【Inter BEE CURATION】米で生成AIをめぐり 60年ぶりの同時ストライキ
津山恵子 GALAC
※INTER BEE CURATIONは様々なメディアとの提携により、Inter BEEボードメンバーが注目すべき記事をセレクトして転載するものです。本記事は、放送批評懇談会発行の月刊誌「GALAC」2023年12月号からの転載です。
「AI俳優」の台頭は死活問題
全米脚本家組合(WGA、組合員1万1500人)は今年5月から、米映画俳優組合(SAG–AFTRA、16万人)は7月からストライキを始めた。両組合が同時にスト入りするのは、1963年以来60年ぶりだ。両組合が要求する焦点は、賃上げのほかに、生成AIなどを使った映画・テレビ番組製作に対する権利と報酬の保証だ。特に「AI俳優」などの台頭は、俳優にとっては死活問題だ。
脚本家組合は9月27日、製作会社側と暫定合意に至ったが、俳優組合のストライキは3カ月超に及ぶ(10月17日時点)。米テレビ局は、2023、24年の2シーズンにわたり、新番組を製作できず、大きなダメージを受けている。
俳優組合はスト突入以来、製作会社やハリウッドスタジオ前で連日、ピケを張っている。ニューヨークでは、午前9時半から正午までNetflix本社前で連日数十人が集まり、「企業の拝金主義は許せない」「AIが書いたジョークは笑えない」と、シュプレヒコールをあげている。そこで何人かの俳優に話を聞いた。
「出てもいないCMに、あなたが映っている、と友人が連絡をくれた」
と語るのは、ジージー・カサノバさん。
「私の顔はちょっと調整してあって、服も変えているけれど、間違いなく私だった。でも撮影した記憶がない」
「さらに怖いのは、誰が私をスキャンして、AIの私をCMに入れたのかもわからない。でも私に報酬があるべきでしょう」
驚いたことに、俳優のほとんどを占めるエキストラやスタントは、「AI化」の打撃をすでに受けている。通行人やレストラン客、群衆のほか、主演俳優に代わって危険な演技をするスタントが次々にCG(コンピュータ・グラフィックス)やAIで作成されている。エキストラ歴が長いジョゼフ・アダム氏はこう証言する。
「Netflixが2年前、知らないうちに僕をスキャンしていたのが最近になってわかった。病欠の際に使うと言われたけれど、実際には同意なしにAIの僕が使われていて、つまり、僕たちはもうAIに取って代わられてしまっている」
彼は、幼児2人をベビーカーに乗せ、妻を連れて連日ピケに来る。今は、俳優以外の仕事を探している。
同じくエキストラのサマンサ・エヴェレットさんは、SAG組合員の7割以上はエキストラだと説明する。
「例えばカフェのシーンで、主演俳優の周りで声を出さずに会話をしているかのように演技するなど、エキストラはスターらが演技しやすい環境を作っている。エキストラが演技していない人工的に作られた背景は、素人が見ても『おかしい』と感じるはず」
と、エキストラの重要性を強調する。彼女は、ハリウッドなどで3つの映画製作に出演していたが、延期になったままだという。
人間性を守る闘い
ハリウッドのベテラン女優サマンサ・マティスさんは、製作会社側の全米映画テレビ製作者連盟(AMPTP)と交渉する委員会の一員だ。AMPTPは、AI俳優を使用する場合、日当の半分を支払うと提案、再使用料(レジデュアル)については触れていない。組合側は「AI俳優」使用の際、①俳優の同意を得る②作品契約ごとではなく使用回数でレジデュアル支払いを要求している。再使用料の金額は、この2点で合意したうえで検討するという。
「AI利用はモラルの問題であり、人間性を守る闘い。人類が簡単にAIに置き換えられてもいいのか。製作者側には何の思慮もない。恐ろしい世界だ」と糾弾する。
今もピケを続ける俳優組合の交渉の見通しは、まったく不透明だ。脚本家組合の暫定合意を受けて、10月2日に交渉したものの決裂。俳優らは、AMPTPに属さない独立系映画や海外で撮影される映画のオーディションを探し、生計のため家を売る組合員も少なくない。前出のカサノバさんやアダム氏は、友人らとビデオを製作している。
何度か通ったピケでは、スタジオカメラマンや技術スタッフ、ヘアメイクのアーティスト、インティマシー・コーディネーターにも会った。ストの広範なダメージがわかる。スタジオ周辺のレストランなどローカルビジネスまでがストの犠牲になっている。
賃上げも重要な要求項目だ。しかし、「AI俳優」は、俳優らにとって将来長く影を落とす問題として解決が望まれる。
【ジャーナリストプロフィール】
つやま・けいこ ニューヨーク在住のジャーナリスト。『AERA』『週刊ダイヤモンド』『週刊エコノミスト』に執筆。近著には『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、共著)がある。
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