【Inter BEE Forum 2007】音響シンポジウムレポート -その3

2008.3.17 UP

4 CMにおけるサラウンドの役割の考察
<right>北村早織 1991スタジオ</right>

今回パネラーの人選で頭を悩ませたのは、国内の依頼をどこにすればいいか?でした。まだ実績がないためです。そこでDolbyサラウンド時代から永年サラウンドを手がけてきた音響会社1991の永田さんに相談したところ「ちょうどうちで毎月CMのサラウンドについて勉強会をやってきたのでそこから候補をだしましょう」ということになりさっそくキーメンバーが招集されてあっという間にサウンドデザイン3年目という若手北村さんが決定しました。以下講演の概要です。

「CM」とは、「Commercial Message」の略語で、すなわち「商品を売る為のメッセージ」です。それはつまり「告知」で、「視聴者に印象づけ、覚えてもらい、購買意欲に訴える」メッセージです。言わずもがな、クリエーターは常にその事を念頭にCM制作に臨んでいますが、特に商品の特色や特性をどう表現するかはアイディアとテクニックの見せ所であり、サウンドデザイナーにとっても最もこだわりを求められる部分の一つです。

CMの音声を構成する要素にはどんなものがあるのでしょうか
  言葉     (Narration = NA)
  音楽     (Music = M)
  効果音    (Sound Effect = SE)
  同時録音   (Synchronous Recording = SYNC)                 

<CM音声の要素>

商品を最も印象的に見せる表現方法は、その商品の特色・特性によって変わります。諸説ありますが、CMには主にどんな表現方法があるのか、音の観点からジャンル分けしてみました。

商品の特性をズバリ実証!シンプルなサウンドデザインで、ダイレクトにわかりやすく情報を告知・・・「実証型」
著名曲やイメージ的な音楽を使って商品イメージをアピール。映像と音の印象的な表現で視聴者の感性に訴える・・・「イメージ型」 
インタビューの力のある生の声や現場の状況音等、リアリティのあるインパクトで訴え掛ける・・・「ドキュメンタリー型」
インパクトのある音を緻密にサウンドデザイン。CG等のデジタル処理を用いた多重合成の妙技・・・「特殊映像型」
商品イメージにあった旋律や歌詞に商品名等を歌い込んだ曲を使用。思わず口ずさんでしまうような楽曲で記憶させる・・・「CMソング型」


<CMの表現形式>

CMの現状

現在、関東5局で放送されているCM本数は1ヶ月で約4,500本、放送回数は約126,000回に上ります(2007年8月)。これだけの実績があるにもかかわらず、サラウンドCMの放送はほとんど無いのが現状です。
1978年にテレビでステレオ放送(音声多重放送)が始まり、CMの音声も時を同じくしてモノラルからステレオに移行し始めました。しかし、実際にCMのステレオ制作が盛んに行われるようになったのは1983〜84年頃だと認識しており、移行には数年かかりました。
この感覚から言えば、地上デジタル放送に移行し、放送がステレオからサラウンドになり、CMのスタンダードがサラウンドになる日まで数年かかると予想されます。今は過渡期、つまり2011年までの4年間は、サラウンド化への準備期間と言えるのではないでしょうか。
時代とともに表現できる情報量が増えた反面、CMの限られた短い時間内で表現可能な枠を超える情報を盛り込まなければならない状況が生まれてきました。
例えるなら押し寿司によく似ています。
四角い箱にご飯と色とりどりの具材を入れ、圧力をかけて詰め込み、気がつけば箱の中は蟻が入り込む隙間も無いくらいの密度とボリュームになっているように。
限られた短い秒数に多くの情報を詰め込むテクニックは、エフェクター等を駆
使して既に全てやり尽くしたように思われます。現状のステレオにおいては、どのような方法を用いても作られるものはほぼ画一化されつつあります。
ステレオの表現力は、もはや限界に来ていると言えるでしょう。


CMサラウンド化のメリット

今日、メディア事情は多様化の一途を辿り、インターネット上でも手軽に映像を見られる時代です。その中で、TVCMは他者とどのように差別化を図り生き抜いていくかが、今後、重要になってきます。

