【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(3)2/2 映画『アイス・エイジ3/ティラノのおとしもの』(09年公開、配給:20世紀フォックス映画、7/25(土)より全国ロードショー)

2009.6.29 UP

映画『アイス・エイジ3/ティラノのおとしもの』
一貫したプロシージャルな手法でプロジェクトごとに進化
注目のブルー・スカイスタジオのレイトレーシング技術


<テクスチャと環境>
 ブルースカイ・スタジオのプロシージャルなアプローチは、本作品のサブタイトルともなっている恐竜ティラノサウルスのテクスチャーにも用いられている。
 ブルースカイ・スタジオは『ロボッツ』(05年)において金属の風化をシミュレートした本格的なプロシージャル・テクスチャーを世界に先駆けて導入した。その手法は、その後もオーガニックなプロシージャル・テクスチャーとして引き継がれ、本作品の恐竜の描写でも、皮膚(テクスチャー)の貼り付けのシステムとして使われている。
 恐竜の皮膚の表現で、最も大きな課題となったのは、小さな子供の恐竜から巨大な大人の恐竜にいたるまでの皮膚のきめの細かさの違いをどう表現するかだった。スケールが大きく異なるモデルにどのようにあてがうかということだった。同じ恐竜でさえ、身体の部位によって皮膚の様子は大きく違う。これはすなわち、同じテクスチャーを用いながらも部位や体の大きさに合わせてスケールを変えていかなければならないということだ。
 オブジェクトの幾何学的な形状に合わせてテクスチャーを自動的にあてがう方法は数多くある。今回のような、映画の演出に沿った表現を想定している場合、純粋に幾何学的・物理的精度を保つだけでなく、アーティスティックな視点からもコントロールすることが想定される。
 ブルースカイ・スタジオがこれまでのプロシージャル・テクスチャーのノウハウを注ぎながら今回、新たに開発したシステムは、次のような手順を踏んでいる。
 まず、恐竜の表面上に初期スケールの球を配置する。この球というのは、身体の各部位のテクスチャ座標系の大枠を設定するためのガイド役を果たす。アーティストは、この球をマウスで引っ張って大きくしたり小さくしたり、あるいは楕円形に延ばしたり縮めたりすることによって、テクスチャーのスケールを決める。また、この球の中心部分に黒から白へのグラデーションをペイントすることで、テクスチャーの向きを決める。(注)
 それぞれのテクスチャーのスケールと方向を決めると、ガイド球の情報を補間しながらモデル全体に球を生成する。この球の情報に基づいて、レンダリングが行われる。恐竜のテクスチャー作成のために考案されたものだが、テクスチャー生成の自由度と効率を高める上で将来的により汎用性の高いシステムに改善できそうだ。

(注) テクスチャー座標系(u,v,w)のw軸プラス方向は身体のサーフェスの法線方向に自動的に決定されるが、u,v方向は法線方向の周りにぐるりと回転させて意図的に設定できる。この設定のためには、身体のサーフェースの接平面にあたる球の中心を通る断面上でu軸またはv軸の方向を指定する必要がある。ここでいう“グラデーション”とは(たとえば一番“黒い”グラデーションが掛かっている部分がu軸プラス方向を示唆するなど)そのような指定を与えるための手段に相当する。

 ブルースカイ・スタジオは、本作品の環境(背景)の生成でも、プロシージャルなアプローチをしている。まず環境を、大きく二つに分けている。遠景にあたる“バックグラウンド”と、前景キャラクターの周りの環境を指す“ステージ”の2種類だ。シーンごとの背景は、演出意図に合わせて部品を組み合わせるような方法を採っている。あらかじめ、環境の特徴を表す部品を作成しておき、これらを移動・回転させてパズルのように組み合わせる。遠景は数マイル以上におよぶ広大なシーンが多いため、通常の計算では時間がかかるところだが、前計算したものを再利用することで作業を効率化している。今回は、マットペイントも用いているが、将来的には環境すべてを3Dで作成することを目指しているという。
 ブルースカイ・スタジオは、今回のプロジェクトで3Dプレ・ビジュアライゼーション部門を新設した。個々のシーンの複雑さが増すにつれ、プレ・ビジュアライゼーションのプロセスをしっかりと3Dでおこなっておくことが、のちの制作工程の無駄を省くための鍵となるからだという。3D環境の前計算は、ゆくゆくはこのプロセスに吸収されていくという。

