【Interview】地方局に「街ブラ」スタイルのVRを! 地域経済との連携による新たなコンテンツビジネス創造を支援する ジョリーグッド 上路氏
2016.9.3 UP
100本以上のVR映像を自作した経験から「Guru VR」を開発したジョリーグッドの上路氏
アームが見えない工夫がVRの体験の質を高めている
両手がフリーなのも大きなメリットだ
8月25日に発表されたテレビ西日本による「VR九州」プロジェクト
■地域の放送局によるVRアプリ企画が続々登場
7月22日、北海道放送(HBC)はスマホ用の360度動画アプリ「HBC VR」を公開し、北海道の観光スポットやイベントなどの360度動画の配信を開始した(上写真)。提供する動画コンテンツには、地域の放送局ならではの名所と、あたかも「街ブラ」(芸能人やアナウンサーが街をブラブラ散歩する番組)的な構成など、さまざまな工夫がなされている。 今年2月に開催された「さっぽろ雪まつり」や、夜景が楽しめる「もいわ山ロープウェイ」、スノーボードも楽しめる小樽のスキー場「オーンズ」など、20カ所がすでに用意されているという。
さらに8月以降、地方局がVRコンテンツを手掛ける例が次々と発表されている。
8月10日には、テレビユー福島系の制作会社、MTS&プランニングが「アクアマリンふくしまVR」を発表。8月22日には、東海テレビがSKE48のライブステージやバーチャルデートを楽しめるコンテンツを発表。8月25日には、テレビ西日本が「VR九州」プロジェクトを立ち上げ、九州の魅力をVRコンテンツで発信する展開を開始すると発表している。
■VRの技術を支えるジョリーグッド 地方局出身の上路氏が創業
これらの放送局の技術支援をしているのが、ジョリーグッドだ。同社の創業者で代表の上路健介氏は、もとIBC岩手放送で番組制作や企画を担当してきた。
上路氏は、当時からネットと番組が連動するコンテンツを開発し、全国の地方局のサービス開発の支援も手掛けている。その後、大手広告代理店で番組の企画開発を担当。NHKのバラエティ番組『ブラタモリ』では位置情報を用いて、番組内容を追体験できるコンテンツを開発。同じくNHKの大河ドラマ『龍馬伝』では、桂浜や高知城などで、坂本龍馬にちなんだコンテンツを見ることができるコンテンツを開発。番組の制作力を地域の情報発信に生かし、さらにネットを介した展開につなげる工夫をしてきた。
「マスメディアのテレビ番組とユーザーの行動をひもづけてあげることによって、旅行をもっと楽しむことができる」(上路氏)という。こうした活動をしてきた中で、各自治体から「同様のフォーマットを用いたコンテンツをつくりたい」といった要望があり、札幌市や奈良県、静岡県など、自治体と地元メディアを組み合わせたサービスを多数開発している。
■VRの可能性を直感 自ら100本を越えるVR映像を制作
上路氏が初めてVRと出会ったのは、上路氏自身が総合監督に携わったウェアラブル・カンファレンスのイベント「ウェアラブルテック・エキスポ」の日本大会だ。さまざまな技術の中で特にVRの成長の可能性を感じたという。その後、自ら100本以上に及ぶVR映像を制作する中で、「Guru VR」を開発した。
「Guru VR」は、VR映像の制作パッケージともいえるもので、360度映像の撮影・制作から編集のトレーニングといった制作支援、サーバーなど配信態勢の提供などの技術支援により、コンテンツの制作から配信までを一貫して提供するサービスだ。大きな特徴は、放送局や番組制作会社など、ハイエンドの映像コンテンツ制作者を対象にしており、特に地域の放送局などに対して企画・営業なども含めたアドバイスを実施している点にある。
■番組制作の機微が生かされたGuru VR
また、「Guru VR」の360度映像撮影には、カメラを支える特殊なアームが用意されているなど、特許技術を含めた細やかな工夫が施されている。
実際、「Guru VR」を用いた北海道放送のVRコンテンツ「HBC VR」を体験すると、従来の360度映像と大きく異なる感覚がある。一言でいえば、「街ブラ」の番組に自分も参加している感じなのだ。「視聴者」というより「参加者」という、「一歩踏み出した感」が自然に感じられる。
「街ブラ」の特徴の一つは女子アナやタレントなど複数の「仲間」が和気あいあいと語り合いながらブラブラ歩く点にある。「HBC VR」では、ちょうど左肩越しの視野の先に、いつも女子アナがいて、景勝地をいっしょに歩きながら、話かけてくれる。まさに「街ブラ」の出演者として、いっしょにブラブラ散歩している感じを体験できるのだ。
