【コラム】米ケーブルTVの最大手コムキャストがユニバーサル・スタジオ・ジャパンを買収した真意

2015.10.7 UP

INTXの基調講演で、TWC買収失敗を語るコムキャストのブライアン・ロバーツ会長(撮影:筆者)

INTXの基調講演で、TWC買収失敗を語るコムキャストのブライアン・ロバーツ会長(撮影:筆者)

 15年9月28日、米CATV最大手のコムキャストがユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下USJ)の買収を発表した。同社は、USJ株式の51%を約150億ドル(約1800億円)で購入、経営権を取得する。海外投資としては過去最高額となるUSJ買収について、米主要メディアは大きなニュースとして取り上げたが、投資家筋はまったく反応しなかった。今回は、USJ買収の波紋とコムキャストの戦略を追ってみよう。(在米ITジャーナリスト 小池良次)

■なぜ投資家はUSJ買収に反応しないのか
 主要メディアが派手な報道を展開したにもかかわらず、USJ買収について米国投資家筋は「なぜ無視した」のか─その理由を考えてみよう。
 今回の買収は、コムキャストの海外投資としては最大だが、その額は約1800億円。コムキャストによれば、USJの企業価値は約7500億円だが、そこには約4000億円の債務も含まれている。大雑把に言えば、債務を含め合計3800億円の投資と言える。
 アジア、特に中国を中心とするテーマ・パーク・ビジネスは近年好調だが、コムキャストが収益増加を狙ってUSJ買収したというには買収額が小さい。失敗したとはいえ、コムキャストが狙ったタイム・ワーナー・ケーブル買収は452億ドル(約5兆4000億円)。これに比べれば、USJ買収は十分の一以下で、同社にとって小さな買い物と言える。
 また、USJの株主がゴールドマン・サックス・グループなど米国機関投資家であったことも見逃せない。投資家グループが、多額の債務を抱えるUSJの経営権をコムキャストに売却し「リスクを軽減するとともに、経営改善」を狙った。
 つまり、当面収益に直接的な影響はなく、米投資家筋は「USJの収益が改善するか、お手並み拝見」と静観して株価には影響がなかったといえる。

■加熱する米テーマパーク業界の投資熱
 しかし、多額の債務を抱えているにもかかわらず、コムキャストは「なぜ」USJ買収に踏み切ったのだろうか。第一の理由は、米テーマパーク業界のアジア投資熱、特に中国進出の準備だろう。
 米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が詳しく書いているように、16年にはウォルト・ディズニーが上海にディズニー・リゾートをオープンさせる。日本であまり知られていないが、米テーマパーク大手のシックス・フラッグス(Six Flags Entertainment)も中国にテーマパーク建設を検討している。
 こうした競合の動きにコムキャスト傘下のユニバーサル・パーク・アンド・リゾート(Universal Parks & Resorts)も、中国市場参入を真剣に検討している。コムキャスト社のブライアン・ロバーツ会長が「大阪だけでなく、ほかの地域でも投資を進める」と記者発表で述べているとおり、同社テーマパーク部門にとって、USJ買収はアジア進出の小手調べという意味を持つ。
 USJには多くの中国観光客が来場している。ここでのノウハウは、将来の中国市場進出にとって重要な価値を持つともいえる。

■国際化で取り残されたコムキャストの焦燥
  一方、コムキャスト社のトップが自ら大阪に赴いたこと、そして「コムキャストとNBCユニバーサルは、国際企業になっている(ロイター伝)」と述べた点は注目したい。そこには欧州勢による草刈り場となった米国CATV業界にあって、最大手コムキャストが国際化に乗り遅れた「焦り」がうかがえるからだ。
 15年9月17日、フランスの放送通信事業者アルティス(Altice)は、177億ドルで米CATV中堅のケーブルビジョン(Cablevision Systems)の買収を発表した。アルティス社は5月にサッドンリンク(Suddenlink Communications)を910億ドルで買収したばかり。
 また、コムキャストが買収に失敗したタイム・ワーナー・ケーブル(TWC)は、チャーター(Charter Communications)に567億ドルで5月に買収されている。同社はTWCだけでなく、同時にブライトハウス(Bright House Networks)社も104億ドルで買収している。
 チャーターの親会社は世界最大のCATV事業者リバティー・グローバル(Liberty Global)。欧州で派手な買収を続けて急成長してきたリバティーは、ここ2年ほどでチャーター、TWC、ブライトハウスと次々に米CATV大手を買収して、コムキャストの背後を脅かしている。
 欧州域内で買収を続けてきたチャーターやアルティスは、独占禁止法の観点からEC域内での買収が難しくなっている。同様に、米国市場ではコムキャストとTWCが派手な買収を展開してきたため、米国中堅/大手同士の買収も独禁法の関係から起こりにくくなっている。
 この微妙なバランスを突いて、欧州勢が雪崩をうって米国CATV事業者を買い漁っているわけだ。
◇◇◇
 本来であれば、コムキャストもTWCも欧州や南米で買収を展開し、欧州勢に応戦すべきところだが、どちらも国際化が遅れており「海外市場での放送通信事業経験は皆無」の状態だ。そこにコムキャストとしての「焦り」がある。無理を承知でTWC買収に走った同社の行動も、そこに遠因がある。
 しかし、業界2位のTWCがチャーターに買収された現在、コムキャストは生き残りを掛けて国際市場への挑戦を進めなければならない。もちろん、今回のUSJ買収は本業の放送・通信事業ではない。とはいえ、コムキャストが「あらゆるチャンスを狙って国際化を進めようとしている」姿勢に変わりはない。

INTXの基調講演で、TWC買収失敗を語るコムキャストのブライアン・ロバーツ会長(撮影:筆者)

INTXの基調講演で、TWC買収失敗を語るコムキャストのブライアン・ロバーツ会長(撮影:筆者)

#interbee2019

  • Twetter
  • Facebook
  • Instagram
  • Youtube