【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】映画『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』VFX スーパーバイザー ILM スコット・ファーラー氏に聞く(1)「新たな3D映画の幕開け」

2011.8.22 UP

映画『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』より
VFXスーパーバイザーのスコット・ファーラー氏

VFXスーパーバイザーのスコット・ファーラー氏

左目と右目の両方の映像に別個にVFXを作成した

左目と右目の両方の映像に別個にVFXを作成した

ビルの表現には物理的な正確さが追求された

ビルの表現には物理的な正確さが追求された

精緻な表現がリアリティを作り出す

精緻な表現がリアリティを作り出す

 6月の全米公開を皮切りに、世界各地で驚異的な興行成績を残してきた『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』が、いよいよ日本でも公開となった。なんといってもその最大の見所は、怒涛のように押し寄せる圧倒的なスピード感とスケール感の映像の連続だといえる。前二作品でマイケル・ベイ監督(Michael Bay)の絶対的な信頼を得たILMは、今回同監督が目指した“新たな立体3D映画の幕開け”を飾るべく果敢な挑戦に挑んだ。ここではVFX スーパーバイザーを務めたILMのスコット・ファーラー氏(Scott Farrar)とのインタビューを通して、本作品における技術的チャレンジの数々を順に紹介してゆく。(倉地紀子)

 
1-1. 新たな立体3D映画の幕開けを目指して
 2009年公開の映画『アバター』以降、実に数多くの立体3D実写映画が登場するようになったが、果たしてこれらが『アバター』の登場を超えるインパクトを観客に与えることができたかというと、そこには疑問の余地があった。映画『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』においてマイケル・ベイ監督が目指したのは、まさに実写映画における立体3Dの効果を、これまでとは全く違った新たな次元に引き上げることだった。そしてこのような監督の意向を全面的にサポートすることが、ILMにとっても最大のチャレンジとなったのだった。

■右目用データ、左目用データのそれぞれにVFXを作成
 『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』では、特殊な撮影方法を必要とするシーン(上空からの撮影や激しい衝撃からカメラを保護しながら撮影する必要のあるシーンなど)以外はすべて立体3Dで撮影された。立体3D撮影をおこなうカメラ(stereo vision dual camera rig)では、入射光を2方向に分け、左右に視差を設けて撮影する。左右それぞれの撮影部には既存の動画用カメラが用いられ、今回はソニーのHD カメラが使用された。つまりこの撮影ではシーンを左目で見たデータと右目で見たデータの両者が記録されるわけで、今回ILMは、立体3Dで撮影されたすべてのシーンに対して、左目で見たデータと右目で見たデータに分けたままの状態でVFXを作成した。
 実際のところ『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』におけるVFXとは、撮影データを“加工”するというよりも、実質的には撮影データを参照してゼロからCGで作成したものがほとんどだった。撮影はおこなわれているものの、最終的にスクリーンに表われるのはフルCG映像というシーンが実に多いのだ。したがって、レイアウトやシーンのジオメトリーの作成にはじまって、アニメーション、ライティング、レンダリング、さらにロトスコープや合成にいたるまで、すべての工程の作業を左目と右目の両者の視点でおこなう必要があった。

 マイケル・ベイ監督が最も強く意識したのは、これまでにない立体3Dならではの効果を実現することで、今回ILMは立体3Dで撮影されたすべてのシーンに対して、左目からシーンを捉えたデータと右目からシーンを捉えたデータに分けたままの状態でVFXを作成した。ILMが作成したVFXとは、実質的には撮影データを参照してゼロからCGで作成したものがほとんどであったため、レイアウトやシーンのジオメトリーの作成にはじまって、アニメーション、ライティング、レンダリング、さらにロトスコープや合成にいたるまで、すべての工程の作業を左目と右目の両者の視点でおこなう必要があり、ポスト・プロダクションの作業量は倍増したという。

■物理的な正確さを徹底的に追求
 右目用と左目用のそれぞれを別の作業で進めるためには、撮影時点でより大量のデータをより高い精度で収集しておかねばならなかった。さらに、ポスト・プロダクションではまさにこれまでの倍の作業を同じ制作期間内で完結させなければならなかった。加えて今回の作品では、ライティングやレンダリングに関して、前作とは比較にならないほど物理的に正確な技法が多用されており、その結果平均して1フレームあたりのレンダリング時間は片目だけで前作の8倍にも及んだそうだ。しかし、物理的に正確さでは究極ともいえるこの方法論は、監督がいかに極端な演出やカメラワークを提示しても、常に真実味のある奥行き感をもった映像を生成することができ、それは未だかつてない新たな映像体験を現実のものとする上で、非常に大きな意義をもっていたようだ。


