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Special 2024.11.11 UP

【INTER BEE CINEMA】 日本の「オリジナル」を堂々と世界へ キャスティングディレクター奈良橋陽子氏インタビュー

林永子,Inter BEE編集部

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世界を熱狂させるハリウッド映画で日本人俳優が活躍するとき、キャスティングディレクターのクレジットにはYoko Narahashiの名が必ずある。

トム・クルーズが製作・主演を務めた『ラストサムライ』では渡辺謙や真田広之といったメインキャストから膨大な人数の殺陣の役者まで、広くキャスティングを担当。メキシコの名匠アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『BABEL』においては、国内でもほぼ無名の新人だった菊地凛子を送り出し、翌年アカデミー賞助演女優賞にノミネートされる成果を遂げた。

その他、奈良橋陽子氏が海外の映画作品で日本人役の俳優をキャスティングしてきた事例は枚挙にいとまがない。また、俳優育成や英語教育にも力を入れ、ドラマメソッドを取り入れた英会話教室「モデル・ランゲージ・スタジオ(MLS)」や俳優養成所「アップスアカデミー」を設立。映画を軸に、世界と日本をつなぐ架け橋となる多様な活動を行なっている。舞台や映画の演出も自ら手がけ、1980年前後には「ガンダーラ」「Monkey Magic」「銀河鉄道999」など、ゴダイゴのヒット曲の作詞家としても活躍した。

その多岐にわたるパワフルな活動の原動力とは何か。インタビューを通じて貫かれていたキーワードは「オリジナリティ」と「愛」だった。

プロフィール

奈良橋陽子(ならはし・ようこ)
1947年、千葉県生まれ。キャスティングディレクター、演出家。俳優養成所「アップスアカデミー」主宰。ドラマメソッドを取り入れた英会話教室「モデル・ランゲージ・スタジオ(MLS)」会長。5歳から16歳まで、外交官の父が赴任したカナダで過ごす。国際基督教大学卒業後、ニューヨークのNeighborhood Playhouseにて演劇を学ぶ。帰国後、ゴダイゴのヒット曲の作詞を手がける。演出した舞台『THE WINDS OF GOD』は国連芸術賞を受賞。日本、ロサンゼルス、ニューヨーク、国連などでも上演されている。現在はキャスティングディレクターとして『ラストサムライ』『BABEL』他、多くの海外映画に日本人俳優をキャスティング。最新作『TOUCH』には女優として出演も果たす。

子どもの頃から、ずっと映画に夢中

――長期にわたって国内外の映画界に貢献されてきた奈良橋さんですが、まずは映画や音楽に携われた経緯から教えてください。

奈良橋:映画は、子どもの頃から好きでした。父が映画好きで、幼い私に見せてくれた、それが原点。大好きになった時点で自分の人生は決まったようなものです。映画に惹かれる気持ちは止めようもない。それから現在まで、映画に関係するいろいろな仕事や表現を無我夢中でやってきました。音楽も切り離せない必然的なもの。舞台を演出する際に、先に音楽を選ぶくらい大切な要素です。

――作詞を手がけたゴダイゴとの出会いについて教えてください。

奈良橋:当時、主人がミュージックプロデューサーで、ある日ゴダイゴのタケカワユキヒデさんが訪ねてきたんです。当初は彼が英語で書いた歌詞の手直しをしていたのですが、途中から私が書き始めました。タケカワさんとはお互いに感覚が合って、感覚で話して通じる方でした。とにかく夢中になって歌詞を書くうちに、それがいつの間にかヒット曲になっていました。

――映画のキャスティングディレクターになった経緯は?

奈良橋:キャスティングの前に、まず、演劇のメソッドを取り入れた英語学校を作りました。5歳からカナダに住んでいて日本に帰国したときに、日本人が世界で活躍するための英語教育が不足していると感じました。そこでニューヨークの演劇学校で習ったメソッドを持ち帰り、演劇を通じて英語を学べるスクールを東京学生英語劇連盟(Model Production=MP)に参加していた太田雅一さんとともに設立したんです。

奈良橋:MPには、中村雅俊さん、塩屋俊さんといった役者志望の方がいて、当初は英語ができる俳優の育成とプロモーションを行おうと考えていました。同時期に、日本人キャストが多数出演したスピルバーグ監督の映画『太陽の帝国(Empire of the Sun)』(1988)のキャスティングチームに通訳として参加することに。そのご縁から、『ヒマラヤ杉に降る雪(SNOW FALLING ON CEDARS)』(2000)にてヒロインの工藤夕貴さんと、彼女の子供時代役の鈴木杏さんをキャスティングする仕事につながり、以降、次々とキャスティング依頼が来るようになりました。

――育成と並行してキャスティングを務められたんですね。

奈良橋:川平慈英、今井雅之、別所哲也など、個性豊かな役者を世に出すために尽力しながら、さらにキャスティングを手掛けると活性化するかなと。同時に演出家として映画や舞台にも携わっています。

