【インタビュー】スペシャルエフエックス スタジオ 古賀信明氏 アナログからデジタルへの過渡期を含む30年間の知識と経験を10年かけて書籍化「アナログ基礎講座」のねらい
2012.2.17 UP
「アナログ基礎講座Ⅰ」
書籍にも紹介されている古賀氏自作のモーションコントロール装置
成層圏から見た雲海の写真(実際は牛乳で作ったもの:応用編)
■「デジタル技術を最大限活用する」ためのアナログの知識を提供
過去30年以上にわたり、日本の映画向けのエフェクト制作に携わってきたスペシャルエフエックス スタジオの古賀信明氏がこのたび、「アナログ基礎講座Ⅰ」と題した書籍を上梓した。内容は、映像制作における各種の光学、レンズ、撮影のメカニズムなど、貴重な画像や資料を基に丁寧に解説をしている。さらには、「プロの撮影現場の機材知識」などにも触れており、これから映像制作の現場に進もうという若手には得がたい貴重なアドバイスがちりばめられている。
同書はシリーズの「Ⅰ」とされており、この後「Ⅱ」と続き、さらには「応用編」までが用意されている。全部でフルカラー500ページ以上からなる作品であり、本業の合間を縫いながらとはいえ、執筆、写真撮影から編集、レイアウト、デザインまでを一人で手掛け、完成までに10年以上をかけている。 まさしく大著といえるだろう。
■「アナログ技術には映像の本質に関わる知識と経験がある」
なぜ今、「アナログ」なのか。映像制作の主なプロセスの殆どがコンピューター上で行われるような状況になりつつある今、古賀氏があえて「アナログ」を標榜した本書を著したねらいはどこにあるのか。
「制作環境から視聴、上映環境までの一貫したデジタル化」という大きな流れの中、「効率化」を追い続けてきたことにより、「映像に関する基礎知識がなくてもある程度の映像を作ることはできるようになった。アナログの時代には全くありえなかった」と、古賀氏は指摘する。しかし、そうした状況を「表面上はなんとかなっているが、ひとたび問題が起きたとき、まったくのお手上げ状態になってしまう」と危ぶむ。
以前はアナログの撮影機材やフィルムを使うために絶対に必要だった結果の予測と、それに伴う慎重な制作姿勢や、費用対効果の吟味ーーー。アナログ時代には厳然としてあった、こうした経験の積み重ねによる膨大な「暗黙知」が、デジタル化が進む中、引き継がれることなく消えようとしている。古賀氏は現場でそうした状況を見て、危機を感じたという。
「実際に使われなくなったアナログの知識がなぜ必要なのか」。そう問いかける人もいるかもしれない。古賀氏は「光学、撮影、視覚、現場などのアナログの技術や知識には映像の本質に近いものがある」と指摘する。そして、そのアナログの知識が、各種の高度なデジタルツールを使うときに大いに役立つというのだ。古賀氏は「デジタルの可能性は無限ですが、その可能性をさらに大きく広げるのがアナログの知識です」と説く。
昨年の8月から福岡に拠点を移して活動を続けている古賀氏に、メールを通じて今回の著作のねらいについて聞いた。(小林直樹)
株式会社スペシャルエフエックス スタジオ 代表取締役
VFXスーパーバイザー
古賀信明氏 インタビュー
■表面上は「なんとかなっている」
――今回の書籍の執筆の狙いについて
「昨今のデジタル技術の普及は、特にそれがそれである事を意識しないほどで、もはや特別なものでも何でもないけれど、日常生活になくてはならぬもの、空気のような存在になってしまっています。確かに、そのことによって少し前までは不可能だったこと、プロの領域のはずだったこと/ものが、小学生でも操れる時代です」
「しかし、このように便利になりすぎた結果、できあがるものは皆どことなく似ていますし、昔の様に道具を工夫することもなく既製の道具(デジタル機器、ソフト)の単なる組み合わせでできあがるものですから、ひとたび問題が起こってしまうと、まったくのお手上げ状態になってしまいます」
「また、この道具を使えば『できる』ことは判っていても、なぜできるのか? というところまで考える必要もないため、深いところでの応用ができないのですが、実際のところ、深く考えることを放棄してしまっても、表面上はなんとかなっています」
■「アナログ技術は映像の本質に近い知識」
「デジタルの道具だけでは、皆同じ道具を使っているわけですから、その結果がどことなく似通ってしまうのは当然かもしれません」
「そこで、『なぜそうなるのか?』といった基本的なことを現場、撮影、光学、視覚などの映像の本質に近いところを知ってもらうことで、学生さんには今学んでいることのさらなる理解を、そしてもうすでに現場で活躍しているプロには新しい表現のヒントや、なかなか超えられない問題にぶつかったときの解決策に結びつく考え方の鍵になればと思っています」
