【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(7)『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』2/2(20世紀フォックス映画 配給、9月11日(金)よりTOHO シネマズ日劇他全国ROADSHOW)
2009.9.2 UP
戦闘シーンでの背景の兵士は、Massiveを用いている
本編で活躍するミュータントたちの若き姿も登場
巨漢ブロブの弾性のある体は特殊なスーツを着用して撮影された
実写のモデル(ライス役)から骨格に置き換え、消滅するシーン
<<150年にわたる”戦い”をたどる回想シーン>>
映画の冒頭に登場するローガンの回想シーンは、今回のVFX制作で苦労した点の一つだという。ローガンは19世紀後半から150年にわたって生き続けており、その大半を戦場で過ごしてきた。
そのため、回想シーンはアメリカ独立戦争にはじまって、南北戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦、ベトナム戦争といった具合に、ありとあらゆる歴史的な戦争のシーンが登場する。シーンの舞台も、アメリカだけでなく、ドイツ、フランス、ハワイ、ベトナムと実に多彩だ。
ローガンとビクター兄弟の演技こそスタジオ撮影されたものの、その他ほとんどの要素はCGで作成されている。一見、実写の合成かと思われる環境に関しても、空・大地・海岸・森林といった要素が、かなり細かく造り込まれている。背景の兵隊なども、Massiveによる群れのシミュレーションで作成された。
それぞれの時代の雰囲気を出すため、ライティングに細心の注意がなされたという。流れるようなアニメーションで、ディテールにまで目が行き渡らないのだが、非常に贅沢なVFXシーケンスだったといえる。
<<現実では想像不可能な規模のクライマックス爆破シーン>>
終盤、離島に建てられたミュータント実験のための施設の爆発シーンがある。島の面積の半分近くをしめる広大な施設を爆破するというというであり、そうした規模での爆発は、現実では想像のつかないシーンでもあり、技術的に最も困難なものだったようだ。
規模が大きいため、セットはブロックのように各部分に分解して作成されたが、それでも、各セットが300mに及ぶ大掛かりな構造物になったという。これらのセットを用いて俳優の演技が撮影されたが、最終的な環境は、ほとんどすべてCGで置き換えられた。ビルのみならず、空・海・荒野といった環境もCGで精緻に制作されている。
<<アートとリアリズムの両立目指した”荘厳な日没”シーン>>
このシーンにおけるライティングについて監督は「この世の終焉を思わせるような」荘厳な日没のシーンを思い描いていたというが、実写で理想通りの映像をすぐに撮影することは難しい。そのため、CGで監督の希望通りの日没のシーンを描くため、アート性と現実の世界のリアリズムとを兼ね備えたライティングが工夫された。様々な既存の参照映像を参考にしたほか、写真を用いたイメージベースド・ライティングの手法も部分的に導入されたという。
フルCGで描かれている映像の中でも、ビルが破壊されるシーンでは、剛体シミュレーションを用いている点で特徴的だ。細部における表現でリアルな表現を追い込む工夫もされている。ソフトボディ・シミュレーション(変形シミュレーション)の手法もその一つだ。
<<飛び散る破片と人とのインタラクション>>
同技術を用いた映像の中でも、破壊によって飛び散るコンクリートの破片(CG)が、実写の人間の演技で密接に関係するシーンは、最も挑戦的な映像だったといえるだろう。
映画のラストにおいて、主役のローガンをめがけて飛んできたコンクリートの大きな塊を、中空に飛ぶガンビットが打ち砕いてローガンを助けるシーン。コンクリートの固まりが割れて飛び散るアニメーションは、すべてCGであり、いずれも物理シミュレーションによって作成されている。この破片の動きが、ヒュー・ジャックマンが演じるローガンやスタントが演じるガンビットの演技となじむようにするため、実写を検証しながら手作業で動きを作り出したという。
<<”演技をする人”への長い道のり>>
映画においては、リアリティを感じさせるためのシミュレーションと演出的なコントロールをバランス良く制御することが重要になってきている。CG表現による「驚き」よりも、ストーリーにあわせた演出の中で、コスト面、効率面も含めてCGを含めたVFXをどのように用いるかを検討するという方向に変わりつつある。
そのため、VFXはより視覚的に目立たない部分の効果技術になってきている。演出意図を映像に反映するための技術、という意味では本来あるべき姿ともいえるだろう。
今回の映画プロジェクトでは、環境やライティングのほとんどをCGで置き換えたシーンでも、人間に関してはCGでは置き換えていない。VFXスーパーバイザーのパット・マクラング氏は、「デジタル・ダブル(CGで実写に人間を置き換える技術)の不完全さを痛感した」という。デジタル・ダブルそのものはすでに映画のVFX技術の一つとして定着してきているが、演出的な要素を盛り込むということになると、まだ開発の余地があるようだ。
実写における3D立体映像の導入もはじまっているが、ここでも人の撮影が大きなテーマとなりつつあるようだ。人間をCGで表現するということは、やはり究極のテーマなのかもしれない。
戦闘シーンでの背景の兵士は、Massiveを用いている
本編で活躍するミュータントたちの若き姿も登場
巨漢ブロブの弾性のある体は特殊なスーツを着用して撮影された
実写のモデル(ライス役)から骨格に置き換え、消滅するシーン