これまでも360度映像で美しい景色を楽しむことができるコンテンツはたくさん紹介されているが、景色を見るだけでは、しばらくすると飽きてしまう。「HBC VR」も360度映像で北海道の景色を楽しめるという点では共通しているのだが、そこに「街ブラ」のメンバーの一員として仲間(ガイド)の話を聞きながら景色を楽しめるという楽しみが加わっている。さらに、振り返ればその解説をしてくれる女子アナが隣でいっしょに景色を楽しんでいる。別名「同伴VR」とも呼ばれており、この距離感が絶妙な親しみを与えてくれるのだ。
■細やかな配慮が与える安心感
この、「同伴」の体験をスマートに提供する工夫が、まさに「GuruVR」の特徴ともいえる映像の完成度の高さにある。
撮影時、360度カメラは女子アナの右肩に固定したパッドからのびるアームの先端に装着されている。しかし、映像にはパッドやアームが映らない工夫がなされている。肩に固定しているため、女子アナはフリーハンドで、自由に両手を使うことができ、カメラに気を取られることなく動ける。
視聴する側も、カメラを意識しないで景色を楽しむことができる。手に持っているカメラの映像を見ていると、ブレが気になったり、カメラを持っている手が気になって、自分がまるで「手乗り文鳥」になったような違和感を感じることがあるが、GuruVRだとそうしたことを気にせずに「同伴感覚」を楽しめる。細かい工夫だが、体験してみると明らかに「没入感」が違う。ここに映像制作のプロの機微が感じられる。
技術的には「撮影時、アームが見えないようにする死角をつくりだしている」ということで、画像のスティッチのような後処理によるものでないため、作業工程もシンプルだ。
アームが見えないようにするという工夫は、放送業界で番組をつくってきたテレビマンならではの、演出への気配りと映像品質への高い意識からできたものといえるだろう。上路氏は「番組の作り手は裏方が見えるのを嫌います。 映像の中に入り込んだ感覚を持ってもらうためにも、見えないようにすることが重要だと思いました」と話す。
ジョリーグッドは、この「アームが見えないようにする工夫」で特許を申請している。「Guru VR」にはこのほかにも、360度画像の中に表示したメニュー選択のためのポインターを、マウスなどのポインティングデバイスなしで操作できるUIなど、使いやすさを配慮した工夫がなされている。
■「VRを一番よく作れるのは地域のメディアと制作会社」
ジョリーグッドは、HBCのリリースで、地域の放送局、番組制作会社こそVRの盛り上げ役だと指摘し、VRビジネスへの期待も込めて次のようにコメントを書いている。
「VR を一番よく作れるのは、地域をよく知るメディア企業と地元の制作会社 と、我々は確信しています。 そしてVR は、メディア史上、最大の革命であり、最大のチャンスです」
このコメントについて、上路氏は次のように説明する。
「今、VRが注目されていますが、これをブームで終わらせないためには、アーリーアダプターではなく、もっと一般の人が親しめるものにならなければならない。そのためには、まず、安価で手に入るデバイスの普及と、親しみのあるコンテンツを提供していくことが重要です」(上路氏)
「放送局や制作会社は、番組作りで培ってきたプロの技術と演出ノウハウがある。これを生かしてVRコンテンツを作ることで、VR映像コンテンツのフォーマットを増やしていけば、一般の人にも面白いVR映像コンテンツの作り方を知ってもらえる」(同)
日本の各地の魅力をVRコンテンツで提供することで、地元の人がVRに親しみを感じるとともに、観光振興につながるという。すでに、一部の地域VRコンテンツでは、英語版・中国語版もつくられており、観光庁と連携したインバウンド促進のためのVRコンテンツプロジェクトも動き出しているという。
■地域連携の強みで事業の継続性に期待
上路氏が地方局を中心にした地域のメディアにVRの企画を勧めるもう一つの理由が「営業」の強みだ。
「地方局の営業は、地域の企業・団体のネットワークを持ち、地域のイベントやさまざまな催しについても連携している例が多い。VRが継続的に提供されるためには、局の営業力を生かすことがポイントになる」(上路氏)
「Guru VR」の配信サーバーには、地域のVRコンテンツの収益性を支えるもう一つの工夫がある。「Guru VR」には、ユーザーが360度映像の中で何に興味を持って見ているかを測定する技術が内蔵されている。これにより、ネット広告における「オーディエンス・ターゲティング」と同様、関心を持った対象に関係する広告を提示することができるという。