ステレオとサラウンドの大きな違い・・・それは「平面」か「空間」かです。
5.1サラウンドは、フロントのL、Rに加え、C(センター)、リアのLS(レフトサラウンド)、RS(ライトサラウンド)の5本に、低音用のLFEが加わった、合計6本のスピーカーで構成されます。
複数のスピーカーが織りなす“空間演出”=「臨場感」と、独立した低音専用チャンネルができたことによって生まれた「迫力」こそ、まさに5.1サラウンドの最大の魅力です。しかし、一般家庭における5.1サラウンドの普及率は低く、その魅力をまだ理解されていませんが、サラウンドCMの訴求力の高さはステレオを遥かに凌ぐものになるでしょう。
作り手にとっても、音の組み上げ方やバランス次第で、ステレオよりも効率よくスマートに「インパクトをより強いインパクトに」「心地よさをより心地よく」といった、6本のスピーカーを駆使する5.1サラウンドならではの「空間の音声表現」を実現させることができます。
ディレクターの追求、視聴者へのより強いインパクト、クリエーターのこだわり…その“「もっと」を実現させる力”これこそが、サラウンドの魅力であり、CMがサラウンドになるメリットなのです。


1991の取り組み例から

私たちは、「インパクト」と「臨場感」こそ、CMの音声表現が持つ最大の訴求力であると捉え、サウンドデザイナーの立場から「サラウンドCM」を研究しています。ここでは、実際に社内でシミュレーションしたサラウンドCMのうち2作品を取り上げ、1991が考える「サラウンドCM」について述べていきたいと思います。尚、シミュレーションに使用したCMはステレオで制作されており、サラウンドを意識した構成ではありません。

(1) テーマ = 「インパクト」『エプソン つよインク THE HERO篇』(60秒)
サウンドデザインのキーワードとして「強さ」「スピード感」「奇抜さ」等が挙げられます。それらをサラウンドで表現しようとするとき、どうサウンドデザインするか。「強いものをより強く」感じさせるサウンドデザインとは。

1. 計画
☆テーマ ⇒ 「強さ」・・・退色しにくいインクの要素、用紙にがっちりと吸着する要素 ☆強調すべきカット ⇒ つよインクマン登場、用紙に力強く着地 

2. サウンドデザイン  
・強さをどう表現するか
・用紙に着地
強い吸着力を持ったつよインクマンが力強く着地する瞬間を、ステレオには無かったサブウーハーを使ってその迫力を出す。着地の瞬間の空気の波動が伝わってくるような、強さの迫力を体全体で感じる事ができた。

・稲妻
このインクは強くて高精細。その特性をより強く表現するために、稲妻一本一本に音をつける。ステレオではフロントでしか定位させられなかった稲妻を、サラウンドではリアにも定位させたことで、画面では見えないが至る所で稲妻が走っているという空間が作られた。強さと高精細さを、臨場感あふれる立体に感じる事ができた。

・つよインクマンズームアップ、マントで体を包む
手前から奥に、大勢のつよインクマンの間を走り抜けて行く目線で、行き着く先の一人にズームアップしてマントで体を丸く包むカット。ステレオでは、手前から奥への立体的な動きに対して音の移動感がうまく表現できなかったが、サラウンドではリアスピーカーから移動させたことで、画面の中の事としてではなく、飛び出してくるようなリアルな移動感として感じる事ができた。そこがうまく表現できたことで、その先のマントで体を包む「守る」強さが、より効果的に強調された。

・音楽
「200!」の声を、リアからフロントへフィードバックで繰り返しながら時計回りに移動させたことで、声が後ろから聞こえる「意外性」が生まれ、ステレオではあり得ない面白さが表現できた。「200!」が非常に印象に残る構成になった。
今回はステレオ素材なので、プラグインを使ってサラウンド用に広げた。
サラウンドCMを制作する場合には音楽もサラウンドでMIXすることが望ましい。

☆まとめ
音色や定位など全ての面において、ステレオ以上に一つ一つの音を見極め、細い糸を緻密に重ねて行くような作業の繰り返しが必要だったが、ステレオに比べて伝わってくるエネルギーが格段に上がったのも事実。画面から音が飛び出してくるような迫力や、うしろから音が聞こえてくる驚きなど、インパクトを立体的に身体で感じられた。ステレオよりも強くダイレクトにメッセージが伝わってきた。



(2) テーマ = 「臨場感」『2006 フォーミュラニッポン最終戦 新たなる最速伝説篇』(30秒)
モータースポーツファンの身体に染み付いているサーキットの臨場感を伝え、その興奮を蘇らせることでレース観戦への意欲を訴求する。  「臨場感」の字のごとく、あたかもそこにいるような空間作りとは。

1. 計画
☆テーマ ⇒ 「サーキットの臨場感 = 興奮」 ☆強調すべきカット ⇒ トップカット、タイトル、ラストカット(スタート後だんご状態のレースカー) 

2. サウンドデザイン
全てをサーキットの音で埋めてしまうと慢性化してしまい、メリハリが失われる。だからこそ、より興奮度を高める為に音楽をメインに聴かせる部分も作った。

