貫したフィロソフィーが関係している。すなわち、ツールとは、アーティストが本来の本領を発揮する作業に集中するためのものであり、コンピューターが計算によって処理できる部分については、極力インハウスのシステムで行おうというものだ。レイトレーシングの代わりになる表現をアーティストが手作業で行う作業は、アーティストが本来すべき作業とはいえないということだ。
 こうした考えから、ブルースカイ・スタジオはレイトレーサーのほかにも、風化をシミュレートするシステムや森や野原を自動生成するシステムなど、自然界の法則がつくりだす現象をプログラムによってシミュレートするインハウスのシステムを構築していった。2008年ごろからは映画制作やゲーム制作の分野において“プロシージャル”という言葉が聞かれるようになり、2009年になると映画のVFXでもレイトレーシングが用いられるケースが急激に増えてきた。ブルースカイ・スタジオ社のフィロソフィーは時代を先取りしたものだったともいえるだろう。
 2009年はまた、立体3D映画の豊作の年にあたる。それは、本作品を製作した20世紀フォックスや、ディズニー、ソニー・ピクチャーズなどといった映画の製作スタジオ間で熾烈な戦いが始まったことも意味している。当然、製作スタジオから仕事を受けるCG制作プロダクションにとっても、他のプロダクションとの「差別化」が求められることになる。
 各プロダクションはまず、各社が得意とする表現手法を3D立体映像で実現することを進めている。ブルースカイ・スタジオ社の「レイトレーサー」もまた、3D立体の映像制作で生かされることが大きなチャレンジとなった。

<毛の表現>
 プロシージャルな計算手法を用いて、レイトレーシングを長編映画で実現したブルースカイ・スタジオ。同社が、この技術を最大限に生かしているのが毛髪の表現だ。
 一本や二本といった数ではなく、動物の体毛や人の頭髪のように密集した毛を表すのもまた、レイトレーシングと同様に膨大な計算量を要するため、CGにとっては長年、苦手な分野とされてきた。ここでも多くの場合は、計算効率を高めるための工夫がなされてきた。そういった手法の一つとして、密集した毛をレンダリングするには、毛の密度をもとにしたボリューム・レンダリングがある。
 しかし、ブルースカイ・スタジオは、毛一本一本をレイトレーシングによって物理的に正確にレンダリングしている。厳密に毛一本一本をレンダリングしていては途方もない計算時間となるため、ここで一工夫が加えられている。
 それは、計算する対象となる空間全体を細かい6面体(ボクセル)に分割し、各ボクセルに毛の物理的特徴を平均化した情報を記憶させ、その情報をもとにレイトレーシングをするという手法だ。平均化した情報には、毛の法線方向や、毛の表面や内部での光の散乱の特徴なども含まれている。これによって、計算が効率化されながら、毛と光のインタラクション(反射・屈折)や毛が毛に落とす影、モーションブラーの効果なども正確に表現することができる。
 この手法は『アイス・エイジ2』で開発されたものがベースとなっているが、今回は、3D立体映画であるため、右目用と左目用の両方の画像を生成しなくてはならないため、単純にに考えれば計算は倍になる。そこで、計算負荷を軽減するため、座標計算を一回だけ行い、その座標に基づいたボクセル構造から、右目用・左目用それぞれのレイトレーシングをしている。
 ボクセルを用いているために、アニメーションによって変化する毛髪の動きを反映させやすい点も大きな利点だ。動物の動きや表情の変化などによる皮膚の変形による、毛髪の法線方向の変化などを、ボクセルに記憶されている情報をアップデートすることで、毛髪のレンダリング時に、自動的に反映できる。
 さらに、環境やキャラクターの個性に応じて毛髪の動きをコントロールできるようになった。本作品では、毛髪がチャーミングポイントとなる新たなキャラクターも登場し、環境も以前に増して変化に富んでおり、多様なコントロールが演出に生かされている。
 毛髪の動きをコントロールする手段として、毛の周り設定したベクトル場を利用する方法がある。これは環境の変化に毛髪の動きを対応させるためのもの。風や水などの影響については、流体シミュレーションによって作成されたベクトル場が設定され、生い茂った木の葉の影響は、ノイズ関数を用いたベクトル場が用いられた。
 また、毛髪の動きでキャラクターの個性を表現するために、ガイドへアという方法が用いられた。これは、毛髪を意図的に曲げたり伸ばしたりする「デフォーマー」の役割を果たすもの。ガイドヘアは、各キャラクターごとにルールが決められ、キャラクターの動きに対して、このルールに基づいた毛髪の動きが生み出された。特にマンモスなどの長い毛の動きの特徴を作り出す上で非常に効果的だったという。


【画像説明】
(メイン画像)
(c)2009 TWENTIETH CENTURY FOX

(人物写真)映画『アイス・エイジ3/ティラノのおとしもの』のCG制作に携わったブルースカイ・スタジオのアーティスト。右からCG SuptervisorのBryan Useo氏、Hair SupervisorのEric Maure氏の2人。今回、このほか、Materials SupervisorのBrian Hill氏からもお話を伺っている。

(写真上から3、4番目)スクラットとスクラッティ
 ブルースカイ・スタジオのボクセルを用いた毛のレイトレーシングは、毛が生えている表面の動きに非常にうまく対応できる。特に動きの激しいスクラットの尻尾の毛の表現などには非常に効果的だ。今回はストーリーの要となる新キャラクターのスクラッティも登場する。各キャラクターの個性をつくりだすために、毛の表現の多様化にも力が注がれた。
(c)2009 TWENTIETH CENTURY FOX


(写真上から5番目)マンモスの毛
 3Dステレオならではのダイナミックでインパクトのある毛の見え方をつくりだすことも本作品での技術的なテーマの一つだった。そのためには、毛を意図的に曲げたり伸ばしたりするためのデフォーマー(ガイドへア)が用いられた。ガイドへアにはそれぞれの動物独自の変形のルールが設定されていたが、同時にアーティストがパラメーターを用いてコントロールすることもできるようになっていた。一本一本の毛の変形は、最近傍にあるガイドへアの動きに沿って自動的に算出された。この方法は、特にマンモスの長い毛の動きの変化をつくりだすために、非常に効果的だったという。
(c)2009 TWENTIETH CENTURY FOX

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