――本書を書こうと思ったきっかけは何ですか。
「2000年頃、ある出版社から原稿の依頼を受けたのがきっかけで書き始めたのですが、いざやってみると「もの書き」というプロが世の中にいるわけを思い知りました。と言うのも、ものを書き、裏を取るということは思った以上に時間と手間のかかる作業で、どうしても本業であるVFXの仕事が忙しくなると執筆作業が停滞しがちで、何度も書いては立ち止まりの繰り返しでした」
「しかし、書き進めれば進めるほど、類似の本は今までありそうでなかったことに気がつき始め、これは何としても形にせねば! という想いとは裏腹に遅々として進まない作業に焦りを感じつつ、日々の仕事をこなしていました」
「そして、いつしか出版社との話は立ち消えになり、これは自分で出版するのも悪くないかな? と思い始めたのですが、やはり本業の忙しさにかまけていたのと、踏み込んだことのない出版事業に躊躇してしまい、ほとんど作業は進まないまま、結局10年以上が経過してしまいました」
「30年以上前、大学を卒業してすぐに上京し、後に吉祥寺で開いた私の会社を昨年夏、いくつかの複合的な事情で郷里の博多に移すことになり、忙しかった映像の仕事を良い意味での転換期と解釈し、以来執筆と本の編集に時間を費やした結果、やっと出版にまでこぎつけることができたのが今年の1月です」
――対象としている読者層は主にどこでしょうか
「ほとんどの項目について難しい言葉や、数式などは極力おさえ、高校程度の学力があれば理解できるように書いたつもりで、基本的には映像に興味があり、本質を深く学びたい方、映像制作にあたって新しい表現を求めている方、今の表現に限界を感じている方、アナログを知らずに現場で働いておられる方などを対象にしています」
「具体的には例えば、
・映像業界のあらゆるパートを目指している学生さん
・映像を自主制作しようとしている方々、
・映像制作にあたって新しい表現を目指したり、現行の表現に限界を感じているプロを含む方々
・すでに現場で働いているVFX/CGの製作現場にいる方々
・VFXスーパーバイザー/CGディレクター
・すでに撮影現場で働いている撮影、照明、美術、演出パートの方々
・新しい表現に壁を感じているデザイナー
などです」
――この本の活用方法はイメージされていますか
「はい。主に次のようなものです」
・CGやVFXの学習の為の副読本として。
・多くの映像、デザイン関係の学校で不足しがちなアナログ教育の教科書として。
・全ての映像制作(撮影VFX/CG)の問題解決/効率化のヒントとして。
・映像演出発想のヒントとして。
――執筆にあたり苦労したところはどんなところですか。
「十年以上前に書いたものもあり、情報が古くなってしまったものを加筆修正することもさることながら、何よりDTPそのものの経験が全くありませんでした。また本を一冊作るということに映像業界で培った経験がほぼ役に立たなかったという一面もあり、それなりに大変でした」
「しかしながら、それは確かに大変でしたが、それこそアナログの手法しかなかった時代では絶対に一人では完成できなかったことを知っている者にとって、DTPがここまで進歩した現在、印刷製本以外のほとんどの工程を一人でできてしまうデジタル技術の真逆に位置するアナログの本を出すことは何とも妙な感覚でした」
――今後のシリーズの予定についてお聞かせください。
「『アナログ基礎講座Ⅰ』の冒頭に書きました予定が若干変更になりました。以下、変更後の予定になります。『もう、誰も教えてくれない撮影・VFX/CG「アナログ基礎講座Ⅱ」』が、3月末出版予定。『もう、誰も教えてくれない撮影・VFX/CG「応用編」』が、5月末出版予定です。
――500ページもの内容を、分冊する際にどのような構成を考えられたのでしょうか。
「基本的には240ページ程にして1冊にまとめたものを出すつもりだったのが、思ったより書くことが多く、大作になってしまい、最終的に500ページ(追加で図や写真を入れるとそれ以上)を超えるものになってしまいました」
「できるだけ図や写真を多く載せ、しかもカラーで分かりやすく、読んでいても楽しく学べるように、オールカラーで印刷するという条件で、500ページをそのまま本にすると、分厚く重く高価なものになってしまい、結果的に『あまり売れない=一部の人にしか伝わらない』事になってしまいます。そこで、3つに分け、持ち運びに丁度良いB5判で価格も紙質と装丁の割りにリーズナブルなものにしました」
■「アナログ基礎講座Ⅰ」:基本中の基本をわかりやすく
「1巻目の『アナログ基礎講座Ⅰ』はヒトの視覚やレンズ、撮影機材、露出や照明などの基本中の基本を分かりやすく説明しています」
