【INTER BEE CINEMA】クリエイターズインタビュー イリエナナコ「王道ではないからこそ縦横無尽に。特定せずに混ざり合う」
林 永子
Inter BEE開催60回目を記念してホール3にて展開される【INTER BEE CINEMA】。特設エリアでは、実際にスタジオセットを建てて撮影するデモンストレーション、著名なゲストを招いたトークセッション、「レンズマイスター」が来場者の要望に応じてシネマカメラのレンズ装着や説明を行う「レンズバー」といったユニークなコンテンツとともに、映像制作者の交流や若手の人材育成の場を提供していく。
その関連特集「クリエイターズインタビュー」では、「人」にフォーカスをあて、独創的なクリエイターの多岐にわたる活動紹介とともに創作の秘訣に迫る。
今回は、広告、映画、アート、アパレルなど、あらゆるジャンルを軽やかに横断するイリエナナコ氏を迎え、そのオリジナリティあふれる活動背景を紐解く。
プロフィール
イリエナナコ
CREAVITE DIRECTOR/COPY WRITER/PLANNER/FILM DIRECTOR
東京生まれ。2016年まで広告会社に勤務。現在はフリーランスとして活動。コピーライティング、クリエイティブディレクション、CMやコンテンツのプランニングなどの仕事と並行し、映画、絵と言葉の作品の展示などの作家活動を行っている。2020年 ワンピースブランド「瞬殺の国のワンピース」スタート。映画『触れッドペリー』(2022年)、『愛しのダディ殺害計画』(2020年)、『謝肉祭まで』(2023年)ほか。
クリエイターとアーティストの間を、縦にも横にも幅広く
――多岐にわたる活動から教えてください。
毎回肩書きに困るというか、一言で伝えるのが難しいのですが、まず、仕事では広告を手がけています。そしてインディペンデントで映画の制作、アパレルブランド「瞬殺の国のワンピース」の運営。その3つがメインの活動で、あとは絵や言葉のアート作品も発表しています。数年前からスラッシャー(複数の肩書を”/”を多用して並列する)という言い方が流行っていますが、そうなりたくてなっているわけでは全然ないです(笑)。クリエーターとアーティストの間を行ったり来たりしています。
――職種やジャンルを軽やかに飛び超える活動がフレキシブルで素敵です。
どれくらい自分の色を出すか、の幅はあると思います。クライアントや相手ありきか、完全に自分発信か。幅もあるし、それぞれ意図も異なりますが、ものづくりという意味ではひとつですね。個人の作品では「どうしてもこれがやりたい」というビジョンが強くある方なので、逆にそれ以外は、「こういうのやれませんか」「一緒にどうですか」というお誘いには、やったことがないジャンルでも気軽に乗る方だと思います。
――ご自身が想像していない方面やコミュニティからオーダーが来たら、化学変化が面白そうですね。
そうなんですよ。ひとつの道を極める職人肌の人に憧れも感じますが、多分自分はそのタイプではなくて、声をかけられやすいというか、面白い方向に動かしてくれるのではないか、と期待を込めて声をかけてくれる人も多いので、そのお誘いにはぜひ乗りたいなと。
――柔軟で素晴らしいと思います。最近はどんなお仕事を手掛けていますか?
ひとつのクリエイティブ制作だけでなく、会社やブランドの立ち上げから関わり、社名、ブランド名、コンセプト、フィロソフィーなどをゼロから考える、コンサルタントのような役割を担うことが増えました。何をやりたいか、どういうふうに世の中に見てほしいか、相談から入るカウンセリングのような。一方で、映像、コピーなど、ピンポイントな依頼もあるので、縦にも横にも幅がある感覚です。代理店がコンセプトを、プロダクションやクリエイターがアウトプットを担当することが多いと思いますが、両方を担うケースは珍しいかもしれません。
――広告映像はクリエイティブディレクターとして関わることが多い?
