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Special 2024.11.11 UP

【INTER BEE CINEMA】日本映画制作適正化機構 事務局 大浦俊将 事務局長、大高直人氏 インタビュー

小林直樹 Inter BEE 編集部

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(写真左)事務局長 大浦俊将氏、(写真右)事務局 大高直人氏

映画制作現場の適正化へ

映画撮影の現場は、大道具や小道具、撮影・照明機材の設営や役者の衣裳・ヘアーメイク、演技の指導などさまざまなスタッフがつくりあげる関係上、長時間にわたる作業が多い。もともと日本の映画制作の現場は、大手の映画製作会社が撮影所を運営し、役者や監督をはじめとしたスタッフはすべて撮影所の社員としてそれぞれの組織の中で育成されてきた。しかし、テレビの普及とともに、映画産業が大きく変わる中で、撮影所で俳優やスタッフを抱えるシステムが少なくなるとともに、撮影現場のスタッフは小規模なプロダクションやフリーランスとして活動する状況になった。

2019年度に経済産業省が実施した「映画制作現場実態調査」では、「今後も良質な作品を創出していくためには、フリーランスを含む現場スタッフの取引・就業環境の向上が重要」と指摘があった。
これを受け、経済産業省の協力のもと、製作から流通まで映画産業のすべての関係者が参画する映画業界の自主的取り組みとして、2022年に日本映画制作適正化機構(映適)が設立。

未来の映画産業発展のために

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7月末に実施した記者報告会。「映適マーク」の作品認定制度開始から約1年を経た現状について報告した。

映適は、映画の製作者側である映連(一般社団法人日本映画製作者連盟)、制作プロダクションの代表である日映協(協同組合日本映画製作者協会)と、現場制作スタッフを代表するJSC(日本映画撮影監督協会)をはじめとした映職連(日本映像職能連合)が手を組んで、映画制作の業務環境の改善やスタッフの生活、権利の保護、地位向上を図ることを目指したもので、未来へ向け、映画産業を発展させていこうという業界全体の並々ならぬ思いが込められている。

前述の2019年の調査から約4年にわたる議論を経て、2023年から制作環境などが適正と認定された作品に『映適マーク』を表示する作品認定制度が始まった。これには、映適と、映連、独立系プロダクションの集まりである日映協、そして、8つの職能団体からなる映職連が、作品認定制度の協約に調印している。
『映適マーク』は、この映連、日映協、映職連の合意により策定した、映画制作における契約や予算、映画制作現場のルールについての「取引ガイドライン」(映画制作の持続的な発展に向けた取引ガイドライン)に則った制作が実施された映画に対して付与するもので、基本的にはすべての劇場映画が審査の対象となる。

「映適マーク」制度開始から1年

今年7月末、映適は、「映適マーク」の作品認定制度開始から約1年を経た現状についての記者報告会を開催し、その時点で、認定制度に申請した作品が84本、そのうち審査を経てすでに認定されている作品が31本であると発表した。

この映適マークによる作品認定とともに、日本映画制作適正化機構の重要な役割の一つにスタッフセンターと呼ぶ機能がある。映画制作に関するすべての職務に携わるフリーランスを対象としており、個人、プロダクションが登録をすることで、オンライン上で同機構が作成した契約条件による契約を交わすことができる。このほか、登録スタッフに対して労災加入の窓口や、ハラスメントに関する相談受付、さらに、映画制作に関する技術などをテーマにしたセミナーなどを実施する計画だ。7月末の発表時点で、スタッフセンターには、個人が177人、プロダクション46社が登録したという。

