【インタビュー】ボイジャー萩野正昭社長 電子書籍で新たな”書籍のエコロジー”を

2010.6.15 UP

■コンピューター、ネットによる新たなメディアの胎動期

 今、放送・映像業界は、業態の激しい変化の波にさらされている。そうした中で、さらに新たなメディアとして、iPadやスレートPCなどのモバイル型のデバイスが登場し、これまでの電子出版の領域から高精細な映像のコンテンツ視聴も可能なメディアとしての方向性も期待されるようになっている。
 今年1月28日に発表され、4月3日から発売されたアップルのiPadは4月末までに米国で100万台を発売。iPhoneが100万台に達したとき(74日間)の倍の勢いを見せている。
 日本でも5月28日から発売となり、予約が殺到している。また、国内の出版社もiPadに対応した雑誌を計画するなど、電子書籍の動きは日本の出版業界を揺り動かそうとしている。日本のコンテンツビジネスが海外からの技術、流通で席巻されるのではという危惧もある。
 これまで長年、電子出版に携わられた立場から、ボイジャーの萩野正昭社長は、最近の動きをどのように見ているか。また、同社が2月に発表したインターネット・アーカイブと連携した「Book Serverプロジェクト」のねらいなどについて聞いた。(聞き手:小林直樹)
 [写真=萩野社長 ボイジャー本社で撮影]


■電子書籍の先駆けボイジャーが新展開

 ボイジャーは、1992年に、パイオニアLDCでレーザーディスクとパソコンによるインタラクティブなコンテンツ開発を手掛けてきた萩野正昭氏が設立。マルチメディアと呼ばれる、文字とグラフィック、音楽・映像を駆使したコンテンツの開発を推進してきた。

 そうした中で自社開発による電子書籍フォーマット「ドットブック(.book)」や、電子書籍のビューワー「ティータイム(T-Time)」、青空文庫と共同開発による縦書きのビューワー「アジュール(azur:aozora unique reader)」などを提供してきた。さらに、セルシスと共同で開発した携帯電話向けコミックサービスでは、インド、韓国、中国、台湾、香港で展開。同社の長年にわたる電子書籍の展開が具体的なビジネスとして成長しつつある。

 ボイジャーはまた、新たな展開として今年2月24日、米サンフランシスコに拠点を置くNPO 「Internet Archive(インターネットアーカイブ)」と提携し、電子出版配信のインフラ構想「Book Server」プロジェクトに参画している。

 Internet Archiveは、96年の設立以来、「あらゆる知の集積」を目指すインターネット上のライブラリーとして、180万冊を超える書籍のデジタル化を進めているほか、音楽・音声記録、映像、ソフトウェア、ウェブページを収集する世界最大のデジタル・アーカイブだ。ウェブページは、1,500億を超えるという。この巨大なアーカイブを、すべての人々が利用できるオープンなものとして提供し、電子出版の貸し出しと販売を可能とする規格(アーキテクチャー)を推進している。ボイジャーは日本企業としてこのプロジェクトに参画する。


■電子書籍に新たな潮流 
 
 ——アマゾンのKindleやアップルのiPodが注目を浴び、HPなどパソコンメーカーもタブレット型のPCを発表している。電子ブックのリーダーの役割も持っており、出版業界も対応策を講じつつある。最近のこうした動きについて、どのように見ているか。
 
 「ここにくるまでに、かなり長い時間がかかった。どこまでそれがうまくいったのかは分からないが、今回の動きは、今までの電子書籍の流れと大分違っていて、世界的な動きである。ITの優であるGoogleやAppleが積極的に関わっているということでも、状況が異なるだろう。そういう点でパワーは感じる。こういう展開はワールドワイドでないといけない。言語の壁が厚く、ローカルになりやすいのが出版。その壁は依然として残るだろうが、流通に関する壁はなくなった。大きな意味では流通が海外に移る事は問題であろうが、機会であるとも言えるだろう」


■「オン・ペーパーからオン・スクリーンの時代が来る」

 ——これまでのボイジャーの活動について、現状の中でどのように位置づけているか。

 「ボイジャーは、92年に設立し、今年で18年になる。当初から電子的な出版物の登場を想定しており、『オン・ペーパーからオン・スクリーンの時代が来る』と考え、エキスパンド・ブックを発表した。アップルのパワーブックに内蔵されたハイパー・カード機能を使い、高度な表現を実現していた」
 「しかし、こうした高機能を駆使した新たな電子出版の表現の追及が、逆に大きな足かせになった。それは、高度な表現力を実現することがハードに依存する結果となったためである。特定のハードでないと読めないことだ。”コンピューターで読める”といいながら、あらゆるコンピューターで見ると言うことはできなかった。当時、マイケル・クライトンが書き下ろした『ジュラシックパーク』を、電子出版したが、『読みたくても買えない』という声が多かった」

