【Inter BEE CURATION】FAST入門からFAST実践まで <vol.4>【FAST特集】
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第四回 FAST実践に向けて 主要サービス(後編)
引き続き米で人気のあるFAST Peacock、Roku Channel(以降Roku)を取り上げ、それぞれ彼らがどのようなデザインで新しいストリーミングサービスを行おうとしているのか、どのような広告挿入手法しているのかを解説します。FAST等の映像配信サービスを実践する場合にはサービスの成功要因はいかに優れた映像体験を提供することにあり、そのためにはサービスの特長と、広告の挿入方法の適合が重要になります。コンテンツの提供のみならず、広告配信、配信実績のモニターのシステム整備が重要になってくることを念頭に置いて頂ければと思います。
(8)FAST実践のステップ(フェーズ2)
フェーズ2では、ITパートナーとそれらに最適な広告挿入モデルは何を選ぶのか、ビデオ配信とは別に、広告配信プラットホームはどこを選ぶのか、有料の場合のペイウオールはどうするのか、クラウド、ADマネージャーはどこのどのサービスを利用するのかといった決め事を、サービスとマッチした形で選択、設計していくいことになります。そしてそれらのデザインに即した形で最も重要な収益源である広告の挿入方式を選択します。視聴者に負担をかけずに広告を配信することが成功要因です。長すぎず、場違いの広告を出さず、広告表示リードタイムを最小にするといった工夫がサービスの人気に関わります。
こちらもあまり専門誌でも語られていないのですが、ADシステムの技術的な理解と事業者との会話が必要です。
(9)Peacock
Peacockの名前の由来はNBCのトレードマークである7色の孔雀の色から来ています。それを縦の7つのドットで表現しています。その名の通り、バリュエーション豊富な7色のサービスを開発しています。New Yorkに突如現れた巨大な孔雀はNBCの力の入れ具合を感じさせます。ただ、2020年のサービスイメージに提示された7色の輝く孔雀とNew Yorkのモニュメントではかなりイメージが異なっているようです。
Comcastグループが2019年に「翌年これまでにないFASTを構築する」とアナウンスし、大きな費用をかけて構築され、2020年にスタートした同サービスは、Comcastの子会社であるNBCユニバーサルのテレビジョン・アンド・ストリーミング部門が所有・運営するストリーミングサービスとしての新しい形のFASTです。
何が新しいかといいますと、クラシカルなアーカイブコンテンツだけでなくオリジナルコンテンツシリーズの制作、ケーブルとPeacock同時送信のほか、NBCユニバーサルスタジオや他のコンテンツプロバイダーが提供するテレビシリーズや映画、ニュース、加えてスポーツ番組などを提供します。NBCはPeacockの開始と同時に、ライバルとなったNetflix、Hulu、Amazon Prime Videoに提供していたNBC人気シリーズ『ジ・オフィス』『パークス・アンド・レクリエーション』を外し、独占配信としました。オリジナル番組、大ヒット映画、名作テレビシリーズなどが含まれています。オリジナル番組『イエローストーン』や『ザ・オフィス』のほか、『ポーカーフェイス』や『ベルエア』などのオリジナルヒット番組があります。
さらに、NBCが権利を持つスポーツのライブ配信を4K、マルチアングル、選手中心窓など、ケーブルと同時期に違うアングルで配信するなどスポーツ好きの心をとらえるサービスを展開しています。NFL(ナショナル フットボール リーグ)、MLB(メジャーリーグ ベースボール)、WWE、オリンピック、プレミアリーグ、NASCAR、全仏オープン、カレッジフットボールとバスケットボール、PGAツアーなどのスポーツの生中継を観戦することもできます。
NFLとプレーオフの試合が2021年シーズンからNBCとハイブリッドで同時放送したり、MLBを有料加入者向けに独占配信したりしています。さらにFIFAワールドカップを多言語で配信するなど多民族国家である米国らしいサービスを拡大しています。ライブ配信というSVODが持ちえない、テレビが本来強みを持つコンテンツを強化することでリニアの番組と同時に見たくなるような新たなFASTを目指しています。
筆者が興味を持ったのがケーブルのサスペンスドラマをPremium会員むけにPeacockで1週間早く配信するというタイムシフトビジネスの採用でした。同時配信やタイムシフトなどの新しい戦術の展開は「これはFASTらしくない」という意見もありましたが、ストリーミングの可能性を試していると評価できます。メディアはより良い映像体験をユーザーに与えるという理念には沿っており、著名メディア・コピーライターのS氏はこれを見て「なんでもアリ」とおっしゃっていましたが、これも進化を続けるFASTを象徴しています。キッズチャンネルも充実していて、オリジナルアニメなども制作配信をしています。