1-2. 摩天楼を含むシカゴの街をフルCGで再現
 『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』のストーリーの大部分はシカゴの街で展開するのだが、実際に映画に登場するシカゴの街の建物や風景は、実はほとんどすべてCGで作成されている。中でも困難をきわめたのは、街に聳え立つ摩天楼のビルの作成であったとファーラーは語る。なぜなら監督はこの摩天楼の風景を究極までリアルに描き出すことを望んでおり、加えてこれらのビルは後半のクライマックスにおいて前代未聞ともいえるダイナミックな破壊シーケンスに巻き込まれるからだ。

■シカゴの摩天楼、1フレームあたりのレンダリングに288時間
 摩天楼の風景といっても、本作品では摩天楼のビルがロボットや母船と複雑に干渉する。ビルの表面はガラスやメタルで出来ており、ロボットや母船も金属製だ。このような情景をリアルに描くためには、光の散乱をとことん正確にシミュレートする必要があり、新たに開発されたより物理的に正確なシェーダーの数々とメンタルレイのレイトレーサーが活用された。レンダリングの負荷は非常に重く、ロボットとビルを含んだシーンのレンダリングには、一フレームあたりのレンダリング時間は平均して288時間にも及んだそうだ。

■あらゆる映像を想定しさまざまなアングルで撮影
 前景や中景の環境には 、後述する“破壊シミュレーション”に対応できるように非常に精密な3Dの構造が与えられたが、遠景にあたる環境は大きな球の内側にシカゴの街で撮影した画像を張り巡らせたものとなっていた。通常の場合これらの画像はロケ現場で撮影されるのだが、今回はロケ現場では予測もつかない環境やカメラワークが最終シーンにあらわれる可能性が大きく、また立体3Dということもありそれらに対する”ごまかし”が許されなかった。そこで、想定されるあらゆるシーンを正確にカバーできるように、川沿いに立ち並ぶすべての建物を半マイルほどにわたって、様々なカメラアングルと異なった日照条件で撮影することになった。

■全天周映像撮影用の特殊デバイスを開発し「バーチャル・シティ」を構築
 この作業を効率化するために、ユニークな撮影デバイスが考案された。このデバイスは、カメラの向きを自動的に変えられるようにプログラミングした装置の上にカメラをセットしたもので、これを用いると全天周のあらゆる方向に対応する画像の集合を少しずつオーバーラップさせながら自動的に撮影することができる。さらに今回は異なった日照条件に対応できるように、この撮影が一日に5回ほど、一定の時間間隔で自動的におこなわれた。ILMはこのデバイスを2つ作成し、1日に2つのビルの屋上にそれぞれのデバイスを設置し、翌日にはまた違う2つのビルの屋上に設置するという作業を繰り返した。この作業は数週間にも及んだそうだが、こうして収集された撮影データを用いることによって、監督のいかなる要請にも自由自在に対応できるバーチャル・シティを構築することが可能になったのだそうだ。

■1フレームあたりのレンダリング288時間に
 物語の舞台となるシカゴの街をCGで復元することは技術的な最難関の一つだった。
 監督は金属製のロボットや母船と干渉するガラス張りの摩天楼のビルを究極までリアルに描き出すことを望んでおり、そのためには光の散乱をとことん正確にシミュレートできるようなライティングやレンダリングの技術が必要とされた。道路の表面やビルの側面にあらわれるコースティクスなども、グローバルイルミネーションを用いて物理的に正確に復元されている。前作では一フレームあたり平均36時間であったレンダリング時間が、本作品では一フレームあたり288 時間に膨れ上がり、さらにこれを左右両目の視点からおこなう必要があったという。