・サーキットの臨場感をどう表現するか
・テーマ「サーキットの臨場感 = 興奮」に繋がるような通過(トップカット)
1カット目のインパクトは、TVCMにとって視聴者を惹き付ける「つかみ」という意味でも重要である。センタースピーカーに定位させ存在感をはっきりさせた事により、超高速回転のエンジンを搭載したレースカーが、時速300キロで通過する迫力を体全体で感じる事ができた。

・3台の通過のシーン
左奥から侵入し、コーナーを通過してやや左手前に向かって走ってくるシーン。
実際には音声も映像に合わせて定位させ通過させるべきだが、その場にいるような臨場感を表現したかったので、映像的には若干無理があるものの敢えて実験的にリアへの移動をさせてみた。連続して通過するレースカーがだんご状にならないよう、定位を若干ずらした。結果的に、コーナー通過を迫り来るような臨場感を出せた。

・ピット作業
チームの手際良いピット作業の背景で他チームのレースカーが高速で通過していく様子を伝えるため、フロントのピット作業音に加え、映像には無いレースカーの高速通過をリアに定位させた。ピットとコースが至近距離で併設されている距離感と音量感をデザインしたことで、レースの生々しい臨場感を作り出す事ができた。

・ラストカット
映像ではだんご状態でスタートを切ったレースカーの様子が写し出されているが、スタート直後の盛り上がりを更に高めるため、リアに観客の沸き上がる歓声を定位させた。
視聴者がサーキットで観戦しているようなサウンドデザインで、スタート直後の最高潮に高まった興奮を、サーキット全体の「熱気」や「気迫」として感じる事ができた。

・音楽
今回はステレオ素材なので、プラグインを使ってサラウンド用に広げた。
サラウンドCMを制作する場合には音楽もサラウンドでMIXすることが望ましい。

☆まとめ
5.1サラウンドならではの後方の音表現がなされることで、ステレオに比べてサーッキットの臨場感がよりリアルなものになった。
レースカーを前から後ろに通過させることで迫力を増すことができた。その際には、ドップラー効果の音の変化に合わせて移動させる事がポイントになった。
タイトル部分の通過音にリバーブをかけ、リアに飛ばし強調したことで、CMとしてのメリハリをうまく出せた。
ラストカットのスタートシーンのリア側に、演出的に歓声を足すことで興奮を表現できたが、スタート音と歓声はどちらも音の性質が類似しているため、前後に定位させた際に短い尺の中でそれぞれを認識することが難しくなった。従って、はじめにフロントのレースカーをしっかり聴かせて、徐々に重なるようにリアの歓声が盛り上がってくるという、音の出るタイミングをずらしたサウンドデザインにした事で、レースカーと歓声をしっかり聞き分けられたので、サーキットの臨場感と興奮をより効果的に伝える事ができた。
素材の吟味だけではなく、聴かせるタイミングも一つのサラウンドにおけるサウンドデザインのポイントである。


<PHOTO_2番目 : サラウンドのサウンドデザイン>
<PHOTO_3番目 : HOLOPHONE H3-Dによる収録>
<PHOTO_4番目 : 4マイクによるフィールドサラウンド収録>


次にモニターレベルについてですが、CMは電波を通して家庭のテレビで視聴します。よってサウンドデザインにおけるモニターレベルは作品の最終形を考える意味で重要です。一般的にモニタースピーカーは85dBで調整しますが、今回の作品におけるモニターレベルを実測したところ約70dBでした。
サラウンドで物理的にスピーカーの数が増えた分、出せる音のパワーも大きくなりますが、サラウンドの本来の魅力は飽くまで「広がり」「移動感」等に代表される「空間の臨場感」だと思います。
サラウンドCMではぜひ、インパクトは音量で訴えるよりも、「サウンドデザインの空間演出」の妙で魅せたいものです。
新たな発見

1企画段階からサラウンドを意識する

2ステレオでは出来なかった表現の幅を楽しむ
サラウンドの基本はENJOY! まずはサラウンドの臨場感を楽しんでいただきたいのです。サラウンドの新しい表現の可能性に、サウンドデザイナーのクリエイティビティはますます刺激されるでしょう。作り手が“空間演出”を、まず楽しむ事も、ハイクオリティなCMへの第一歩であると考えます。
また、CMは短い時間で様々に展開していきますが、たとえ限られた時間の中でも「ストーリーを作っていく」事で、そのカットには無い音を付けられる“流れ”が生まれるので、映像の長さ以上の表現ができ、作品のクオリティを更に高める事ができます。
例えば、次のカットに移る少し前から、次のカットの予感になるような音を先行させると、初めて見る視聴者も1カット進む毎に「なるほど…」「なるほど。」「なるほど!」「なーるほど!!」と納得できます。
特に、日常を切り取ったような構成でベースノイズを中心に構成されるものは、ストーリー作りがうまくいくと非常にドラマティックに、「良質のサラウンド」に仕上がるはずです。