基本的には全体を見渡すクリエイティブディレクターかプランナーです。企画パートが得意というか、好きなので、お題を解決するアウトプットを考えながら、グラフィックだったらデザイナー、ムービーの場合は映像ディレクターと組んで、一緒に作っていきます。フリーランスになって個人の作品づくりにも重きを置くようになってからは、コピーライターの仕事が増えています。コピーの仕事は遠隔で入りやすいので、映画の撮影や個展の時期と並行しても受けられるという利点があります。
――CMという媒体ひとつを取っても、さまざまな役割や視点で参加されていらっしゃいますが、また別ライン、別職種として、ワンピースブランドも展開されています。
ワンピースに関してはプロダクトのデザインと、発信するためのクリエイティブ制作の両方を手がけています。プロジェクト全体は個人ではなくチームで運営しています。
――年に1度新作を発表しているのでしょうか。
そこもフレキシブル。SS /AWを発表して、次の年には入れ替える、というアパレルの一連の流れがありますが、うちのブランドでは積み重ねてラインナップを増やしていきたいと考えています。そもそも流行に乗じて作っている服ではないので、自らすぐ消費されるやり方にしなくていいかなと。今年は商品を出さずにプロモーションだけに特化するとか、コラボ映像を作ろうかとか。王道ではないからこそ自由に動けるやり方を模索しています。
――今はコンパクトだからこそ動きやすく、通常の方程式に追従しない選択によってブランド力を高める時代でもありますね。
そうですね。コンパクトでも、この時代にはECやSNSもあるので、海外の人が見つけてファンになってくれたり。意外なところまで飛距離が伸びるところが面白いです。小さくてもコンセプトがはっきりしている方が見つけてもらいやすくなっている気はします。
作品ごとに設定されるビビッドなテーマカラー
――最初に撮った映画について教えてください。
撮影した順番でいうと中編『触れッドペリー』(2022年公開)。会社を退職してすぐ、ディレクターとして活動していくにあたってキャリアがないので、名刺代わりにまずは1本自主制作しました。その撮影中に、次作のプロットが、企画書で応募できる短編映画コンペティション「MOON CINEMA PROJECT」にてグランプリを受賞した連絡をいただきました。第1回目のグランプリは長久允監督『そして私たちはプールに金魚を』。私は第3回目の受賞となり、制作した作品が『愛しのダディ殺害計画』(2020年公開)です。
――両作品ともに、ビビッドな色彩感覚が印象的です。
企画を作る時、はじめにテーマとテーマカラーを決めるんです。『触れッドペリー』はブルーとピンク。主人公の男の子が1人でいる孤独なシーンは青、水色の世界。そこから人や愛に触れて、ピンクの世界に行く。撮影監督はJUNPEI SUZUKIさん。海外で撮影を学んでいて、独特なセンスと画力が強い方です。シーンによっては、きれいにも撮れる画を「ちょっと気持ち悪くしたい」とか「もっと脳内みたいな感じにしたい」とリクエストしています(笑)。深層心理に引っかかるシーンにしたい時には、クリーンで現実的な画よりも違和感を演出したいですね。
監督・脚本:イリエナナコ
出演:横田光亮
野田英治 佐倉星 潤浩 不二子
橋爪龍 小出薫 高木裕和 久保勝也 徳原賢弥
撮影監督:JUNPEI SUZUKI
録音:中島浩一
助監督:田中麻子 小川修平 川崎僚
衣装:萩原真太郎
ヘアメイク:東川綾子
美術:熊澤一平 イリエナナコ
デザイン:徳原賢弥
スチール撮影:小野寺亮
音楽:ROTH BART BARON
2022 | 41 min | color | cinemascope | stereo |
――『愛しのダディ殺害計画』は、今度は可愛らしい女性2人のちょっと変わった世界。
そう、2人がそもそも可愛いんですよ。だから撮影部には「どうしたって可愛いくはなるので、全編を通して一か所だけ可愛く撮ろうとしてくれればいい」「アイドルのMVではないので、面白く撮れている方がいい」と伝えました。テーマカラーはイエロー。主人公の姉妹には、周りにはわからない2人だけの世界がある。今まで楽しいことも悪いことも2人で企んできた。そのニュアンスを撮影で出したかったので、きれいに撮る際には選ばない歪みの出るレンズを敢えて使用してみたり。テンポよく駆け抜ける構成なので、レンズやアングル、照明を用いた遊びを細かく取り入れています。
――2023年にはよりスケールアップした映画『謝肉祭まで』が公開。佐渡島ロケのパワフルな映像が話題となりました。
『謝肉祭まで』は経緯がちょっと特殊でした。コロナ禍で映画演劇の現場がすべて止まってしまった時に、3人の役者さんがそれぞれ同時に「何か一緒にやろうよ」と連絡をくれたんです。まさに私も何か動きたいと思っていたので、3人を主演に、当て書きでプロットを作りました。映像的には、ステイホームでみんなが内にこもっていた時期だったので、外に開かれた、広がりのあるスケール感が欲しかった。ロケ地にも非日常性を求めていく中で、結果的に、佐渡島じゃなかったらあり得なかったというくらいパワフルな画が撮れました。
――物語の主人公は3人、それぞれが神様を演じました。
誰か1人がメインではなく、3人の関係性やバランスが物語の主幹です。キャストの3人は実際に個性が全く異なるので、それぞれの実要素を膨らませて、キャラを作っていきました。テーマカラーはオレンジっぽい赤。濃い肉と命の色(笑)。室内は赤系統のライティングで、屋外には自然の緑や、空、海の青が広がる。メリハリが効いてバランスも良かったです。
キャスト:大山真絵子、円井わん、豊満亮、田中一平、六平直政
監督・脚本:イリエナナコ
プロデューサー:大山真絵子
共同プロデューサー:藤井宏二
撮影:JUNPEI SUZUKI
照明: 高橋亮
録音:井口慶
助監督:鳥井雄人
美術:熊澤一平
衣裳:鈴木和人、矢田貝貴之
ヘアメイク:クラークゆかり
特別協力:中島裕作
振付:小山柚香
撮影部アシスタント:古屋辰一
サウンドデザイン:伊藤裕規
グレーディング:星子駿光
スチール:きるけ。
ポスターデザイン:徳原賢弥
上映時間:43min
特定せずに混ざり合っていく感覚
――撮影部には「こう撮って欲しい」とリクエストする方ですか?