1-3. 破壊シミュレーション
 映画後半では、敵軍のトランスフォーマーらの侵略によってシカゴの街が無残に破壊されてゆく。地球に味方するオートボット軍と敵軍にあたるディセプティコン軍の絢爛豪華な戦いも含むこのシーンはまさに「トランスフォーマー」シリーズの最終章を飾るクライマックスといえ、監督はこの場面をできるかぎり真実味のあるシリアスなシーンとして描き出すことを望んでいたそうだ。
 過去の映画プロジェクトで様々なタイプの破壊シーケンスを担当してきたILMにとっても、今回のような壮大なスケールの破壊シーンの作成は初めてであったといい、さらに今回は立体3Dならではの“ごまかし”のきかない難しさも加わった。このため、変形シミュレーションや剛体シミュレーションなど、およそ物体の形状を崩すことに関わるあらゆるシミュレーション技術を再検討しながら、それぞれのシチュエーションに合った複数のパイプラインが構築された。

■ILMの剛体シミュレーションシステムを活用し3Dパッチ作成
 遠景で起きている破壊に関しては、建物の外観が粉々に壊れて散ってゆく様子を表現すればよい。したがって、あらかじめ破壊によって散ってゆく3Dパッチを作成しておき、これらのパッチを建物の大雑把な形状にあてがったものがシミュレーションのスタート地点となった。いったんシミュレーションが実行されると、建物は自動的に3Dパッチへと分解し、個々の3Dパッチはさらに細かい3Dパッチへと分かれて散ってゆく。
 ここでは長い歴史をもつILMの剛体シミュレーションシステムが活用されたようだが、これまでは2D平面にペイントを施したものを分割した2Dパッチが用いられていたのに対して、今回は立体3Dゆえに3Dパッチにしなくてはならず、さらに立体3Dならではの臨場感をつくりだすために、分割が進む3Dパッチに対して砂塵や炎などのボリュームメトリックなエフェクトが物理的に正確に加えられたという。

■精緻を極めたビル崩壊シーン
 前景のビルの崩壊に関しては、ビルが次第に“傾いて”、その各フロアで内装のあらゆる要素が砕け散ってゆく様子を表現することが最優先だった。したがって、まずはどの程度のスピードやタイミングでビルが倒してゆけば、このような内装の破壊をリアルに、なおかつシミュレーションの計算が破綻することなく表現できるか、ということをテストすることから始められた。
 いったんこのテストが完了してビルを倒すスピードやタイミングが決まったら、次に破壊すべき各フロアの内装モデルが高解像度で作成された。この内装モデルには撮影セットのあらゆる備品が加えられていたそうで、当初は作業量やデータ量を軽減するために、こうして作成された各フロアの内装モデルを複数のビルにインスタンスすることが考えられていたそうだ。が、監督は特定のビルの破壊シーンごとに独自の内装がスクリーンにあらわれることを望んでおり、結果的には様々なバリエーションをもった内装モデルが作成されることになったという。

■ビルどうしの衝突、変形も物理的な正確さを追求
 ビルの崩壊のすさまじさをアピールする上で重要だったのが、ガラス窓が飛び散ってゆく様子をリアルに描くことで、そのためには“内装”としてもブラインドのかかったリアルな窓が加えられた。この“窓”は膨大な数に及ぶため、雛形のデータを数種類作成しておき、プロシージャルなツールを用いて内装全体をカバーするようにその数を増やしていったという。窓枠がきしみガラス窓が小刻みに震えて罅が入ってくると、ガラス窓を透過する光の割合や窓の表面で反射される光の様子も変わってくる。したがって、破壊アニメーションの進行と共に光の透過率や反射特性を適切に変化させるようなセットアップがメンタルレイのレイトレーサーを対しておこなわれたそうだ。
 数ある破壊シーンの中でも最も大きな技術的チャレンジとなったのは、中央のビルが周辺のビルに覆いかぶさるように倒れてゆくシーンだったそうだ。このシーンでは必然的に倒れてゆくビルは大きく“曲がり”、このようなビルそのものの動きや周りのビルとの衝突がつくりだした衝撃力によって“破壊”が引き起こされる。このような情景を、立体3Dという設定のもとで、監督の望みどおり究極までリアルに描き出すためには、“大きなボリュームをもった物体の変形”および“変形から破壊への移行“をできるかぎり物理的に正確のモデル化する必要があったのだ。