振り返ってみると意味のあるタイミングだったのですが、幕末がテーマの舞台を演出したとき、殺陣のできる役者さんが大勢出演していたんです。その芝居をアメリカのワーナーブラザーズの弁護士が見て、すぐ後にエドワード・ズウィック監督からキャスティングの依頼がきた。作品名は『ラストサムライ(THE LAST SAMURAI)』(2003)。そこから2年間、夢中でキャスティングしました。

とにかく膨大な人数の殺陣の役者が必要だったので、殺陣やアクションが得意な役者、会社、みんなに声をかけました。日本、アメリカ、ニュージーランドと、いろいろな国から集まった人たちが全員横並びで訓練していましたね。また、当時のハリウッドでは、日本人の方が多い現場はあまり例がなく、監督も役者もお互いに試行錯誤しながら向き合ううちに連帯感が生まれていきました。ハラハラドキドキもありましたが、ずっと無我夢中。Associate Producerとしてクレジットしていただいたときには驚きました。

日本の再評価と「恥」の壁

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――好きだから、夢中になる。国の壁も越え、職種やジェンダーの垣根も越える活動がとても風通しが良く、勇気づけられます。

奈良橋:「映画の世界でやっていく」と信じる柱が、常にベースにあります。日本で俳優として活動したかった時期があり、結果的にうまくいかなかったのですが、だからといって「映画の世界でやっていきたい」という信念は消えない。疑いもしない。一生続いていく。女だからどうこうと考えたことも一切ありません。夢中でやっていく過程には国境もない。映画に対する強い思いが柱となって、多様な活動につながっています。

――演劇による英語教育を始められた1980年代、同じような活動をされていた方はいらっしゃいましたか?

奈良橋:いなかったと思います。今もドラマメソッドを用いた英語教室「モデルランゲージスタジオ(MLS)」で子供たちに教えていますが、3か月でみなさん英語が上手くなる。早くから英語教育を受けられる場所があると、日本人は世界に向けてもっといろいろな活動ができると実感しています。

日本は海外のツーリストが一番観光したい国です。もちろんどの国にも素敵なところはありますが、長く海外にいて帰国した際に、日本文化がどれも素晴らしくて大好きになりました。日本のみなさんには世界を知ると同時に、日本独自の感覚、世界観、文化を再発見、再評価してほしいです

――広い世界から見ると改めて日本の良さに気づく。

奈良橋:比べて初めて、いろいろな感覚の広がりがある。私自身が作品をつくるうえで惹かれたのは特攻や戦争の話。なぜなら平和を求めているから。子供の頃、家でパーティーを開くと、サウスアフリカ、インディア、様々な国の方が集まって、和気あいあいと楽しい時間を過ごしました。それが「世界」と認識しているので、孤立する国が出てくると本当に悲しい。

――『ラストサムライ』でもいろいろな国の方が一堂に会しましたね。そのフラットな交流の共通言語が英語となる一方で、海外で言葉の壁を感じて、挫折する方もいます。

奈良橋:言葉の壁については、日本文化の「恥」の影響が大きいのではないでしょうか。間違えたら恥ずかしい。恥ずかしいから話さない。そこが大きな障害です。間違っても、It’s OK。全然いい。人間が歩けるようになるためには、赤ちゃんの時に何回も転びますよね。それと同じです。

そう実際に、父が小さい頃の私を8mmか16mmのカメラで撮影した映像があるんです。縄跳びで坂を降りながら走っていって、途中で転んでしまう。間もなく立ち上がって、また走って行く。私は子どもの頃から怖いもの知らず(笑)。ちなみにその映像は、今年7月にアメリカの国際市民賞を受賞したときに式典で使用されました。あえてつけてくださった音楽はゴダイゴ『銀河鉄道999(The Galaxy Express 999)』でした。

父には本当に感謝しています。愛情を、自由を教えてくれた。日本で居心地が悪いと感じるときは、いつも自由が足りない。発想、考え、やりたいことに対して、もっと自由に、もっと頑張ってやっていい。縛られなくていい。

日本が堂々と誇るべき「オリジナリティ」

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――「恥」や遠慮するような精神性に縛られているのでしょうか。

奈良橋:そう、日本人俳優を育成するときも、その縛りが邪魔です。役者にとって一番大切なものは「オリジナリティ」。テクニックはもちろん、なぜこの人の演技は面白いのかというと、見たことがないから。だから引き込まれる。もっと自分を表現してほしい。真似でもステレオタイプでもなく、頭で考えたみんな一緒の価値観でもない。オリジナルで演技する素晴らしさをずっと発信し続けています。

日本語自体にも、詩的でオリジナルな、洗練された感覚があります。私は「オノマトペ(※)」が大好き。ガクガク、ジャージャーとか。英語にはそんな擬音語はなく、長ったらしい説明の表現になってしまう。それより背中バキバキとか、心がワクワクとか、意味と離れたところにある音感の言葉に魅力を感じます。

他にも、日本人が誇りを持って海外にアピールできる文化はたくさんあります。日本の映画関係者にお伝えしたい、日本で撮影したい人は世界中にたくさんいます! 少し前は韓国の映画黄金時代がありましたが、これからは日本の時代だと思います。

※オノマトペ=擬音語と擬態語の総称。外界の音や動物の鳴き声、人の叫び声などを模した擬音語や、事物の様態を言語音によって象徴的に表す擬態語を総称した言葉。


――ハリウッドと日本では映画市場の差もありますが、どんなところをクリアすれば日本の映画表現は世界に届きますか?

