Inter BEE 2021

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Special 2023.05.17 UP

【Inter BEE CURATION】放送局の連帯で復活する ウクライナのドラマ制作

稲木せつ子 GALAC

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※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2023年6月号からの転載です。

男性スタッフの 25%が戦地に

昨年2月、ロシアの侵攻でウクライナの首都キーウが砲撃を浴びたとき、フィルムUA(ウクライナ最大手の制作会社)のプロデューサー、エリセーヴァさんは、「これまでのプロジェクトが一夜にして意味のないものとなった」と感じたそうだ。長年放置されていた同社の防空シェルターは、瞬く間に周辺住民の避難所となり、出入りの仕出し業者が毎日炊き出しをした。サバイバルが優先され、彼女は「すべてがストップし、しばらく途方に暮れた」と振り返る。
 政府の方針もあり、放送局連合による放送は続けられたが、ドラマの制作現場は激変した。機材は空襲を避けてポーランドに移され、男性陣は国民総動員令の下で徴兵された。
 「志願者も入れると、業界で働く男性の25%が戦地に向かいました。男優、カメラマンなど、戦死した人もいます」と語るのは、同社の国際共同制作を担当するヴィシュネフスカさんだ。彼女は、同国の動画産業への国際支援を促進する、ウクライナコンテンツクラブ(UCC)の創設者の一人でもある。UCCは、業界大手らが戦下の生き残りをかけて昨年5月に発足。欧米放送局などにウクライナ企画や番組を売り込み、中断されたドラマ撮影を復活させている。  
 今年3月にキーウでクランクインしたのは、フィルムUA制作の「留まった人たち」だ。オムニバス形式の6話シリーズで、キーウが集中砲火を受けた開戦当時の実話をもとにしたドラマだ。身寄りのないホームレス、ロシア軍に一時占領された地域の動物園清掃員、空爆で家を失った親子など多様な人が登場し、「暗澹たる気持ちになりながらも、各人が希望を見出す方法を見つけて行動する姿」が描かれるという。
 ウクライナ人の戦争体験を多面的に表現するには、オムニバス形式が最も適していたそうだが、俳優だけでなく撮影班も毎回入れ替わり、シリーズでは、同国を代表する監督が参加している。例えば、動物園の話はNHKがリメイクしたウクライナの探偵ドラマ「スニッファー」の監督が担当*1。また、日本で放送中の歴史ドラマ「囚われの愛」の監督が、第一話「家族」を手がけている*2。
 実はこの2作品、ロシア語で制作されている。ウクライナは長く同じ文化圏で共栄していたが、クリミア併合を機に政策を脱ロシアに変更*3。業界はロシア市場から撤退する代わりに、現政権から欧米との共同制作で手厚い資金援助を受けたのだが、戦争でこの資金源は枯渇した。 
 最初に資金援助に応じたのはドイツ民放系列の制作会社レッドアロー・インターナショナルだ。共同制作の担当者は、ウクライナ支援という大義があってもヒットしなければ次に続かないと考え、悲惨な状況下にもユーモアがあり、見る側に希望を与える作品づくりを目指した。
 そして、ヴィシュネフスカさんらの熱意が実を結び、北欧の公共放送3局の追加出資によりドラマ制作が復活したが、青信号が出るまでには時間がかかった。最大のネックは安全。戦争が続くキーウの撮影にはリスクが伴うからだ。