要所は伝えつつ、提案ももらいたい派です。「こういう気持ちになる画にしたい」というイメージがある時に、撮影のプロではない私が伝える抽象的なニュアンスを汲んで、具体的にプランを提案してくれる人はありがたいです。カメラマンと組む時は、人としての相性、ものづくりの過程の相性、アウトプットの相性、この3つの相性が大事。もっとも技術部のみなさんからすればこちらがおかしなリクエストをしている可能性があるので、困らせているかもしれませんが(笑)。
――逆に、プロの腕の見せ所かもしれません。
『謝肉祭まで』では、最初に「オープニングで肉を歩かせたいんです」という相談をしましたね(笑)。脚本には「肉が暗闇を歩いて行く」というト書きとともに「へちゃり へちゃり」というオノマトペが書いてあるだけ。その「へちゃり へちゃり」のフォーリー音を後から収録しているのですが、フォーリーアーティストの方も、その音をどの素材で作るか悩まれていました。
――衣装もいつも素敵ですが、スタイリスト、ヘアメイクについてはいかがですか?
衣装やヘアメイクを考えるのも好きなので、わりと自分でも資料を集める方かもしれません。ただ撮影同様、イメージは伝えるけれども、そのままやってもらいたいわけではない。『愛しのダディ〜』では、物語には出てこない2人の生い立ちを想定し、「早くにいなくなったお母さんが残した服や、自分たちが計画性なく買ってきたアイテムがクローゼットに詰め込まれていて、そこから今日着たい服を、コーディネイトは一切せず、直感的に掴んで着ちゃう女の子たち」とか、「いろいろなテイストが混ざってガチャガチャしているけれども可愛いイメージ」などと衣装さんに伝えて、その点を汲んだご提案をしていただきました。『謝肉祭まで』の衣装についても、どこの国でも、どの時代でもない設定が望ましく、民族っぽさは欲しいけれど、国は特定せず、様々なエッセンスを混ぜたいとオーダーしています。
――その特定せずに混ざり合っている感覚が、イリエ監督の活動にも通底しているところがとても興味深いです。最後にInter BEE CINEMAにご意見、ご感想があれば一言。
もっと機材の知識を学びたいと思いつつ、いわゆる展示会とは距離を保ってきたところがありました。今回は、撮影監督のデモストレーションや、クリエイターが交流する「場」の取り組みがあると伺って、そのアウトプットにリーチしていくところにグッと興味が湧きました。ものづくりの人間は常にコネクションを探していて、新しいことにチャレンジし続けなければならないし、自分も試したい。実は今、新しい短編と長編の脚本が書き上がるところなのですが、新しい撮影スタッフと組んでみたい、誰か合う人はいないかと周りにいいふらしているところです!
――本インタビューを読んでイリエナナコ監督に興味をもった方々、ぜひINTER BEE CINEMAエリアで幸福な出会いを果たしてください。本日はありがとうございました。
*クレジット
キャスト:佐藤ミケーラ・モトーラ世理奈、岡慶悟、細川佳央、久保田芳之、川上史津子、濱田龍司、四條久美子、斎田吾朗 矢野陽子
監督・脚本:イリエナナコ
エグゼクティブプロデューサー:田中雅之
プロデューサー:南 陽
助監督:張元香織
撮影:JUNPEI SUZUKI
照明: ARATA IJICHI
美術:上松奈央
サウンドデザイン:吉方淳二
録音:寒川聖美
衣装:萩原真太郎
ヘアメイク:扇本尚幸
制作:二宮崇
CG:近藤勇一
編集:古川達馬
音楽:山本”ぶち”真勇
デザイン:徳原賢弥
スチール:オノツトム
テーマ曲:Newspeak
制作:ファントム・フィルム
配給:イハフィルムズ
上映時間:28min