■変形シミュレーションには有限要素法を適用
 ビルが曲がってゆく工程に関しては、有限要素法とよばれる技法を用いた変形シミュレーションが適用された。この方法では物体のボリューム全体を細かい多面体(今回の場合には4面体)に分割し、多面体同士の力の受け渡しを記述した連立微分方程式を解くことによって、変形による物体の各頂点の変位が算出される。計算負荷は重いが、最も物理的に正確な変形シミュレーションの方法論とされている。
 ILMは過去に恐竜などのような肉付きのよいクリーチャーの動きをつくりだすための有限要素法を用いた変形シミュレーションのツールを作成しており、今回はこれを改造したものが用いられたようだ。

■「曲げ」と「衝突」の二つの要素を計算
 曲がったビルが崩れ始めたら、変形シミュレーションから破壊シミュレーションへと移行しなければならない。そのためには、上記の変形シミュレーションの計算の基本単位となっていた“四面体”に剛体シミュレーションの基本単位である“剛体”があてがわれた。
 しかし、これらの剛体の動きは最初から剛体シミュレーションによってつくりだされたわけではなく、破壊が起こった直後の動きは変形シミュレーションと同様に四面体を計算単位とする有限要素法によってつくりだされた。
 ビルの破壊がはじまる物理的要因は2つある。一つ目の要因は、ちょうど木やプラスチックの長い棒を曲げてゆくと一定の曲がり具合を超えた段階で折れてしまう現象と同様のものだ。二つ目の要因は回りのビルとの衝突だといえる。有限要素法を用いた破壊シミュレーションでは、このような物理的要因が個々の四面体におよぼす影響を物理方程式に加え、これらの連立微分方程式を解いて四面体同士が分かれてゆく様子がシミュレートされる。
 有限要素法による計算は、剛体シミュレーションによる破壊シミュレーションよりも遥かに計算負荷が重いのだが、これによってより物理的に正確に“変形から破壊への移行”を算出することができ、映像のリアリズムも高まる。

■ILMとスタンフォード大学との共同研究の一端を採用
 映画プロジェクトにおいて有限要素法を導入した破壊の表現がおこなわれたのは今回が初めてともいえ、それは立体3Dの効果を強く意識したILMならではの技術的チャレンジであったともいえよう。
 実際のところこの破壊シミュレーションのアプローチの概要は、8月上旬にカナダのバンクーバーで開催されたSIGGRAPH2011において、ILMがおこなったコース・プレゼンテーションでも紹介されている。これは、現在ILMがスタンフォード大学との共同研究のもとで押し進めているシミュレーション技術改革の一端ともなっているそうだ。

■細部の表現への移行で計算処理を効率化
 上述のように有限要素法を用いて変形から破壊への移行が算出されたら、その後の破壊の進行は剛体シミュレーションによって計算された。破片がさらに小さな破片へと分裂して散ってゆく様子は、剛体シミュレーションによって十分物理的に正確にシミュレートでき、またそのほうが遥かに計算効率がよいからだ。
 同様なコンセプトで、さらに細かい破壊のディテールは、剛体シミュレーションからパーティクルシミュレーションに移行して作成された。剛体シミュレーションでは物体がある広がりをもっており、その各地点に働く力が算出される。このような力を抽出して各地点にあてがうパーティクルに割り振ることによって、剛体シミュレーションからパーティクルシミュレーションへの移行がおこなわれた。ガラスや紙の破片が粉々なって散ってゆく様子などは、このようなパーティクルシミュレーションによってつくりだされたという。
 割れた窓ガラスが床をスライドする家具にぶつかってさらに細かく割れてゆく様子などのように、剛体同士もしくは剛体とパーティクルとの干渉による破壊の進行も物理的に正確にシミュレートされており、これらすべてのシミュレーション・パスにさらに煙や爆発などのエフェクトを加えて、最終的な破壊シーンの完成となったそうだ。

(2に続く)


映画『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』
c 2011 PARAMOUNT PICTURES. All Rights Reserved. HASBRO,
TRANSFORMERS and all related characters are trademarks of Hasbro.
c 2011 Hasbro. All Rights Reserved
TOHOシネマズ日劇ほか全国超拡大公開中
配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン

VFXスーパーバイザーのスコット・ファーラー氏

VFXスーパーバイザーのスコット・ファーラー氏

左目と右目の両方の映像に別個にVFXを作成した

左目と右目の両方の映像に別個にVFXを作成した

ビルの表現には物理的な正確さが追求された

ビルの表現には物理的な正確さが追求された

精緻な表現がリアリティを作り出す

精緻な表現がリアリティを作り出す

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