「FASTらしくない」もう一つの理由は最初からFree、Premium(4.99$ 広告付き)、Premium Plus(9.99$ 広告なし)の3段階のサービス料金があったことです。フリー版はコンテンツが限定され広告付無料版で提供され、2021年8月時点で5,400万人の登録を達成していました。プレミアムプラスでは、より多くのコンテンツライブラリーや、NBCスポーツやWWEネットワークのコンテンツへのアクセスが可能になるなどのペイドウオールを設計していました。プレミアムプラスの加入者は、210ものローカルNBC局のニュースをストリーミングできます。
またビジネスモデルも配信プラットホームというよりはコンテンツ作成から配信というVODに近いものが多いようです。
2023年3月、Peacock の有料加入者数は 2,200万人に達しましたが事業的には2023年度は3.0b米ドル(4500億円)の赤字とアナウンスされました。売上は2.1b$まで伸びており、コムキャストのCEO Brian氏は2024年からの黒字転換を述べています。巨額の赤字のせいか、2023年には完全有料化しました。無料版を廃止し、さらにPremium(5.99$)、Premium Plus(11.99$)と値上げをしています。(X1ケーブルSTB保有者は無料サービスあり)。2023年末には3,100万人に伸びて来ています。2023年Q4で売上1b$に伸びています。単年年度黒字になるには単純計算で加入者が5,000万人程必要になりますがそれがいつ来るのかと注目しています。
無料版が無くなったことで一部のアナリストや事業者はPeacockをSVODに分類していますが、NBC自身が「我々の新しいFAST」と言っているのでFASTに分類しています。
(10)Roku
Rokuは米国でamazon firestickと共に最大のシエア40%を持つテレビ用ストリーミングデバイスの会社で、そのFASTサービサーです。Rokuという名前は同経営者Anthony Woodの6番目の事業であったことから来ているようです。
デバイスとしてのRokuは2008年に誕生し、同年、NETFLIX向けのセットトップボックスとして発表されました。その後2014年にはNETFLIXと袂を分かち、Roku TVを開発し、ストリーミングサービスに乗り出しました。現在Rokuデバイスは第10世代まで発表されており、4K出力に対応しています。また4GBの大型ストレージも備えたモデルがあり、大量の番組を録画できます。筆者などは“6”でなく“録”が相応しいと思います。日本でもオンラインで入手出来、日本のテレビにも対応するとされていますが、初期設定など日本語には未対応で、おススメ出来ません。当然Roku Channelはそのままでは視聴出来ません。
スマートTVプレイヤーをもつことから、初期UIに自らのチャンネルを提示しやすいことと多くのストリーミング事業者との関係を持つアドバンテージがあります。Roku Channelには400近くの膨大なチャンネルを持ちますが、単なるストリーミングされた映画などが散見され、面白くキュレーションされたFASTクオリティのものは少ないように見えます。その対策でしょうか、近年、オリジナルドラマを多数作成するなどコンテンツの投資を続け躍進を図っています。
2017年10月にデバイス上でチャンネルを立ち上げたライセンスコンテンツには、ライオンズゲート、MGM、パラマウント、ソニー・ピクチャーズ、ワーナー・ブラザース、ディズニー、ユニバーサルなどの映画やRock liveでテレビ番組、シンジケーション先のAmerican Classics、FilmRise、Nosey、OVGuide、Popcornflixがあります。
2019年1月に有料サブスクリプションオプションがRoku Channelに追加されました。HBO、Starz、Epix、Cinemax、Paramount+などの有料プレミアムTVチャンネルにアクセスRoku Channelには25を超えるプレミアムパートナーチャネルにアクセス可能になっています。2021年1月昨年10月にサービスを終了したSVODサービスQuibiのコンテンツと配信権を買収しました。買収総額は1億ドル未満といいます。買収等を通じてコンテンツを増加させ、FASTの代表的サービスになっています。
Roku Channelではすべての番組が同じアプリに表示され単一の便利なインターフェイスでそれらを簡単に、かつスムーズに参照できる点が非常に優れています。また、Amazon Prime Video、Huluなど全ての課金チャネルに対して一括支払ができることもユーザーにとってみれば有難い機能です。Rokuからは有料SVODやpeacockもワンクリックで加入できるのでストリーミングのポータル的な機能も備えており、NETFLIXから直ぐにローカルチャンネルに飛べるプラットホーム、これが最大の利点です。同社の2021年の収入は665m$ですが、約82%の収入はFASTからの広告、課金収入です。