奈良橋:アメリカや諸外国を意識して、真似しよう、ではなく、日本独自の発想、やり方を貫いた方がいい。日本はね、すごいですよ! それこそ『ゴジラ-1.0』(2024)の制作費は15億以下と報道されましたが、アメリカではもうびっくりです 「このクオリティで、その金額で、できるわけがない!」と。日本の制作チームがオリジナリティを駆使して頑張った結果だと思います。

日本はもともと素晴らしい映画の歴史・文化がある。外国からも尊敬されている。その事実を今一度見直して、独自のやり方で、自分が信じる日本の誇らしい文化を堂々とアピールしたら、世界的に成功すると私は思います。

愛には、上も底も終わりもない

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――日本の俳優でオリジナリティが印象的だった方はどなたですか。

奈良橋:たくさんいますが、やはり『ラストサムライ』の渡辺謙さん。持ち前の陽気さ、ユーモア、そしてカリスマ性に加え、日本人特有の内面に秘めたるものを抱えながらセリフを言う演技が素晴らしいと評価されました。東洋人はお腹の奥の丹田にエネルギーの重心があり、西洋は頭の上の方に意識を置く。価値観の違いも魅力的です。

そして真田広之さん。ジョニー・デップが製作・主演を務めた『MINAMATA―ミナマタ―』(2021)でその海外撮影で、彼がスタッフの面倒を見ていたんですよ、朝から晩まで。「それは役者ではなく、プロデューサーの仕事ですよ」と伝えたのですが、今年『SHOGUN 将軍』(2024)では正式にプロデューサーに就任されました。彼は本当に努力家で、みんなに好かれています。これから国際的な賞を取るのではないでしょうか。


(*本取材を行った数日後に、『SHOGUN 将軍』は第76回エミー賞®にて作品賞・主演男優賞・主演女優賞等、エミー賞史上最多18部門を受賞し、真田宏之、アンナ・サワイ他9名の日本人が受賞者となる快挙を成し遂げた。)


――若いキャストはいかがですか?

奈良橋:「アップスアカデミー」卒業生で、BBCとNetflixが共同制作したオリジナルドラマ『Giri/Haji(英語版)』(2019)等に出演している奥山葵さん。独特なオリジナリティを持っています。国際的な注目を浴びるのは時間の問題です。

あとは15歳の頃、映画『ニンジャ・アサシン』(2009)にキャスティングして、今年は『SHOGUN 将軍』が話題のアンナ・サワイさん。『バベル Babel』(2006)の菊地凛子さんも、プラスアルファのインターナショナルな強さを持っている。日本の芸能界では女性の可愛らしい容姿が重視されますが、俳優である彼女たちは内面に「自分」を持っている。だから堂々と海外でプロモーションできる。

――透明な器のような存在ではなく、オリジナリティが詰まった人間だからこそ役が活きてくる。これから海外や映画界で活動したい若者にアドバイスをお願いします。

奈良橋:まず、すでにある日本のオリジナリティに気付いてほしい。そして人間として、自分を愛すること。夢を堂々と追いかけてください。本当に夢があるなら、信じることです。やりたい、できると思ったら、がんとして動かない。諦めず、恐れず、向かって行ってください。言葉ではなく、行動が大事です。

――奮い立つお言葉、ありがとうございます。そんなパワフルな奈良橋さんの最近の活動について教えてください。

奈良橋:たくさんのプロジェクトを抱えています。みんな、そろそろ私が引退すると思っているだろうから(笑)、少しゆっくりできるかと思ったのですが、次々とキャスティングの仕事が、欧米の大きな案件も含めて入って来ています。日本ベースの企画もあるので、発表を楽しみにしていてください。

もうひとつ来年公開の映画『TOUCH/タッチ』(2025)。アイスランドのバルタザール・コルマウクル監督による深いラブストーリーでキャスティングを担当するとともに、出演もしています。ぜひ見てください。

最後に、どうしても、絶対に大事なもの。「愛」について。昨日も役者さん向けにオーディションテープの授業をして、内面からのリアリティ、オリジナリティの重要性について話しましたが、究極的に、人の心の中に愛がないと良い作品はできません。愛は普遍的で、底も上も終わりもない。愛を思うと、世界が広がる。そして「感謝」。いつもわがままで、自分勝手に突っ走ってしまう私ですが、周りのみんなが必死に動いてくれるので、夢が実現化する。本当に深く感謝しています。

――奈良橋さんの揺るぎない、純粋な愛が、スタッフを突き動かすのだと思います。今後やりたいことは?

奈良橋:いい映画を作る。子どもの頃からの目標ですが、なかなかできなくて、一生かけてできなかったら、死んで、また生まれ変わってやろうと思っています(笑)。次の人生では映画監督になって、素敵な映画を作る。足りないね、人生。生きている時間が!

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