【倉地紀子のデジタル映像最前線レポート】(2)3/3 映画「ターミネーター4」(09年公開、配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、6/13(土)より丸の内ピカデリーほか配給)

2009.6.18 UP

映画「ターミネーター4」
流体シミュレーションを駆使して爆破を表現
グローバル・イルミネーションにも新たなアプローチ

 『ターミネーター4』における世界観を表現するポイントとして、機械的な金属のイメージと共に重要なのが、原子爆弾に焼き尽くされた情景の表現だ。ILMは、過去の映画プロジェクトで培ってきた流体シミュレーションやダイナミック・シミュレーションの技術を駆使して炎、煙、爆破などを表現している。さらに、そこに現実世界とたがわぬリアリティを与えるために、シーン全体を包含する環境光表現(グローバル・イルミネーション)に注目した。(倉地紀子)


<グローバルなリアリズムの発展形>
 一言にグローバル・イルミネーションといっても、その実装方法には多くの方法論が存在する。これまでILMは、レンダーマンの新機能である”ポイント・クラウド“(映画『天使と悪魔』の記事参照)をグローバル・イルミネーションの常套手段として活用してきた。しかしこの手法は、ラジオシティ法の考え方をベースにして間接光の影響を計算するもので、光沢のまったくない物体には適しているが、金属質の物体のような光沢のある(スペキュラー反射をおこす)物体を含むシーンには適していない。
 スペキュラー反射におる光の挙動を正確にシミュレートするためには、反射する光の経路(レイ)を追跡する方法が望ましい。そこで今回は、レイトレーシングをベースにしたグローバル・イルミネーション(モンテカルロ・レイトレーシング)が導入された。
 モンテカルロ・レイトレーシングが通常のレイトレーシングと違うのは、直接光の影響だけでなく間接光の影響まで捉えるため、シーン全体のあらゆる方向に向かって光の経路を追跡する必要がある点だ。今回の場合はレンダーマンを用いておこなわれたが、その際に、追跡するレイの最適な量と方向を判断するためのプログラムが、ILMとコロンビア大学とのコラボレーションのもとで開発された。
 空間全体を埋め尽くすだけのレイを飛ばしては、計算時間が途方もなく増大する。そこで、モンテカルロ・サンプリングというサンプリング法を用いてランダムにレイを飛ばす。ここで、光が飛来してくる確率の多い方向にレイを飛ばした方が、少ない数のレイで確実に光をキャッチできる。このようなサンプリングの考え方はインポータンス・サンプリング(importance sampling)と呼ばれる。
 ILMとコロンビア大学では、このインポータンス・サンプリングをおこなうためのプログラムの開発を中心に行った。インポータンス・サンプリングでは、どの方向からより多くの光が飛来してくるかを的確に掴む必要がある。そのためには、シーンのどの領域により多くの光が溜め込まれているかを知ることが大切だ。また、レイトレーシングのレイの追跡は視点方向からおこなうため、どの方向から光がより多く飛来してくるかを知るためには、物体表面での反射を表す関数の逆関数に相当する計算をほどこしてやる必要もある。
 前述したように物理的に正確なスペキュラー反射を表す関数を、入射方向だけを変数とする関数と出射方向だけを変数とする関数の積に分離したことは、このような逆関数に相当する計算をほどこす上で非常に効果的だったのだ。今回ILMは、物理的に正確なスペキュラー反射のみならず、あらゆるタイプの反射モデルをインポータンス・サンプリングに適した形につくり変えたそうで、それはまさしく大きな「変革」だったのだ。
 グローバルなリアリズムの究極ともいえるのが、上記のようなモンテカルロ・レイトレーシングとイメージ・ベースト・ライティング(IBL)を結びつけたものだった。もともとIBLは、環境を撮影した写真を用いて環境全体から差し込む光の情報を物理的に正確に復元し、これを物理的に正確なレンダリング方法を結びつけることを意図して考案された手法だった。
 しかし「物理的に正確なレンダリング法」にこだわっていると、いつになってもIBLの実装にはこぎつけそうにない。そこで、ILMが初めてIBLにチャレンジした『パール・ハーバー』において考え出したのが、アンビエント・オクルージョン・マップというものだった。この手法は、実質的には物理的に正確なレンダリングをおこなうことなく物理的に正確なレンダリングがつくりだす効果に似た味わいを加えることを目的としており、IBLとの相性が非常によかった(詳しくは映画『天使と悪魔』記事参照)。
 このため、『パール・ハーバー』以降またたくまにVFX業界全体に浸透し、映画におけるIBLの普及に大きく貢献することになった。
 しかし、今回ILMは自らが打ち立てたこの過去の方法論と決別し、IBLによるライティングのもとで、モンテカルロ・レイトレーシングによるレンダリングをおこなうという方法を選択した。この方法では、視点方向からシーン全体にレイをサンプリングし、それぞれのレイが物体表面上で反射を繰り返して環境(=光源)に到達するまでの経路をくまなく追跡する。レイが物体表面と交差するたびにその交点の色を拾い上げて足し合わせていくため、光源を発した光があらゆる経路を辿って人間の目に到達するまでの工程をシミュレートできる。
 したがって、たとえば、ドームのような部屋の中に、CGのロボットとCGのクリスマスツリーが一緒に登場するシーンなどでは、クリスマスツリーの各部分で反射された鮮やかな色の光がロボットの体に及ぼす影響なども正確に表現することができ、シーンのリアリズムを高める上で大きな効力を発揮したのだそうだ。

 これまで見てきたように、『ターミネーター4』における技術開発の核心は、なんといってもフォトリアリスティックな表現の要となる物理的に正確なレンダリング・パイプラインをその土台から構築することだった。長年にわたって物理的な正確さをうまく近似するレンダリング技法の考案と蓄積に専念してきたILMにとって、今回の方向転換はまさに一つの大きな改革であったのだ。確かに今年に入ってハリウッドの実写映画には物理的に正確なレンダリング技法を用いた表現が顕著になりつつあったが、今回ILMが成し遂げた改革は、その方向性を一気に押し進めることにつながりそうだ。
 『ターミネーター2』はCGを導入したVFXの原点として映画の歴史に大きな足跡を残したが、今回の『ターミネーター4』はフォトリアリスティックな映像表現の転換の引き金になったという意味で、実写映画の歴史にまた一つ新たな軌跡を残すことになったといえそうだ。

(写真解説)
「モンテカルロ・レイトレーシング(MCRT)」最上段
 金属のリアリズムとグローバルなリアリズムを両立させるため、今回はCGショットすべてにおいて、レイを用いたグローバル・イルミネーション、すなわちモンテカルロ・レイトレーシング(MCRT)が用いられた。『ターミネーター4』のMCRTでは、レイそのものはレンダーマンを用いて飛ばされたが、ILMとコロンビア大学との共同研究によってサンプリングのための独自のプログラムが数多く作成され、過去の開発されてきたあらゆる反射モデルもこのサンプリングに適した形に作り変えられた。

「エフェクトと流体シミュレーション」上から2番目
 グローバルなリアリズムを高めるためには、剛体シミュレーションや流体シミュレーションを駆使したエフェクトも大きく貢献した。流体シミュレーションを用いた炎や爆発の表現では、これらのエフェクトと物体との干渉も正確にシミュレートされたという。

「車の爆破のメイキング画像」上から3ー5番目
①車の爆破の大雑把なシミュレーションを実写プレートに重ね合わせたもの
②剛体シミュレーションによって得られたより精密な車の爆破部分を簡易レンダリングしたもの
③IBLとMCRTを用いてレンダリングした車を実写プレートに合成した最終画像

#interbee2019

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