目標を上回る申請数

同機構の事務局長である大浦俊将氏、事務局の大高直人氏に、活動の現状、課題などについて聞いた。

――映適マークの制度が開始されて約1年が過ぎましたが、その過程で見えてきた課題などがありましたら、お聞かせください。

大浦「昨年3月29日に協約調印式が実施されたときの記者会見で、島谷理事長が映適マークの申請数についての質問に対して、初年度の予想として約20本くらいではないかと答えました。映画制作の企画自体がすでにスタートしている場合、途中からの変更は難しいだろうと考えたからで、機構の事業計画上の目標としてはそれを越えた40本程度を目指す考えでいたのですが、先日の発表時点で84本(初年度1年間では60本)の申請があり、当初の目標を大幅に上回る申請がありました。すでに認定作品も31本(初年度1年間では16本)誕生して、残る作品は現在も審査を進めています」

大浦「ここまで、大手の映画製作会社に加え、テレビ局など映連以外の映画製作者へもご説明に伺い、ご理解とご賛同をいただいて賛助会員として参加していただきました。作品認定制度にも申請していただいており、映適マークが浸透しつつあると実感しています。映画を作る人々が立場を越えて協力して、より良い環境のもとで映画を作っていこうという意識が高まっている結果だと思います」

大浦「いってみれば、映画界をあげてこの取り組みを成功させようという思いがあるんです。このままじゃ次世代を担う若手スタッフを確保できない。制作環境を適正にしていかなくちゃいけないという危機感があり、映画の製作者と、制作現場のプロダクションやスタッフの人たちが、それぞれの立場を乗り越え、手を結んで実現しようということなんです」

ガイドラインと制作費の関係

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報告会には、映適の理事である、日本映画製作者連盟(映連)代表理事の島谷能成(写真中央)、日本映画製作者協会(日映協)代表理事の新藤次郎(写真右)、日本映画撮影監督協会(JSC)代表理事の浜田毅(写真左)の3氏が出席した。

――映適取引ガイドラインを遵守することにより、これまでより制作日数、制作費が余分にかかることもあるかと思います。それ以外にも、現場の作業や制作全般で、今までとは違った部分があると思います。実際に作っている方々は、そうした変化にどういう思いでいらっしゃるんでしょうか。

大高「映適マークの申請を前提とした場合、映適取引ガイドラインに沿って制作をすることになります。先日の記者報告会でも理事よりご説明しましたが、2022年に映連の4社(松竹・東宝・東映・KADOKAWA)で実証実験を行った際に同ガイドライン(正確には実証作品用のガイドライン)をもとに撮影された映画では、通常よりも10~15%ほど製作費が増えるという報告がありました」

大高「映適取引ガイドラインは、映画制作に携わる人材の就業関係・取引環境の改善を目的として策定されています。たとえば、一週間に一回の撮影休日を入れるとか、二週間に一回の完全休養日を入れるといったようなことです。これまで無理な日程を前提にしていたとすれば、スケジュールは当然延びるので、制作費も増えてしまうというようなことも中にはあると思います。ただ、もともと適正なスケジュールを組んでいた現場は予算が上がるといったこともないようです」

大高「低予算での作品の場合、予算が上がってしまうこともあるでしょう。しかし、長期的に見ると、現場の就業環境を改善していくことで、優れた人材を確保し、より効率的な仕事、ひいては良質な作品作りにつながるという認識は共有していると思います」

学生への講演活動

――次世代の映画制作に携わる人材ということでは、映画制作を学んでいる学生さんにも知ってもらう必要がありますね。

大浦「学生向けの告知や講義による認知拡大の活動は大高が担当しており、映画業界を目指す学生さんを対象に順次、活動を広げています」

大高「当初から、映像、映画を学ぶ大学や専門学校にアピールしていこうと考えており、告知を進めているところです。専門学校では、東放学園さんや東京ビジュアルアーツさんで、お時間をいただいて、学生さん向けの講義を行いました。映画産業に希望を持って入ってきていただくためにも、これからさらに広げていきたいと考えています」

大高「先生方にお話を伺うと、卒業生の先輩から実際の撮影現場での苦労話などを聞かされて、現場環境について不安に感じている学生さんも多いと仰ってました。そういう学生の方々に、映画の制作現場が変わりつつあるということを伝えたいと思っています。映画の仕事ができるだけで幸せといった人もいると思いますが、今は世の中全体で働き方を改善していく流れの中で、映画界もそれにあわせていこうという考えが具体化したものが映適であると説明しています」

