【コラム】放送・通信 融合の新たな試みハイブリッド・キャスト(Hybridcast) 多重化、同期の課題を克服
2011.6.5 UP
同期に関する説明パネル
■放送の「同報性」と通信の「個別対応」、両方の利点を一つのコンテンツに
5月に実施されたNHK放送技術研究所(技研)の公開では、放送と通信の連携を目指す「Hybridcast」が大きな進展を見せていた。Hybridcastは、放送の持つ同報性等の性質と通信の持つ個別対応等の性質の両方を一つのコンテンツの上で活用し実現するための体系である。放送とは電波を用いたものに限らず、不特定多数に向けて種々のメディア(電波、ケーブル、IP)に乗せて送られるものを意味する。一方、通信は、事実上はインターネット経由の通信を意味している。
放送の側で流されるのは、古典的な番組と考えて良い。一方、通信から提供されるのは、番組関連付加情報とされる。現行もしくは予想されているサービス(番組情報、データベース、SNS)もあれば、まだ姿のないサービスも含まれ、これらをまとめて番組関連付加情報としている。視聴者から放送事業者等への返信は通信を介して行われ、ここを通るのはCGM(Consumer Generated Media)やSNSが考えられている。こちらも、全くの新しいサービスが登場する可能性はある。
このような放送、通信の双方を通って到達する情報が、効果的に利用されるために必要な機構を考えたのがHybridcastであると言える。ここで必要となるのは、(放送、通信の)同期再生技術、(同)携帯端末連携技術、コンテンツ管理・配信技術、コンテンツの権利保護と視聴者の個人用法保護の両技術の4分野である。今年は、この中でも同期再生技術について大きな進展が見られた。
■多重化、同期の課題を乗り越え、マルチビューを実現
放送と通信では伝達遅延が異なるため、コンテンツの中で両方を効果的に使うためには同期が必要となる。また、通信ではIPの利用が一般的であることから、IPを放送と通信の双方の世界にいかに収容するか(多重化技術)も課題となる。
今年は、多重化、同期の双方で実証的な方式が構築され、デモに結びついていた。特に、多重化については、TS(トランスポート・ストリーム)を通信側のIPで伝送する方法と、放送、通信ともIPで伝送する方法の2種類が作られた。また、その上に同期制御を実現するプロトコルが作られ実装された。
同期制御の実例としてデモされたのは「マルチビュー」だ。野球の試合を、通常放送の映像(電波経由)に加えて、1塁側カメラ、3塁側カメラといった特定のテーマに基づいた映像がディスプレイに現れる。視聴者は、この中から希望のコンテンツを選択する。放送経由と通信経由で到達時刻は異なるが、開発された同期方式により、画面間にズレが生ずることなく表示される。
マルチビュー自体は、以前より提案されておりDVDやデジタル放送での実現がうたわれた時期もあった。しかし、DVDではほとんど実現されておらず、またデジタル放送でも伝送容量上の制約からHD画質で複数視点の伝送が行えないこともあって、ほとんど実施されていない。しかし、別チャンネル(別視点)の伝送を通信に任せれば、電波側の伝送容量に関係なくマルチチャンネルを実施できる。野球中継は、一つの例にすぎず、多くのコンテンツでのマルチビュー化が期待できる。
一つのコンテンツが、放送と通信の双方を利用して成立するならば、これはもう連携ではなく融合と呼べるだろう。Hybridcastによって、ついに放送と通信の融合が現実的な姿を見せはじめた。(映像新聞 論説委員 杉沼浩司)
同期に関する説明パネル