警察、消防、軍隊が見守る

冒頭に開戦時のショックを語ってくれたエリセーヴァさんは、空襲など不測の事態に備えた対応マニュアルを作成したうえで、リスクアセスメントを繰り返した。警察、消防だけでなく、軍隊からも撮影立ち合いの協力をとりつけたという。キャスティングでも苦労があった。第3話の主役にドイツ人男優を起用し、戦争が続くキーウでの撮影を計画したからだ。
 20人のなかからZoomによる最終オーディションで選ばれたのは北ドイツ在住のマンネルさんだ。女友だちを救出するためにキーウに来たが、支援活動に深く関わるうちに留まることを選ぶドイツ青年を演じた。同氏は、冒険だと思う気持ちとともに、テレビで報道されるキーウやブチャの悲惨な映像が頭のどこかにあったと言う。バスと電車を乗り継いだ長旅の末、キーウ駅に到着すると、まず空襲警報が鳴った。撮影期間中に3度ほどシェルターに避難したが、最初に避難したときには、付近で被害があったとするテレグラムの記事を見て「本当に危ない」と感じたと話す。マンネルさんは、「大変な状況のなか、平静と暮らしている人々と仕事をするうちに、電気や水の心配、空襲に怖気づく自分が少し恥ずかしくなった」と打ち明けてくれた。そして、「ウクライナ語での撮影で身振り手振りで仕事に打ち込むうちにドラマの主人公と同じように、キーウの魅力に取り憑かれたんだよ」と笑顔を見せた。
 相手役のストプニックさんは、ウクライナ軍がロシア侵攻を食い止めるために自爆したイルピンの橋の下をくぐって逃げ延びた経験があり、戦争のトラウマは強いようだ。支援ボランティアに没頭する役を演じるのだが、役柄そっくりの友人がおり、彼女は「何事にも精力的なんだけれど、その内面は壊れているの」と語る。この友人のことを考えて演じ、それを演じる自分のこと、そして皆のことを考えるという。
 制作のエリセーヴァさんも、作品は私たちを描いていると言い、「撮影が復活して嬉しい。私たちは、希望を見い出すしかない。戦争の犠牲者にはなりません」と言葉を重ねた。
 ウクライナ人の底力に触れた思いがし、ますますこのドラマが見たくなった。現在、他局からも問い合わせが相次ぎ、完成前のプレバイ契約も進んでいるとのことだ。日本でも、ぜひ放送を検討してみてはどうか。

*1 2016年のNHK土曜ドラマ「スニッファー 嗅覚捜査官」。
*2 「囚われの愛」とその続編はCSのチャンネル銀河で放送。
*3 2016年に、ロシアのテレビシリーズ26作品と映画8本をウクライナのテレビで放送することが禁止された。対象となったのは、2014年1月以降制作された作品。

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「留まった人たち」の撮影現場(キーウ市内)。ニット帽をかぶっているのがファビアン・マンネルさん(33)、右隣がマリア・ストプニックさん(25)©️FilmUA

【ジャーナリストプロフィール】
いなき・せつこ 元日本テレビ、在ウィーンのジャーナリスト。退職後もニュース報道に携わりながら、欧州のテレビやメディア事情などについて発信している。

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【表紙/旬の顔】飯豊まりえ
【THE PERSON】綿井健陽

【特集】放送批評の60年
まだ見ぬ放送批評家のために/藤田真文
〈わたしが考える放送批評の意義〉
 テレビ番組の「価値」を発信/岡室美奈子
 身近に気軽に批評ができる社会に/西森路代
 やっぱりテレビって面白いから/松山秀明
 良い番組づくりの陰には良い批評がある/水島宏明
〈座談会・ギャラクシー賞の役割とこれから〉
 出田幸彦/古川柳子/桜井聖子/家田利一/茅原良平
Gメンバーに聞く「放送批評」 編集部

【特別企画】「タモリ倶楽部」永遠なれ
「タモリ倶楽部」の終了が意味するもの/太田省一
僕が「タモリ倶楽部」から教わったこと/戸部田誠
「タモリ倶楽部」終了によせて 古賀靖典/鈴木健司/桧山珠美

【追悼】倉内 均/田中直人

【連載】
BOOK REVIEW『アジア太平洋の民族を撮る―「すばらしい世界旅行」のフィールドワーク―』『福岡発!西短MP学科が日本を楽しくする アイドル力』
今月のダラクシー賞/桧山珠美
テレビ・ラジオ お助け法律相談所/梅田康宏
報道番組に喝! NEWS WATCHING/高瀬 毅
海外メディア最新事情[ウィーン]/稲木せつ子
GALAC NEWS/砂川浩慶
GALAXY CREATORS[押田友太]/桧山珠美
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