 「紙の本なら互換性の問題はないのに、電子出版では、最新の機能を追及するほど、読める人が少ないというジレンマに陥り、これが長年、我々にとってトラウマになってきた。その後も、ウィンドウズが登場、アップルのOSも次々と変わる中で、そのたびに互換性に悩まされてきた。最初に夢見た、オン・スクリーンの世界とは簡単に実現できなかった」
 「これは本ではない。コンピューターで本が読めるという以前のことだった。紙でつくった本は、一度作られると簡単にはなくならない。よほど、物理的な力を加えない限り残る。出版社がつぶれても残る。しかし、電子書籍は、OSが変わると読めない、我々がつぶれると読めない。読めない、ということは、そこに存在しないのと同じで、本とはかけ離れたものと言わざるを得ない。我々はそこを乗り越えるための道を探ってきた」


■長年の互換性対応の苦悩からメリヤスのように柔軟な対応を

 「さらには、異なるディスプレイサイズや異なる表示スペックでも見られることも目指してきた。しかし、あらゆる人に見てもらうには、最低のスペックにあわせるしかなかった。また、当時の時代にあったマシンのスペックで作っていたものが、マシンの進歩で、コンテンツ自体がどんどん陳腐化してしまう」

 「リッチコンテンツの危険は、作る側の独りよがりになりがちなことだ。OSやパソコンが変わっても大丈夫なようにするために、なるべく、余計な機能は付けないということ」
 「また、伸び縮みする繊維のメリヤスのようにすることを考えた。サイズや縦書き横書きなどを自由に変更できるようにした。状況にあわせて自由に伸縮すること。これによって、生き残る道を選んだ。そしてなるべくやらないこと、これが、考えの根源になった」

 「18年の苦難の時代を経て、よって持って立つべき基準を考えた。それが、誰もが電子出版に参加できること。どんなデバイスでも、見ることができ、それがワールドワイドで流通されるということ、そうでなければ、「本」とはいえない。我々は、こうした経験があったからこそ、注目されている今の電子出版に対して、長期的な視点をもち、電子書籍における新たな書籍文化の構築を訴えようとしている」


■「文化としての出版」と「ビジネスとしての出版」

 ——現在の電子出版が持つ課題について。

 「書籍における電子の割合が増加していくことは、実際の本を発売する出版社、印刷会社、流通、書店などに大きな影響を与えることになる。出版ビジネスの構造は大きく変わらざるをえないだろう。しかし、コンテンツを作る側の作者にとって、チャンスと見ることもできる。特に、コミックなど、視覚的な要素の大きいコンテンツの作り手が海外進出をするためには好機と言えるだろう」

 「今までの流通の領域が大きく変わること。配信が外から行われることで、売り上げが海外に集約されるという状態。これは、売り上げのみではなく、コンテンツの編集権・出版権という点についても課題として意識しておくべきだ。出版社の意図を反映せずに、メーカーや流通の論理で価格が設定されたり、あるいは発売の可否が裁量されるということは、大きな課題といわざるを得ないだろう」

 ——携帯小説は60万本のストックがあり、出版社と共同で作品を発表する場を提供する動きもあるという。出版社がこれまで持っていた、才能を発掘して育てる、というような機能についてはどう思うか。

 「確かに黎明期はそういう機能もあると思う。出版社は多くの人材を発掘し、育ててきた。単なる金儲けではなく、文化の一翼を担う事業として認められてきたからこそ、尊敬を受けてきた。しかし、出版社が今でもそうした機能を持っていると認識されているかどうか。逆に今では、人気のある作家に集中するといった動きのほうが顕著で、新人を発掘するという点は、ネットの中にあるように見られる。ネットで生まれた人気作家に出版社が集中するというような流れもできている」

 「私は、これまで講談社や新潮社が出版社として立ち上げの頃の話を聞いたことがある。創業時のさまざまな苦労に直面してそれを乗り越えてきた話を伺った。創業の精神に帰るべきだ。電子出版の流れは、どうしても避けざるを得ないものだ。出版社は、単なる既得権益の確保ではなく、改めて出版事業の尊さに目覚めてもらいたい。原点に立ち返れば、今の難局を抜けることができる人はいるはずだ」


■書き手にとっても明るい側面ばかりではない
 
 ——電子書籍は、書き手にとっては有利と言われるが。

 「情報センター出版局の『指さし中国語』『指さし韓国語』などtouch&talkシリーズは、何十万ものダウンロードを記録した。電子版でのヒット作は続々生まれている。iPhone/iPadのおかげで、売り上げが大きくなっている」

 「紙が必要なくなれば、印刷代や流通のための費用がなくなり、費用は当然下がっていく。購入者にとって購入の敷居は下がる、同時に、書き手は、印刷物と比べて高率の印税を確保できるようになる。才能がそちらに流れていくのは、自然の話だろう」

 「ただ、現時点では、明るい側面だけではない。創造する人たちの舞台は一見、広がったように見えるが、電子書籍の世界は非常に移ろいやすく、はやり廃りのあだ花のように消費される危険でいっぱいだ。一発成功するだけで終わる場合も多々でてくる事だろう。出版社へ持ち込んで説得するといった苦労をしないで良くなったということだけで、”努力せずにものが集まるしくみ”ができてきたにすぎない、ということだろう。出版社は非難をするというより、どのように対応していくのかを考えていただきたい」