VRコンテンツの企画・制作は各地域が独自に展開しているが、サーバーはすべてジョリーグッドが統合管理しており、全国のデータをビッグデータとして一括管理すれば、ナショナルスポンサーによる提供も可能になりそうだ。
■HBC 小川氏「まずは走り出すこと」
実際に導入した側の意見を知るため、「HBC VR」を展開している北海道放送 メディア事業局 デジタルメディア部の小川哲司部長に、ジョリーグッド採用の経緯や、今後の展開などについてお聞きした。ジョリーグッドの技術支援を信頼しながら、新たなメディアへの取り組みに模索を重ねる状況が感じられる。
ーー360度映像はいくつか技術があると思いますが、その中でジョリーグッドの技術を選定された理由は何でしょうか。
「放送局にとっては、360度映像の制作は、頭の切り替えを求められる、いわば新しい映像表現ですが、ジョリーグッド社は、「放送局の文化」をよくご存知で、 制作面から営業面まで、我々と同じ「言語」で会話ができるチームであったことが大きいです」
「360度動画のプラットフォームとしては、国内にも多くの事業者さんがおられますが、単に技術をご提供いただくだけではなく、 放送局の目線で、一緒にノウハウを蓄積していけるパートナーとしてお付き合いできそうだと考え、 選定させていただきました」
ーー7月にオープンされて、実際のアプリの利用数や視聴数などはどのぐらいでしょうか。
「こちらは、正直、まだまだこれからといったところです。 が、思わぬところから反応やお問い合わせをいただいており、 360度動画のマーケットへの期待が高まっていることは、肌で実感しております」
ーーVRのコンテンツとテレビ番組との連動などはありますでしょうか。また、今後そのようなことをお考えでしょうか。
「現在は、まだ放送番組との連動企画はありませんが、 弊社の「HBC VR」は、「放送局ならでは」と「ローカルならでは」の2軸でコンテンツの展開を考えており、 番組連動についても、いくつか検討・企画しているところです」
ーーVRアプリによる広告収益やその他の事業収益などはありますでしょうか。あるいは今後、どのような形で収益化をお考えでしょうか。
「収益化については、弊社のアプリをプラットフォームとしたプロモーションを軸に展開しておりますが、 360度動画の広告やペイパービューコンテンツの制作等も検討しております。 いずれにしても、360度動画は、従来の動画コンテンツとはかなり性格が異なりますので、認知を高めながら、うまくハマる企画を作る事が重要だと考えています」
「360度動画は、新しい技術・映像フォーマットですが、VRをめぐる世の中の動きを見ますと、いずれ普通に受け入れられるようになると思います。放送局にとって、どこにブレークのポイントができるかは、走りながら考えることになりますが、今は、まず走り出すことが重要、と考えています」
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ジョリーグッドは、さきごろ、ゲームの企画・開発とともにVR系の投資を展開するgumiから、1億円の第三者割当増資による資金調達を実現している。
高いコンテンツ制作力と、地域の情報収集力、そして地域の経済圏とのネットワークを生かしたVRコンテンツが今後、どのように盛り上がりを見せるか。 安定した資金力を備えたジョリーグッドのバックアップと地域の情報発信力に期待がかかる。
(取材・Inter BEE Online編集部 小林直樹)
【Inter BEE 2016でパネルディスカッション】
11月16日から18日の3日間、幕張メッセで開催されるInter BEE 2016では、新たにINTER BEE IGNITIONとして、VR、AR、ライブエンターテインメント等のセッション、展示を企画しています。同企画のセッションとして上記のジョリーグッド 代表取締役 CEOの上路健介氏、北海道放送 メディアビジネス局 デジタルメディア部 部長の小川哲司氏、さらに、テレビ西日本 技術局システム技術部長 兼 映像センター ITコンテンツ部長の尾野上 敦氏が登壇するパネルディスカッション「テレビマンが創るハイクオリティVRとメディアの未来〜本格始動したローカル局発VRビジネスの今〜」を、11月17日(木)13時から14時30分まで開催します。入場無料。ぜひご参加ください。
100本以上のVR映像を自作した経験から「Guru VR」を開発したジョリーグッドの上路氏
アームが見えない工夫がVRの体験の質を高めている
両手がフリーなのも大きなメリットだ
8月25日に発表されたテレビ西日本による「VR九州」プロジェクト