アクティブユーザー数はPlutoと同じ約7,800万人と2024年に発表している大変人気のあるサービスです。但し、ストリーミングデバイスのシエアは約4割を占め、それらユーザーの方がRokuのメニューから他のFASTやSVODサービスに行くのでRokuに滞留してくれるユーザーの数がどれくらいなのかという小さな疑問はあります。
海外でもEU、南米、オーストラリアで配信をしています。400もあるチャンネルをどのように見るかと言いますとスタートページには代表的なサービスが並んでいますが、新たなチャンネルを見るにはRoku Channel Storeでアプリを探すことになります。ローカルチャンネルであれば登録している住所があれば優先順位として表示されます。最新のRokuでは好みの番組の選択を支援する機能や、音声でテレビを起動させることが出来る様になっています。
先の3サービスと比較すると唯一放送局系ではないので、スポーツなどのリニアとの相乗は無いものの、オリジナル映画の制作など、独自性が高まっています。人気は高いものの、収益としてはハードの開発費とコンテンツ作成費、SVOD企業買収と運用コストが大きく、赤字体質からの脱却が課題です。
また、米国の昨年の調査では既にCTVの普及率が50%を超えて来ており、いつまで外付けストリーミングデバイスの需要があるのかという点もあります。その将来を見越して、FASTの広告事業を拡大している模様です。
(11)サービスの特長
ご紹介した4つのFAST(第3回ご参照)の違いをチャートで比較したのが次の図になります。ここでは下記のどのような特性を持っているかどうかで分類しています。
これを見て頂ければ判るようにFASTと言ってもキュレーションチャンネルで勝負をするのか、オリジナルドラマを作るのか、リニアチャンネルとコラボをするのか、さらにスポーツに特化するのか、4K配信を行うのかといった違いがあることがお判り頂けたと思います。挿入方式は地域毎の広告の挿入を、ダイナムックに行えるCSAI(Client-Side Ad Insertion)方式にするか、タイムラグ短縮を重視し、ユーザーのプロファイルを活かしやすくCMスキップが出来ないSSAI(Server-Side Ad Insertion)方式にするか、両方式利用にするかに大きく分かれます。挿入方式の選択は映像体験そのものと広告の視聴頻度に直接影響する重要事項です。主なデザインのポイントと広告挿入方式の組み合わせとしては…
⇒ 完全無料か有料か
完全無料か有料かはサービスとシステム費用に大きな影響を与えます。Plutoとtubiは無料を貫いています。完全無料モデルの場合は広告挿入にSSAI方式の利用が優先されます。Plutoは基本この方式です。有料広告なしモデルが選択可能の場合は広告の挿入ステップを飛ばしやすいCSAI方式が優先されます。YouTubeや、おそらくPeacock、Rokuもこの方式を採用しています。
⇒ 主なコンテンツがキュレーションしたドラマか映画・スポーツか
FASTでのスポーツライブ配信は米国では高い人気があります。Peacock、tubiの代表的なメニューとなっています。スポートなどのライブ配信にはCSAI方式の方がマッチしていると言われますが、視聴端末に負担がかかる欠点があり、近年ではSSAIの技術開発が進んでいるとされます。
⇒ キュレーションチャンネル数の多さ
キュレーションチャンネル数の多さではPlutoが圧倒的に多いようです。Rokuもチャンネル数は最大でありますが、キュレーションされていないストリーミング配信チャンネルも多くなっています。キュレーションチャンネルには視聴者の属性で広告が差し替えやすいSSAI方式の方がマッチしています。Pluto、tubiがミッドロールでCMスキップが出来ないこの方式を採用しています。
⇒ オリジナルドラマ・映画の作成
オリジナルドラマ・映画の作成は短期的にユーザーを獲得する効果があります。広告スキップが出来ないSSAI方式の方がマッチしていると言われます。
この他にもチャンネルの多様性、国際性、多言語サポート、録画サポート、UIの使い勝手、キッズチャンネルの数、ローカルニュースチャンネルの数などが多くの要素があると思われます。加えてHDなのか4Kなのか、プロフィットシエアにするのか、コンテンツの更新頻度を規定するのか、等サービスの個性を決める要素は多様です。FASTの実践の場合にはこのようなサービスの個性を実現する方針、取り決めを決定します。最近ではこのようにFASTを用いて、リニア、SVOD、FAST等を連携したサービスをデザインしたものをHVOD(Hybrid video on demand)と呼ぶようになっています。
次回はFASTの登場で実現したHVODについて紹介したく思います。米国でFASTストリーミングサービスが生まれた歴史的背景と、FASTでの収益の獲得方策に深くかかわっています。
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