「すでに毎日現場で活躍しているプロでも『分かっているつもりでも、いざ他人に言葉で説明しようとすると難しい。いや、実は良く分かっていなかった!』などというようなことは、意外と多くの人が経験していることと思います。そうした、『曖昧な理解』を少しでも明確にできたら・・・との思いで書きました」
■「アナログ基礎講座Ⅱ」:現場でも応用可能な実用性の高いノウハウを提供
「2巻目の『アナログ基礎講座Ⅱ』はかなり実用的な内容になり、現場で応用可能な多くのノウハウ等、ここでもかなり本質的な所まで踏み込んで書いています」
「ブルーバックやグリーンバックなどのキーイングの実際、代表的なスタビライザー、ステディーカムの原理や構造、スクリーンプロセス、マットペイント、マーカーなど、そして撮影現場の見学時におけるマナーや注意点、撮影現場でのプロとしてのマナー などなど、知っておくと学生さんは就活に、プロは現場の効率化に新しいアイディアのヒントに絶対に役立ちます!」
「何かを実現させたい場合、最終的な結果の現象だけを捉えていたのでは良いアイディアは浮かびません。求められる本質『要するに、こうなってれば良い』、あるいは、それを構成しているいくつかの要素の分解・分析ができれば、道具や方法論にとらわれない、斬新で、能率的な突破口が切り開けるチャンスが生まれます」
■「応用編」:アナログ手法を用いた表現手法を披露
「3巻目の「応用編」ではあまり知られていない表現のノウハウをかなり具体的に解説します。例えば、雨や霧の合成、天候を変える、多用途特殊マーカーの製作法、コントロール可能な煙のアニメーション、ミニチュアの地形を作る、雲を描く、雲海を作る等々・・・」
「手法のほとんどがアナログなので、プロはもちろん、学生の皆さんも身のまわりのもので作れるので、情報として、かなりお得な1冊になると思います」
■「デジタルが持つ無限の可能性をアナログの知識でさらに広げよう」
――映像づくりを目指すプロ、また、メディアに関わるプロの方々に対して、この本を作られた思いと、古賀さんからのメッセージをいただけますでしょうか
「現在もその進歩が止まらないデジタルの可能性は無限ですが、その可能性をさらに大きく広げるのがアナログの知識だと考えています。デジタルのみでも映像製作は可能な時代ですが、それだけではある意味平凡なものになってしまうか、大変な手間が掛かってしまうものもあります」
「しかし、アナログの知識と考え方をそれに加える事で、独創的な映像の実現や、作品製作の省力化を図る事も可能です。またアナログの知識という物事の深いところで理解が出来ていると、そこから派生する柔軟性の高いアイディアは、他人とは違う競争力を持っています。この考え方は本書のアナログや映像に関してのみならず、あらゆる局面で応用が利くはずです」
「本書のタイトルは、学生向けの様に見える「基礎講座」と銘打っていますが、実はその殆どが現役のプロにも役立てて頂ける内容になっています。本書はその考え方のヒントを多数提供しては居ますが、勿論これが全てではありません。つまり、物事の本質まで遡る事の重要性に気付いて、その考え方の入り口に立ってもらうためのガイドとして、そしてそれらを実際のプロのお仕事に生かして頂けることを願っています」
古賀信明(こが のぶあき)
1958年 (昭和33年) 9月3日、福岡県 福岡市 生まれ
1980年 九州産業大学 芸術学部 写真学科 卒業
1980年 株式会社8-8光映(映画機材レンタル会社)に入社
1982年 撮影部(撮影助手)としてフリーとなり、PR映画、CM、劇映画等に参加
1983年 TVドキュメンタリー『北の大地』でキャメラマンとなる
1984年 スペシャルメイクアップ及び特殊造型を始める
1987年 アナログのマットペイントに着手
1993年 自作モーションコントロール合成装置を開発
1995年 初めてフルデジタルの仕事をする(TVCM アサヒビールZ)
1997年 個人事務所「スペシャルエフエックス スタジオ」を法人化して、
『有限会社スペシャルエフエックス スタジオ』とする
1999年 手塚眞監督『白痴』でベネチア国際映画祭
「プリモ・フューチャー・フィルム・フェスティバル・スタジオアウォード」受賞
2006年 会社所在地を変更、法人形態を有限から株式へ変更
2007年 大友克洋監督『蟲師』で
シッチェス・カタロニア国際映画祭「最優秀視覚効果賞」、
日本映画テレビ技術協会「映像技術奨励賞」受賞
2011年 会社拠点を東京から郷里の福岡市へ移す
2012年 初の著書「アナログ基礎講座Ⅰ」出版
株式会社スペシャルエフエックス スタジオ 代表取締役
VFXスーパーバイザー
九州産業大学非常勤講師
日本撮影監督協会会員
日本映画テレビ技術協会会員
「アナログ基礎講座Ⅰ」
書籍にも紹介されている古賀氏自作のモーションコントロール装置
成層圏から見た雲海の写真(実際は牛乳で作ったもの:応用編)