【ハリウッド報告】マイケル・ジャクソン ドキュメンタリー映画「THIS IS IT」のVFXを日本人クリエイターが担当!!
2009.11.9 UP
This Is Itを上映したLAのRegalTheater
14スクリーンすべてで上映された
映画の中でも登場するノキア・シアター
"ポップスの帝王"マイケル・ジャクソン(以降、MJと表記)が、7月にロンドンで公演を予定していた「THIS IS IT」。延べ50公演が予定されており、イギリスでの「ラスト・カーテンコール」とも謳われた一大イベントであったが、今年6月25日の急逝によって、大変残念ながら幻となってしまった、このロンドン公演。
そのロンドン公演のリハーサル風景が編集され、映画という形で公の前に姿を現す形になった「THIS IS IT」が10月28日より全世界同時公開となった。日本でご覧になられた読者の方も多い事だろう。
<<ロンドン公演のVFX制作を担当した日本人アーチストがいた!>>
幻となったロンドン公演では、大掛かりな演出が盛り込まれていた。巨大スクリーンに映写される映像は、一部にメガネを掛けると3Dになるデジタル立体方式も含まれ、これらの映像と絡めた舞台演出が予定されていた。
そのためのVFX制作が進められ、その作業はハリウッドの複数のエフェクト・ハウスに発注されていた。
その中で、サンタモニカにあるエフェクト・ハウス、EntityFXにて、ロンドン公演の映像制作プロジェクトに参加していた日本人アーティスト、平野淳司氏にお話を伺ってみた。以下は、平野氏のコメントをまとめたものである。(取材・鍋潤太郎)
<<コンサートで使用されるはずだったVFXを担当>>
EntityFXが参加したのは、7月にロンドンで開催される予定だった「This Is It」のコンサートの中で、舞台演出の一環として曲の途中やオープニング等でステージ後方の巨大スクリーンに映写される映像のVFXでした。
制作は極秘で進めめられ、「公開までは友人や家族に話すことも禁止、facebookなどのSNSで話題にすることも自重するように」とのことでした。
制作期間は後になって伸びたものの、当初は2週間と言われ、非常に厳しいスケジュールでした。3Dアーティストは主に4名で進められ、途中2~3名がヘルプすることもありました。
私の担当ショットは、「Smooth Criminal」「They don't care about us」という2曲のVFX、そしてコンサートで部分的に使用予定だった立体映像のCGでした。これは、ある曲で観客が一斉に3Dメガネを掛けると、背景の大型スクリーンが立体映像になり、ステージ上と一体化したような臨場感を演出するものでした。
まず「Smooth Criminal」では、シカゴのギャングが機関銃で電光看板を打つと、残った電球が曲名"smooth criminal"の文字に成るところ、シカゴの街にMJやダンサーの影が投影されるところ、そしてMJがガラスを付き破って飛び出してくるところ等、複数ショットを担当しました。
シカゴの街は、クライアントから「一目でシカゴだと分かるような街並みに」というリクエストがあり、しかも1930年代頃の雰囲気を出して欲しいという事でした。そこで、教会のような装飾を持ったトリビューン・タワーと、時計塔のあるリグレー・ビル等を入れ、シカゴ出身の人が見て「これは、シカゴだ」と認識出来るようにしました。
実は、「空にヘリコプターを飛ばそう」というアイデアもあったのですが、1930当時にヘリコプターは実在していないので、代わりに飛行船を入れるという事で落ち着きました。これは映画の中でも確認出来ますので、是非チェックしてみてください。
ビル街に投影されるMJとダンサー達の影は、MJとバックダンサーの踊っている姿を、実際に撮影し、黒い影に見えるようにデジタルで加工し、CGで表現しています。
MJがガラスを付き破って飛び出してくるシーンは、約1.5mほどの台の上からスタントマンがジャンプして撮影され、撮影にはファントムという高速度カメラが使われています。そこに、MAYAの「Blastcode」というプラグインを使用してガラスの破片を制作しました。
「They don't care about us」では、兵士の衣装を着た11人のダンサーを1100人に増やすというVFXがあり、いくつかの列ごとに撮影されたものから、一人づつ兵士を取り出した映像を準備し、3Dで配置して沢山いるように見せています。兵士ショットは全部で6~7だったと思いますが、私はガラスを付き破るショットのエフェクトに専念する事になり、ここでは2~3ショットをだけを担当しました。
また、映画ではエンドクレジットの後に登場するので見逃しがちですが、女の子がビーチボール大の地球を抱きしめ「地球を治癒しましょう」というMJのメッセージが出るシーンがあります。