<レンダリング>
 ブルースカイ・スタジオが、映画のプロジェクトを経る中で次々と生み出していく新たなシステムの根源が、同社独自のレンダリング・システム「CGIスタジオ」だ。
 20年以上の歴史をもつこのシステムは、同社が一貫してレイトレーシングによるレンダリングを貫いてきた基盤となるものだ。『ロボッツ』では、このシステムを用いて全編をレイトレーシングでレンダリングし、映画におけるレイトレーシングの利用を他社にも促した。「CGIスタジオ」はその後、間接光の影響も考慮したレイトレーシング(モンテカルロ・レイトレーシング)へと進化し、『ホートン』でこの手法が用いられた。
 今回の『アイス・エイジ3/ティラノのおとしもの』では、新しいCPU向けに多くのコードを書き変えてスピードアップを図り、環境からキャラクターに至るまでのほとんどをモンテカルロ・レイトレーシングでレンダリングしている。このモンテカルロ・レイトレーシングを用いることで、恐竜の表面が環境光に影響されて色が変化する様子を、物理的な計算によって正確に表現している。
 今回、毛髪のレンダリングについては、モンテカルロ・レイトレーシングを行っていない。毛髪は、ボクセル化で効率化されてはいるが、それでもやはりサンプルレイの数が多く、計算時間が制作スケジュールの許容範囲を超えてしまったようだ。そのため、身体を毛で覆われた動物は、毛の生えていない“堅い”表面としてモンテカルロ・レイトレーシングでレンダリングして間接光の影響を反映させている。毛については、関節光を考慮しない、通常のレイトレーシングでレンダリングしたという。
 この映画のプロジェクト終了後、モンテカルロ・レイトレーシングを用いた毛髪のレンダリングのテストに入っているということで、次回以降の映画では、さらにリアリティが向上することが期待される。
 映画における技術開発は、あくまで個別の映画ごとの演出意図に沿ったものであるわけだが、一貫したテーマを持ち、作品ごとに技術的なステップアップをすることで、ブルースカイ・スタジオ社ならではの表現手法をつくりだしてゆくことが、同社にとっての真のミッションなのだそうだ。


【画像説明】
(上から1、2番目)恐竜のテクスチャー
 恐竜の身体ではスケールが変化に富んでいるため、各部位でのローカルなテクスチャー座標系を、アーティストのコントロールと自動計算をうまく組み合わせて算出するシステムがMAYA上で構築された。
(c)2009 TWENTIETH CENTURY FOX

(上から3、4番目)環境の作成
広大な自然の環境は、シーンごとに作成するのではなく、あらかじめ部品を作成しておき、これらの部品を移動・回転させてパズルのように組み合わせて各シーンに合った背景をつくりあげた。たとえば、アイスランドであれば複数タイプの氷の山が、渓谷であれば複数タイプの岩石の塊が、部品として作成され、これらは映画全体に渡ってあらゆるシーンで活用された。
(c)2009 TWENTIETH CENTURY FOX

(上から5番目)モンテカルロ・レイトレーシング
『アイス・エイジ2』では間接光の影響は考慮されていなかったが、『アイス・エイジ3/ティラノのおとしもの』では、環境からキャラクターに至るまでほとんどの要素間接光の影響を考慮したレイトレーシング(モンテカルロ・レイトレーシング)によってレンダリングされた。特に環境の様々な色が恐竜の身体に与える影響を物理的に正確に算出できたことは、恐竜の表情に深みを与えると同時に、恐竜が生息する世界のリアリズムを高めるために大きく貢献した。
(c)2009 TWENTIETH CENTURY FOX

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