映画制作の幅広い職種が対象

――国際的な観点から見て、映適ができたことは評価しながらも、まだ改善していく必要があるという認識の方もいらっしゃいますね。ハリウッドでは、職能ごとにユニオン(組合)があり、要求を掲げてストライキなどを実施するケースもありますが、こうした海外の状況は参考にされましたか。

大浦「諸外国の状況も参考にしていますが、必ずしも海外の手法をそのまま取り入れるということが良いとは限らないと考えています。例えば、ストライキで映画の制作業務が止まって、日本の映画産業の競争力がそがれたり、長期間、映画がつくれない状況は現場スタッフにとっても死活問題になりかねませんし、ストライキに参加していない他業界のスタッフが流入して職場がなくなる可能性もあり、交渉の前の段階で大きな問題が生じてしまうおそれがあります」

大浦「映適では、映画産業の継続的な発展を目指して、映画製作者、制作会社、制作スタッフが協調しながら進めていく形になっています。制作部やメイク部、衣裳部などには職能団体がありませんが、映適のスタッフセンターではフリーランスを含め、映画制作に携わる業務を幅広くカバーすることができます」

――映画に関する制作の適正化の中には劇場映画以外も入るのでしょうか。例えばテレビドラマとか、配信コンテンツなどは対象となるのでしょうか。

大浦「テレビの場合、すでに民放キー局五局やWOWOWさん、日本映画放送さんには賛助会員になっていただいていますが、これは映画製作者として参画していただいたということで、テレビドラマについては作品認定制度の審査対象外です」

大浦「ただ、映適認定作品の第一号は、実は「仮面ライダー」のテレビシリーズの劇場版だったんですが、劇場用作品の認定により、テレビシリーズの制作でも映適取引ガイドラインを取り入れていただいているようです」

大浦「配信関係では、U-NEXTさんも入っていただいています。外資系の配信会社の場合、自社ですでに独自のガイドラインを作っていらっしゃるのですが、配信専用のコンテンツではなく、劇場公開を前提とした作品を作る場合は、ぜひ映適マークを取得されるよう、ご相談しています」

国際協同制作でも活用を期待

――国際的な視点に立つと、欧米では、映画制作の職能ごとにユニオンがあり、強力な交渉力を持っているところもあります。日本の映画制作のガイドラインをつくることで、海外の映画製作者との関係性などは変わるでしょうか。

大浦「国際的な映画産業の中における日本の映画制作という点では、国際協同制作のような場面が想定されます。これまでは、海外のスタッフはユニオンの規定に守られて作業をしている中で、日本のスタッフは規定がないからといって酷使されるようなことがあったと聞きますが、これからは、ぜひそういう場面で映適を利用してもらいたいと考えています。日本の現場で撮影した場合、あるいは日本のプロダクション、スタッフが関わった場合は、ハリウッド映画のクレジットにも映適マークがつくようになればと思います。今後は日本のスタッフも守られていることをアピールしていきたいと考えています」

多様なスタッフセンターの機能

――映画の申請とともに、映適の大きな役割の一つに、スタッフセンターがありますが、これはどのような部署でしょうか。

大浦「スタッフセンターは、スタッフの処遇改善・人材育成を支援することを目的としており、契約書の雛形を提供したり、映適が特別加入団体を設立して、登録スタッフに対して労災保険の加入サポートを実施したり、さらにはハラスメントに関してのサポートを行うなど、現場スタッフの不安を解消するよう、幅広くサポートしていきます」

大浦「現在180人ほどの方が登録しています。まだまだこれから認知を拡大して登録を増やしていく段階ですが、登録数が増えてくれば、仕事の問合せへの対応やフリーランスの方への仕事の紹介などもできるようになればと考えています」