これは、Entityが担当した唯一の立体ショットでした。映画の中では立体ではありませんが、コンサートでは立体映像で、特別に使用される予定だったものです。読者の皆さんには、エンドクレジットが始まっても席を立たず、是非ともこのシーンを見届けて頂ければと思います。子供好き、そして地球を愛するMJが、とても大切にしていたショットです。
<<MJが亡くなった時、作業はまだ追い込み中だった>>
締め切りまで、残りわずか1週間と迫り、最後のラスト・スパートに向け、みんな気持ちを引き締め直した時でした。ちょうど、お昼頃(1時頃)にMJが亡くなったというニュースが入ってきました。
最初は同僚から聞いて、英語の聞き間違いか、単なる冗談だと思いました。その後すぐに、プロデューサーがやってきて「あくまで噂だが」という形でみんなに話してくれたので、冗談では無い事がわかりました。
しかし、その時点では死亡の正式な確認は取れておらず、クライアントからも連絡は無かったので、そのまま作業を続けるように、という事でした。
その後は、スタッフ達はインターネットを使ってニュースを検索していましたが、その時点ではTMZというゴシップサイトでの死亡記事だけが、すべてのニュースの出所となっていました。他のニュースサイトでは、「救急車で運ばれた」という事実だけしか報道されていませんでした。
あともう少しで作業が終わりだと、すこし晴れやかな気分で昼食に出かけていたグループも、レストランでニュースを知り、ショックをうけた様子で帰ってきました。
特にスーパーバイザーは、MJが好きで、撮影にも立ち会っていた事もあり大変ショックを受けていた様子で、自分の気持ちの持って行きようがなく、仕事になかなか集中できなかったようです。
しばらくは、みんな休憩所に集まっては、不安げにプロジェクトの行方について話したり、インターネットでニュースの更新を確認したりしていましたが、中には数人の友達やガールフレンドに連絡して、状況を話している人もいました。
もう少しで完成で、何より「ビッグ・スターの復帰コンサートに花を飾る」という大役が流れてしまったかもしれないということで、みんなショックは隠せないようでした。
締め切りに変更があった訳では無いので、数十分後には作業を再開しましたが、みな若干集中力には欠けていたようです。
仮に、もしも亡くなったとしても「何らかの形で映像が公開される可能性がある」ということで、社内的には作業は継続される見通しでした。
翌日になって、MJの死去が確認されました。クライアント側も混乱があり、調節がつくまでプロジェクトは一次中止という事になりました。
しかしながら、社内で、そこまで作った映像を一通り整理し、まとめる作業が行われました。
後日、プロジェクトは再開となり、残りの作業を完了させ、納品となりました。
<<結果的に映画の中で使用され、MJに恩返しが出来た>>
個人的な事ですが、自分の担当ショットで、最初MJのダンスを見た時に驚いたのは、若かりし日と比べても全く見劣りしないダンスを踊っていたことです。映画を見てもわかると思いますが、50歳でこの動きは驚異的で、彼の体調が気になってしまう程でした。
ダンスには、彼のプロ意識を感じさせられ、ロンドンのコンサートが行われたら、彼のブームが再び起こるかもしれないと思いました。私が中、高時代に楽しませてもらったお礼に、MJに自分たちの映像を見てもらいたかったです。
おこがましい事ですが、「きっと彼なら気に入ってもらえるだろう。喜んでもらえる事で、何らかのお返しになるのでは」と思っていたのですが、コンサートの中止でそれが達成されず、残念に思っていました。
しかしながら、映画「This Is It」の予告編が公開された時、彼のリハーサルで、自分たちの初期のバージョンの映像が使われていることがわかりました。また、最終的にEntityFXが参加した殆どのショットが映画の中でも採用されていました。
それを見て、「MJもあの映像を見てくれていたのだ」とわかり、多少救われた気分になれました。
最後に、このような形で、この「This Is It」に関われた事を、大変誇りに感じています。そして、MJのご冥福を心からお祈りしたいと思います。
【平野淳司 (ひらの じゅんじ)氏プロフィール】
VFX 3D Artist Entity FX Inc.
1967年生まれ、岡山県出身。岡山職業訓練短期大学校(現:ポリテクノカレッジ)工業工芸デザイン科卒。卒業後は、工業イラストレーション、PCサポート業務などを経験した後、2002年にLAへ語学留学。並行してデジタル・ハリウッド・サンタモニカ校でMayaを学ぶ。
卒業後、Entity FX Inc.に入社し、現在に至る。2008年にはFox系列の番組Sport Scienceでエミー賞を受賞。
This Is Itを上映したLAのRegalTheater
14スクリーンすべてで上映された
映画の中でも登場するノキア・シアター