3 ナレーションはセンタースピーカーで
シミュレーションではナレーションをセンターに定位し、L,Rにダイバージェンスしました。フロントだけで考えてもスピーカーが2本から3本になるので、センタースピーカーを有効に使えば、ナレーションも効果音も効率的に定位させる事ができると考えます。リアの定位を必要としない作品でも、センタースピーカーを加えるだけで、CMとしての表現力が格段に上がるように思います。



クオリティCMをめざして

バナー広告をはじめ、広告メディアの分散によって、TVCMの位置づけが問われる時代です。そんな中、私たちは今後、地上デジタル放送のデジタルハイビジョンと共に、5.1サラウンドという新しい音の表現方法を得る事ができます。TVCMにとって他メディアとの差別化を図る事で、今よりもクオリティの高いメディアとして“良質な商品を更に良質に”視聴者に伝える事ができます。まさに現在のCMを超える、「クオリティCM」と言えるのではないでしょうか。
作り手としてもサウンドデザインの幅が広がり、視聴者にとっても空間演出されたCMは新鮮で、TVCMそのものに今までにない訴求力が生まれるでしょう。
TVCMのスタンダードは、5.1サラウンドが理想と考えます。ただし、コンセプトによって全てのCMがサラウンドになる必要はありません。

5.1サラウンドという今までの広告表現には無かった豊かな音表現は、常に新しいものを追い求めるCMにとって「クオリティCM」としての価値を与え、メディアの分散化から突き進む強力な武器になるはずです。
最後にわたしたち1991のCM サラウンドを東京大阪名古屋の関係者にデモしその場でアンケートを記入してもらった結果を紹介します。得られたデータは約100名程になります。ここから見えるのは、CMサラウンドに大きな可能性を感じている人々が日本でもいると言うことです。ただいままで知らなかったとか聞いたことが無かったと言うことを除けば、私たちにはCM業界全体へのインフラ作りという点でも努力をしていかなくてはなりません。

READY to GO!!!



サラウンド作品の制作はかつて非常に時間と手間のかかる大変な作業でした。しかしながらテクノロジーの進歩により、いまやサラウンドは身近なものになりました。現在、都内のMAスタジオにおいて、約90室がサラウンドに対応しています。ProToolsやNuedoに代表されるサウンドデザインに使用するフトウェアも既にサラウンドが標準になっています。サラウンド収録に必要な機材については、HOLOPHONEのようなサラウンドマイクやポータブルのマルチトラックレコーダーも登場してきました。2011年に向けて、サラウンドCMを制作する環境は着実に整いつつあります。

これまで述べてきた事は未来ではありません。
「今、この瞬間」です。


ここで1991が実験的にステレオ既存CM素材を使ってサラウンドデザインしたCM5本を東京 名古屋 大阪で関係者にデモしあわせてアンケートを収集した結果を紹介します。アンケートは100名前後にもなりました。

その中でサラウンドを何で感じましたか?
TV-CMの将来性はありますか?
CMのサラウンド制作のための課題は何ですか?

5.1サラウンドならではの6本のスピーカーを駆使し、臨場感やインパクトをよりリアルに表現したクオリティの高いCMのサウンドデザインを目指していきましょう!

READY TO GO !!! 

デモ:エプソン


会場からの質問は以下のような項目です。
Q-01 サラウンドCMをきいたクライアントやプロデューサーの感想は?
Q-02 10年後のCMサラウンド化率の予測は各国でどれくらいか?
Q-03 ダウンMIXの手法はどのようにしているのか?
Q-04 効果音ライブラリーのサラウンド化はどのようにしているのか?
Q-05 映画用CMとTV用CMでどのような注意点があるのか?
Q-06 CM以外でアートとしてのサラウンド表現をする可能性は?



おわりに

今回のテーマ設定は、私自身永らく番組本編のサラウンド制作はどのようにすればリスナーの皆さんにとって魅力的なのか?を追求してきた立場から、一歩ビジネスという観点に踏み出してみました。その理由は、経営者から「サラウンド制作は、エンジニアの自己満足だけではないのか?」とコメントされないために世の中のCM状況も音の面から俯瞰してみたかったからです。幸いパネラーとして参加して頂いた4名の皆さんの熱意と広汎なデモ素材のおかげで参加者の皆さんにも様々なインパクトがあったと感じています。2008年はこうしたCM関係の皆さんにセミナーや勉強会を提供することでより国内でも現実化をめざす人々が現れることを期待しています。(了)

#interbee2019

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