――具体的にはどのようなしくみになっているのでしょうか。

大高「スタッフとプロダクションを対象とした会員登録制度になっていて、登録したスタッフとプロダクション双方は、映適が提供するクラウドサービス上で、取引ガイドラインに対応した契約が締結可能になります。また、作品認定制度に申請した作品のスタッフ関係者にハラスメント対応窓口をご案内しています」

大高「今後は、会員スタッフ向けに映画制作に関する各種のセミナーを開催していく予定です。座学だけではなく、現場研修なども計画しています」

――フリーランスも含め、登録スタッフのデータベースが構築されていくわけですね。

大高「はい。将来的に登録したスタッフのキャリアとスキルをデータベースとして形成していき、映画制作のマッチングなども進めていければと考えています。また、映画制作の作品情報もデータベースに蓄積していきたいと考えています」

――労災保険も対応しているのですね。

大高「労働者災害補償保険は、国の保険で、映適が保険料をお預かりして国に納めるものです。保険料自体は加入するご本人に負担していただきます。通常、会社員ですと、雇用者である企業が加入して保険料を支払いますが、フリーランス、個人事業主の場合は、いわゆる建設業における『一人親方』の範疇に入ります。これが、ようやく2021年に、芸能関係作業従事者も労災保険の特別加入制度の対象になりましたが、まだ業界で浸透しておらず、窓口もわからないということで、スタッフセンターがサポートすることにしました」

大高「当法人が団体として契約窓口になることで、登録スタッフに対して保険の加入を支援しています。撮影現場等で事故やけがをしても、フリーランスの場合はプロダクションが作品毎に契約する撮影保険以外に補償がありませんが、労災に入ることで、休業補償なども得ることができるようになります」

大高「撮影現場は、さまざまな機材や大型の装置などがあり、中には高所作業のような危険を伴う作業もありますし、通勤中も対象になるので、企業は加入が必須ですが、フリーランスの方にも理解していただき、加入を勧めていきたいと思っています」

クラウドを活用した受発注システムを提供

――スタッフセンターの機能における、プロダクションの会員制度は、どのようなねらいによるものでしょうか。

大高「これは、プロダクションにクラウドサービスによる受発注のシステムを提供するものです。登録したプロダクションは、オンライン上で受発注の書類管理ができます。特徴は契約条件の部分を映適が監修しているので、同サービスで受発注をすることで、映適の基準に適合しているということになります。これによって、発注するプロダクション側も、受注するフリーランス側も適正な条件での取引が可能になります」

将来的には「映適」の遵守が資金調達の条件に

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「映適マーク」は、”作品認定制度の審査を終了した証”として、認定した映画ごとに、個別の「映適番号」とともに発行される。適正な制作環境のもとでつくられた映画であるという重要なメッセージを持つ。

――「映適マーク」の普及は今後どのように進んでいくでしょうか。

大浦「まだ制度が始まったばかりで、映画制作の中で定着していないこともあり、みなさんのご意見をお聞きしながら取引ガイドラインを更新していきたいと考えています。映適認定作品が増えることで、映画館に来る観客の方々の目に触れる機会が増えてくれば、映適マークがある映画を鑑賞する人が選んでくれる、映画に映適マークがついていることがあたりまえになっていくことを目指していきます」

大浦「映適マークを取得することが前提になれば、製作委員会にとっても、その映画への参加(出資)の基準になって、健全な制作環境の映画の方が劣悪な制作環境の映画より制作費も集まりやすくなると思いますし、スタッフなどの人材も映適マークを取得すべく映画を制作している会社に集まるようになるはずです。映適マークが一般企業におけるコンプライアンスの証となればと考えています」

大浦「映適の推進・普及は、これまでなかった1日の作業時間の上限を設定することで、映画制作に困難が生じる、ということではなく、準備の徹底や作業の効率化につながり、ひいては作り手の創造性にも良い影響を与えるようになることを期待しています」

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