■電子出版配信のインフラ構想「Book Server」プロジェクトとは

 ——インターネット・アーカイブの活動、「Book Server」プロジェクトに参画することを発表している。まずは、インターネット・アーカイブの活動をどのように位置づけているか。

 「紙で作られた書籍は、時間を超えて大きな力を持っている。本屋や図書館は、書籍のエコロジーとして書籍の有効利用を実現する一端を担っており、そうしたしくみが培われるまでには長い時間がかかってきた」

 「電子出版は、ようやく、そうしたエコロジーをつくるための緒についたところだ。しかし、競争原理に基づく「金儲け」だけが電子書籍の流れをリードすることによって、これまで書籍のエコロジーなど想いを馳せる余裕さえなかった。このままでは存在までも危ぶまれるのではないかと考えている」

 ——具体的には、どのようなことか。

 「本は、つくられればそのものが存在とつながっている。しかし、つくった本を販売・流通する側の都合や考えで読み手に届けることができない、というのは問題だ。意図的に遮るような事があれば、言論の弾圧、あるいは検閲行為につながるのではないだろうか。また、販売・流通する側が本の値段を決めるという行為は、本の作り手に対して公正なビジネスとは言い難い。販売・流通がバランスを失い覇権主義に走っていったら出版ビジネスは偏ったものにならざるを得ないだろう」

 「本はみんなのものだ。たとえ紙から電子へと方法が変わったとしても、出版に携わるものは、これまでの出版が培ってきた歴史やジャーナリズムを忘れずに、責任を自覚していっていただきたい」

 「出版とは、経済活動であると同時に記録であり、文化や思想を育て、議論を起こし新たな創造を生み出すものだ。経済的な合理性や利潤の追求だけが出版するかしないかを決める基準にすべて入れ替わったとしたら、それは落胆と言わざるを得ず、表現の豊かさを侵すものだろう」

 「それを阻止するためには、一部の強者だけに握られる偏ったメディアの形成を避けなければならない。インターネット・アーカイブの活動への協力は、そうした思いを込めている」


■絶版・品切れ書籍の電子化で、新たな入手手段を

 ——「Book Server」構想について、日本からは、ボイジャーだけだが、具体的にはどのような協力をするのか。

 「インターネット・アーカイブにあるブック・サーバー構想は利潤追求のための活動ではない。図書館の電子媒体の標準規格の一つであるepubのデータ作成、カタログ情報の共有を支援するものだ。インターネット・アーカイブに構築されている書籍の電子化をサポートするということだ」

 「(ボイジャーは)日本からこの活動に参加する出版社、作家、支援者へのサービス窓口の役割を担うつもりだ。インターネット・アーカイブでは、誰もが無料で、ネット上に蓄積された電子書籍、映像、画像、音声などが提供されている。いわば世界最大の電子図書館と言える」

 「基本的には、多くが著作権の切れたものや著作権フリーのものだが、我々は著作権のあるものを手掛けようと考えている」
 「著作権のあるものには、インプリント、現在出版されているものと、アウト・オブ・プリント、つまり絶版・品切れのものがある」
 「既存の書籍のうち、約2割が著作権の切れているもの。残りの8割が著作権が切れていないものだが、その著作権の切れていないもののうち、実際にはほとんどが絶版・品切れになっていて、もはや書店では入手することができないものだ。いわば、出版社自身がビジネスをあきらめたものといえる。これを図書館やNPOなどが電子書籍の形として活性化を図っていこうというのがこの活動だ」


■「書籍のエコロジー」を電子ブックの世界で実現

 ——電子書籍におけるエコロジーとは

 「インターネット・アーカイブにある電子書籍は、ベンディング・アンド・レンディングと呼ぶルールのもとで、貸出・販売が行われている。申し込みをすれば、誰でも無料で一定期間読むことができる。デジタル技術を用いて、同時に借りられる本の数と、読める期間に制限を設けている。無尽蔵に貸出をするということはない。貸出制限の枠を超えて利用をしたい人は、購入することができる。その場合は、書籍を出版した版元出版社あるいは版元が指定する販売元へダイレクトに依頼を転送するしくみになっており、インターネット・アーカイブ自体は商売をするわけではない」

 「これを一つのデジタル時代の図書館、eブックの購入の仕組みとして、本のエコロジーとして定着させようという運動が、ブック・サーバー構想だ。こうした運動は、本来は国がやるべきことかもしれない。それはそれとして、できないなら、みんなでやろうという考えだ」

 「ボイジャーとしては、日本の窓口として、ノウハウを紹介したり、セミナーをしたり、スキャンの手伝いをしていく。対価をもらうが儲けを得ようとは考えていない。我々としては、これまでのツールやノウハウもオープンにしていこうと考えている。これは「もう一つのアップル」「もう一つのgoogle」を自身が追求することではなく、新たな本のエコロジーの環境をみんなで作ろうということだ。」

 「今後は、出版社に納得してもらうように、話をしていきたい。出版社の説得には時間がかかるだろう。説得できないならば、できるまで粘り強く待つ。まずは、賛同してくれる出版社から始めていこうと考えている」

#interbee2019

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